ep.17 「ぼくは説明しました」
事態を整理する。
当たり前だが圧倒的に不利だ。
なんせ、わたしが知りたいのは「ペンダントの窃盗犯」についてだ。
これに関連した問題を、アマニアが出すとは思えない。
その一方で、アマニアが知りたいのは「わたしについて」だ。
これに関連した問題はいくらでもある。そうじゃないのを考えるほうが難しい。
仮に「魔陣専攻の先生の名前は?」と出題しても、誰から、どんな経路で知ったかまで「正解」には含まれる。
わたしが会話している相手、やけにメイドをはじめとした下級職員が多いな、ってことくらいは気づくはずだ。
「さあ、教えてください。ぼくにあなたを。あなたの人となりを、性格を、隠しているすべてを!」
「悪趣味ってよく言われないか?」
「さあ? ぼくに友達なんていないので」
そんなことすら、さらりと言われた。
天井では、薔薇が蒼く光る。
けれど、だんだんと急かすようにその点滅の間隔は短くなる。
出題にも時間のリミットがある。
考えろ。
わたしはわたし自身にそう命じた。
この状況を覆すための質問は――
「いや……」
「どうしました?」
どうして、こんなことになっている?
考え直せ。
わたしは、情報を求めてここに来た。
取引のためだ。
カードゲームで対決して、わたしの出自を暴かれるような危機を迎えているのは、どう考えてもおかしい。
そもそも、どうしてアマニアはこんなにも余裕綽々なんだ?
不正解によるダメージを受け入れた上で、わたしについての情報を暴こうとしている。
ここまでいい。
だけど、ダメージに耐えきれず人形が崩壊する恐れがないのはどうしてだ?
何度攻撃されても平気だという、その根拠は?
わたしでも二度目以降はキツイ。
人形崩壊の恐れがある。
なのに、アマニアは進んでダメージを受けようとしている。
魔術的な耐性にすごく優れているのか?
言っちゃ悪いが、そうだったらほとんど人外だ。
ぐるぐると頭の中で疑問がダンスしていた。
アマニアをどうするべきだ。
突破するための質問はなんだ。
そもそも他に人がいない理由は。
図書委員というけれど、なんでカードなんて持ち出してゲームやってるんだ。
ここで考えるべきは、わたしの情報を守ることだけれど、あくまでもペンダントを取り返すまでの期間限定であることを考えれば、開示を遅らせるだけで構わないはずだ、それなら――
知るか。
「止めだ」
「え」
「考えるのも馬鹿らしい、なんでお前の思い通りにならなきゃいけないんだ」
「知りたくないのですか?」
「ズルをやるような相手とは、ゲームはできない」
僅かに瞳が揺れたのを確かに見た。
「なんの話ですか、そのようなことは――」
ここは図書館を模した夜会だ。
図書館は閲覧室とは別に、「本を貯蔵するための空間」もある。
閉架式でもないのに、どうして今ここから見えてないんだろうな?
「! なにをするつもりですか!」
わたしは立ち上がり、長柄のトンカチを作り出していた。
二度三度と振って感触を確かめる、アマニアを見下ろしながら。
「ここでぼくに攻撃したところで、無駄です。薔薇(ロドン)様からの罰則があります」
「不正解って扱いか?」
「ええ、対戦相手への物理的妨害は禁止です」
「なら平気だ」
わたしは必要な部位に魔力によるバフをかける。
歩いて近づいた後、ひときわ強く踏み込み、担ぐように構えた武器を振り下ろした。
攻撃先は、アマニアの背後だ。
ひっ、という小さな悲鳴を後ろに聞きながら、そこに穴を開けた。
「お前には攻撃しない。単純に、風通しを良くするだけだ」
本が詰まった棚に見えたものは偽装で、実際のところは壁だ。
破壊した部分をぐりぐりと引き抜けば、穴の向こうの様子が見えた。
「盗み聞きされるのは、気分が良くないからな」
そこには、数多くの令嬢がいて、わたしを驚愕の目で見ていた。
+ + +
下水に潜んでいたわたしの来訪を予見することは難しい。
カリスは一人で図書館に向かい、わたしとは別行動だ。
それでもひょっとしたらと期待を込めて、アマニアたち図書委員会は待ち構えていた。
罠を仕掛けた。
それが、この夜会だ。
既知の令嬢を図書館の収納部に通し、見知らぬ新参者だけをアマニアの前の席へと座らせた。
他の令嬢がいない、って時点で不審に思うべきなのに、アマニアに乗せられ「どう考えても怪しい状況にいる」ってことを忘れさせられた。
まったくバカだ。
最低でも、ここに来ているはずのカリスがいない時点で怪しむべきなのに。
アマニアが、そんなことをわざわざした理由はなにか?
それは、このゲームが一対多数であることを隠すためで、見せかけの公平性を演出するためだ。
「ハッ、さんざん偉そうなことを言っておきながら、小狡いことしてんのな?」
アマニアの髪は長く、やけにつやつやしている。
このゲームでは、不正解だったとき、雷による攻撃を行う。
わたしでも何回も耐えることはできないと覚悟するダメージを、アマニアは平気な顔で受けた。
それは、彼女ひとりではなく、夜会の参加者で分け合って受けたからだ。
壁向こうを見れば、見えるすべての令嬢の手首に細いものが巻き付いていた。
髪の毛だ。
アマニアから伸びたそれが長く長く、壁向こうまで届いていた。
「どんな問題でも間違える? 偉そうに言うなよ、それはダメージを受けるのがお前だけじゃないから言えた言葉だ」
雷がアマニアに直撃したとしても、髪の毛で伝達される。
わたしが耐えきれないと思えた攻撃を、アマニアは何十分の一にまで減衰させていた。
「よくこんな不公平な戦いを、薔薇が認めたな?」
「……本来、これは夜会の代表者同士が戦う形式です。味方を集めなかったあなたが悪い」
「わたしは初耳だ」
「ぼくは説明しました」
わたしが下水にいる間に、ってことだろうな。
「その上、人質かよ」
壁向こうの部屋には、カリスがいた。
椅子に縛られ、猿ぐつわまでされている。
目を見開き、くぐもった声を上げている。
「傷一つつけていない、丁寧な扱いです」
「黙れ、だったら今すぐ縄を解けよ」
調子を取り戻したらしいアマニアが、わたしを見つめながら小馬鹿にしたように言う。
「大丈夫ですよ、案外、居心地はいいそうです。ぼくはそう聞きました。さあ、ゲームの続きを」
会話の脈略をぶった切った言葉は、裏に「そうしなければどうなるかわかっているよな?」という脅しが含まれている。
壁向こうの令嬢の何人かが立ち上がる様子も見えた。
「図書委員会じゃないよな、ここ」
その返礼に、わたしも無視した。
「お前らがやっていることは、書かれた書籍を集める作業じゃない。そんな素振りは一切なかった」
「そうですか?」
「やってることは情報収集だ、他人のゴシップで、皆が興味を持つネタを集める取材をしている、図書委員会だっていうのは表の顔でしかない」
「……ええ」
アマニアは、案外素直に頷いた。
そして、長髪のカツラをずるりと取り、その下の黒いベリーショートを見せた。
それが、表の図書委員とは別の、本当の顔だとでも言うように。
「ぼくらは、アイトゥーレ学院の新聞部です」
この夜会はきっと、図書委員会の皮を被った新聞部が、「強引な取材」を行うためのものだ。
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