ep.16 「ぼくは知られても問題ありません」

カードに文字が浮かび上がり、アマニアが出題する。

薔薇の元、ルールがあるゲームだ。


細かい几帳面な文字は小さく読みづらい。

それを察したかのように、掲げたカードがふわりと浮かび上がる、そのまま滑るように宙を行き、わたしの眼前で止まる。


背にはヘビの意匠が施されたカード、その表に書かれた文字は――


「は?」


 問 トリト湖の消失原因は?


ものすごく単純なクイズだった。

魔法のカードが、地理問題を出していた。


なんだこれ?


「どうです?」

「ええと……」


戸惑いながらも思い出す。

トリト湖とは、大陸にあったとされる湖だ。


文献では記されているものの、実際に赴いても乾いた大地があるだけだ。

過去にはたしかにあったはずなのに、消えている。


その原因は……


「この地域一帯で多発した地震のためだ。地殻変動で湖ごと飲まれた」

「正解です」


カードが弾けた。

それは、純粋な魔力として浮遊し、わたしへと合流する。

ほとんど底をつきそうな魔力量が、わずかに回復した。


「さきほど奪うと言いましたが、より正確にいえば差し出させます」

「どういうことだ?」


アマニアが問題を出し、わたしが正解したら魔力が回復した。


まったく意味がわからない。

これ、情報とか関係ないじゃないか。


「そうですね、これはもともと、ぼくのワガママから生まれたゲームです」

「わがまま」

「ぼくは、どうしても許せないことがあります」

「なんだよ」

「既知です」


吐き出すような言葉だ。


「より正確に言えば、既に知っていることを訳知り顔で言い出すバカが耐え難い。その情報には価値がまるでない、その自慢顔は不愉快極まりない、聞きかじっただけで詳しくもない情報を己の手柄のように言い出すな、そう思い、このカードを考案したのです」


カードに描かれたヘビが鎌首をもたげる。

そんな錯覚がわたしを襲う。


「あなたの番です。どうか、価値のある未知を」


ひしひしと嫌な予感がしていた。


入念に偽装された死地に、いま誘い込まれている。

不用意な選択はドツボにはまる。慎重に動く必要がある。


だから、最初に思いついた絶対に正解できない問題――「今日のわたしの朝食は?」なんかじゃなく、


 問 人間の骨の数は?


そんな当たり障りのない質問にした。

アマニアにとっては気に食わない問題かもしれないが、知ったことじゃない。


「ぐっ……」


思考がカードに文字として転写され、相当量の魔力も同時に削がれた。


思ったよりもこのカード、魔力を吸う。やべえ。


込められた力の燐光をまといながらカードは浮かび上がり、宙に浮かびアマニアの前まで滑りゆく。


「なるほど、そう来ましたか」

「答えは?」

「206個、300個、解答不能、どれも正解ですよね?」


その通り、とは素直には言えない。


「人間の骨は、赤ん坊の頃は300個ほどありますが、年齢を重ねるに従って数が減ります。成人すれば206個。けれど今現在、未成年のぼくたちの骨が正確に何本かは答えられない、だから解答不能でもある」

