ep.18 「ぼくらは文字を読む」

公的な記録や情報は図書委員会が、ゴシップ系の情報であれば新聞部が集める。

図書委員会は夜会の場所が判明しているが、新聞部の居場所はまったく不明――


二つあると言われた学院内で情報を扱う集団は、実のところ一つであり、あらゆる情報を取り扱っていた。


図書委員会という表の顔で、新聞部という裏の顔を隠した。


「なにか知りたいことがあれば、ゴシップとして書かれる可能性のある新聞部じゃなくて図書委員会に行く。そっちの方が安心だからな。けど、そもそもそれが罠だったわけか」

「ええ、愚かですよね。実態を見ずに「図書委員会」という言葉のイメージだけを頼りにノコノコとやって来る。ぼくらからすれば大変にありがたい獲物です」


硬質に見えたアマニアの視線は、実のところ捕食者のそれだ。

獲物を狙い、ついばむための観察の視線を向ける。


「逃げますか? この夜会を脱しますか? ええ、いいですよ。あなたが全力を振り絞れば、きっと可能です」


その視線は、アマニアだけじゃなくて令嬢たちも同じだ。

壁向こうの令嬢たちも、眼の前のアマニアも、わたしという獲物をただ見定める。


そして――


「逃げればぼくらは代わりに、カリス・ペルサキスを「取材」します」


そんな中に無防備に一人取り残されたら、ろくなことにならない。


「……夜会の間に起きたことは、どんなことも罪にはならない。そうだったな」

「ええ、お陰で自由に取材活動ができるというものです。この夜の、この薔薇の下では、どんな取材も違法ではない」


他人の失敗を見るためならなんでもする――そんな捻れが見て取れた。


「そうかよ」


なら、こっちだって遠慮はしない。


わたしはカードを取り出し、魔力を込めた。

思う通りに文字が記され、カードそのものが浮遊する。


壁の穴の向こうを見つめ、トンカチを手にしたまま、わたしは大きく息を吸う。


「取材へのご協力、感謝いたします。では、席についていただき――」


小鼻を膨らませた舌なめずりをするような声が止まったのは、アマニアの前にカードが滑り来たからだ。

そこには問題文が記されている。


 問 クレオ・ストラウスの明日の朝食は?


今日ではなく、明日だ。

この答えなんて、わたしだって知らない。

わざと適切ではない問題を出した。


天井の薔薇が、ジジ、と紫の火花を散らした。


驚愕にアマニアがこちらを向くのと、わたしがトンカチを振り上げたのは同時だ。


対戦相手を直接攻撃すれば、ペナルティだ。

ルール外の違反行動を取れば、雷による懲罰が発生する。


なら、わたしでも答えを知らない問題を――エラーのような質問を書けば?


薔薇(ロドン)はわたしの記憶を浚い、アマニアに伝達していた。

それが回答不能問題であることを把握する。


こんなふざけた質問は、当然ペナルティの対象だ。


「皆、防壁を――」

「遅いッ!」


雷が振り上げたトンカチに直撃した。

閃光、焼ける臭い、光の速さでわたしの全身を染め上げる。


だが、今この瞬間、この僅かな間だけは、その攻撃を纏う。全身全霊を込めた一撃に、薔薇の雷の威力が乗る。


白い軌跡を残しながら行く攻撃は、当然のように壁を粉砕した。



 + + +



わたしたちがいた場所と、バックアップがいた場所がつながる。

図書委員会の場所と新聞部の場所が連結される。


「――ぐ……ぁ……っ!」


勝手に片膝をつこうとする膝を心の中で叱り飛ばし、逆に一歩目へと変換する。

床を蹴り、走り進んだ。


床付近でわだかまり絡みつこうとする髪の毛を引き千切りながら疾走し、ついでに新聞部員が手にしたカメラを破壊する。

あちこちから上がる悲鳴は知ったことじゃない。


すばやくカリスの猿ぐつわを取り、その拘束も剥がすべく力を入れる。


「ごめんなさい、こんなことになるなんて……!」

「うるせえ、逃げるぞ」


見れば出入り口は図書館側だ。

アマニアのいる地点の、さらに向こうに扉が見える。


その間には多数の令嬢が立ちふさがる。

全員が硬質な目をしていた。


「文は人なり」


短い黒髪を整えながら、アマニアが言う。

どこか忌々しそうに。


「著名な博物学者の言葉です。あなたの暴力は、所詮は文字の付属物にすぎません。まったく無駄な足掻きです」

「そうかよ」

「ぼくらは文字を読む、あなたという情報をすべて読み解く。絶対に逃しません」


わたしは長柄のトンカチを構えるが、たしかにこの場では無力だ。

これだけの数を相手にすることはできないし、なによりアマニアの手にはカードがある。


わたしは質問を終え、今度は向こうのターンだ。

その攻撃を受ければ――三度目の雷が直撃すれば、きっと耐えきれない。


「わたしという情報を読む、まるで本のように。それってとても図書委員会らしい活動だな――そう言えばいいのか?」

「ええ、ついでに収蔵し、貸し出しもしましょうか」


弱みを握っていいように使い倒す、ってことだろうな。


さて、詰んでると言っていい。

この状況は――


「負けだな、これ」

「ちょ、ちょっとぉ!?」

「カリス、潔く認めなきゃダメだ」

「この人たちは新聞部なのよね! あること無いことが書かれることになるわよ! そんなことでいいの!?」

「それ、何か問題ですか?」


アマニアは歓喜を隠そうともせずゆっくりと近づく。

指の間にカードを挟み、いつでも使えるようにしながら。


「ただ、取材対象が協力的になってくれれば、ぼくとしても喜ばしいことです」

「無理無理、ぜったいに無理よ」


とはいえ、どうしようもない。

なにせ未だにカリスは椅子に縛られたままだ。

解くつもりの一切ない拘束は、接着剤の類まで使用してガチガチに固めてある。


「それなら、カリス」

「なによ」


少しだけ息を吐き出し、トンカチの長柄を握りしめ。


「意識を保ってくれ」


力いっぱい振り抜いた。

それは、座っていたカリスの側頭部を粉砕する。


破壊箇所から粉となって消え、人形(コーキィア)の形を保てなくさせる。

その中心から花が――飾られるだけの「壁の花」が現れる。


心なしか花は「なにすんの!?」というように揺らめいた。


「ふんっ!」


有無を言わさず、その花もぶっ壊した。

長柄で縦に押し潰し、完全に消去させる。


「人形(コーキィア)のいいところは、死なないことだ」

「! クレオ、あなたは!」

「肉体が破壊されたわけじゃない、わたしたちの精神が接続してるだけだ」


どんな戦場でも戦い続けることができる。

死んでも死なず、経験だけを積み上げる。


それによって、歴戦の勇士が生まれる。

人形(コーキィア)とは、そうしたシステムだ。


たまに本当だと錯覚して、死ぬ奴もいるらしいけど。

まあ、そうなったらその時だ。


「アマニア、わたしだけなら逃げられるとか、そんなこと言ってたよな?」

「先ほどとは状況が違う、また、あなた一人でその逃亡手段は取れない」


人形、およびその核となっている花の破壊。

それによって強制的にこの場から抜け出すやり方は、一人でやるのは難しい。


「本当に?」


わたしの揶揄の声に、アマニアは目を見開いた。

なにかに気づき、恐れたようにわたしを指差し叫ぶ。


「あいつを捕らえろ! ここから逃すな!」


叫びながらもカードを放る。

そこにはきっと質問文が書かれている。

解答できない問題でダメージを与えようとしている。


だが、遅い。


「ふんっ!」


長柄のトンカチを振り抜いた。

遠心力を伴ったそれは十分な破壊力を乗せ、わたし自身の後頭骨の下頂線を破壊した。

作り物とはいえ、頭蓋骨が破壊される音と振動を体感した。


反動で、身体が横にぐらりと倒れる。

致命傷を受けた人形が、形を保てず霧散を開始する。

魔力で作られたものが、魔力へ還元する。


そうして、中心から、花が咲く。

それがわたしであると錯覚する。

意識がそちらに偏移する。


人形から、花へ。

これ以上の破壊は行えない。


だが、この人形に入る直前のときに、わたしはわたし自身を攻撃した。それでちょっとした変装までした。

なら、この状態でも「人形(コーキィア)を動かす」ことは、できるはずだ。


花から、人形(わたし)を操る。


「――!」


地面向けて声なく叫ぶわたしの様子を、アマニアが目を丸くして見た。

やけに感情的なものが浮かんでいるなと意識の片隅で思いながら、わたしは中心から咲く花ををつかんだ。


滑り来たカードは、「わたし」という対象を捉えられないのか、くるくるとその場で迷うような回転をしている。


半ば消え失せようとしている手を、わたしは無理矢理に動かす。


「そんな、まさか――」

「ッッ!」


そのまま、両手で花を握り潰した――

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