「そうだな、だから――」

「ええ、ぼくは答えられませんでした、不正解です」

「は?」


勝手にそう言うのと同時に、カードがほどけて消えた。


槍みたいに上へと吸い込まれると同時に、薔薇から雷が降り注ぎ、容赦なくアマニアを打ち据えた。

閃光の直後に轟音も鳴る。全身の輪郭が光って浮かび上がるほどの威力。


「おい!?」


思わず駆け寄ろうとするが、同時にわたしの頭からごっそりと抜け出るのを感じた。

情報だ。


人体の骨の本数に関する情報が、薄くなる。

完全に消えたわけじゃない、だけど、明らかに思い出すのが難しくなる。


「なるほど」


頭を振って呆然とするわたしと違い、アマニアは不敵に笑う。

焦げた頬を気にすることもなく続ける。


「骨に関する情報を得たのは、ここですね。この図書館で読み、あなたは知った」


人間の骨に関する情報だけじゃない、それに付随するものまで消えている。

すべてアマニアへと伝達された。


「ページをめくる手が小さい。これは子供のものです。あなたは、以前からここに住んでいた」


情報を、奪われた。



 + + +



問題を出して、相手に答えさせる。


正解すれば相手の魔力が回復する。

不正解なら相手はダメージを受ける。


けどダメージと一緒に「正解の根拠」も伝達される。


「……質問の答えそのものは既知だが、そこから未知の情報も得られるってことか?」


アマニアは頷く。

わたしは自然と拳を握る。


「……くそ厄介だな」

「ええ、そうですよ」


アマニアはどこ吹く風だ。


「あなたが不正解すれば、ぼくから情報を引き出せる――それが望む情報かどうか、その保証まではできませんが」


情報が欲しければ不正解を。

魔力が欲しければ正解を。


これはそういう「正解を言うのが勝利とは限らない」ゲームだ。


「お前が人形(コーキィア)の形を保てないくらいダメージを受ければ、どうなる?」

「自由に情報を引き出せる状態となります。とはいえ時間無制限というわけではありませんから、ご安心ください」


形を保てず壁の花となるわずかな時間だけ可能らしい。

その間に、欲しい情報を得ることができる。


そして――


「わたしが確実にお前にダメージを与えたかったら、アマニア、お前の知らない問題を出さなきゃいけない」

「ええ」

「そして、わたしについての情報を、お前は知らない」

「そうですね」


アマニアは前傾姿勢となる。

長い髪がしなやかに流れ、その硬い両目が近づく。


「ぼくは、あなたについて知りたい」


だからこそ、このゲームが仕掛けられた。

そう「わたしが一体いつ、どこから、どうやってこの夜会に参加したか」について、アマニアは無知だ。


これを問題として出せば確実にダメージが与えられる。

上手くすれば壁の花にだってできる。


だけどそれは、わたしの素性を明かすことでもある。


ペンダントを取り返していない以上、ここでの身バレは困る。

下級職員と他に知られたら、次から夜会に入れなくなる。


「ふざけてんな、お前はどれだけ不正解しても構わない、ダメージと一緒にわたしについて知ることができる」

「それが嫌であれば、考えて問題を出せばいい、あなたが不利にならない出題をすればいい、それだけですよ?」


アマニアは、カードを裏返す。

真っ白なそこに文字が浮かぶ。


「ぼくが、そうするように」


 問 アマニア・アンドレウの今日の朝食は?


本当にふざけていやがる。



 + + +



当然のことながら、答えられない。

アマニアが今朝どうしていたかとか、知るわけがない。


天井の薔薇が徐々に朱を点滅させ、やがては時間のリミットを知らせる。


「無回答は雷撃の威力が上がりますが?」

「目玉焼きとトーストだ」

「残念ですね、不正解です」

「わかるわけ無いだろうが……!」


不満を罰するように、薔薇から雷が降る。

衝撃が全身で鳴る。

背骨がそり返り、魔力が焼ける独特のニオイを嗅ぐ。


「ぐっ……!」


思った以上に、キツい。

菓子を食って補給した魔力量がごっそりと削れる。


肌で弾ける雷を、魔力で無理矢理抑え込む。

一度だけなら耐えられるけど、これを二度三度と喰らえばひとたまりもない。


同時に、情報も来た。


アマニアが自室で情報を精査しながら茹で卵を口にしていた。

薄く焼いたトーストにはバターが塗られ、ドレッシングにはヨーグルトベースのドレッシングがかけられている。


見ているのは、学院生についての個人情報だ。

薄い紙に学院生の噂話や行状が――


「なるほどな……」

「理解しましたか?」

「ああ」


痺れる腕を動かし、頬の煤を拭い落とす。


これは、知識を問う対決ですらない。


情報戦だ。


ダメージを喰らいながらも、できるだけ相手からの情報を引き出す。

また、こっちは開示したくない情報はなにかを、重要なものにつながっていないかを考えて出題する必要がある。


もし、わたしが朝食についての問題を出していれば、屋根裏部屋でホリッジを食べる今朝の姿が伝達された。

令嬢ではなく、下級職員であることを教えた。


「ぼくは知られても問題ありません」


アマニアの余裕は、確信しているからこそだ。


「ぼくが知られて困ることは、なにもない。だからこそ、遠慮なく他人の情報を漁ることができる。ぼくはただ、知りたいだけだ」

「なにをだよ」

「クレオ――そういう名前ですね? 今はあなたについて、知りたい」


ああ、クソ、どうする。


「さあ、問題を出してください」


カードを持つ指が震える。


「どんな問題でも、ぼくは間違えます」


わたしは今、わたし自身の手でアマニアに漁られる情報を選ばなきゃいけない。



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