ep.13 「犯人はいつ気がついた?」

泥棒や犯罪は、通常であれば島内で取り締まる。

行儀の良い生活態度を学園生に求める。


けれど、夜会(オルギア)のときばかりは話が違う。

そこで行われる活動の一切に、権力の介入はない。


極端な話、決闘の末に片方が死亡しても「事故」として扱われる。


人形(コーキィア)は戦争で用いられるもので、夜会は半ばそれを模したものだ。

法も道理も関係なく、力だけが物を言う。


行儀の良いルールを守らせたければ力付くでやれ。

夜会に敷かれているのは、そんな獣の論理だ。


多人数が目撃した窃盗なのに、先生を初めとした外部に頼ることができない。

それが罪だと認定されない。


取り締まる役目を負うのは夜会の代表で、この場合であればカリスだ。

夜会の主催者が、盗難の防止や補償を行うことになる。


「コインそのものは、たしかに助かった」


わたしは普通に立って歩くことができる喜びを噛み締める。

ふらつくことなく移動ができるって素晴らしい。


すぐにカリスに向き直り言う。


「けど、これで補償は完全に済んで話は終わりとか言うなよ」

「言わないわよ。でもね、本当に手がかりが何も無いのよ、長引く可能性が高いわ」


思わず唸り渋面となる。


「あ? 馬鹿言うなよ。あの夜会、わたし以外はお前の顔見知りだったろうが、お前が身内を庇ってんのを見過ごせって言うのか?」

「入れ替わられてたわ」

「はあ?」

「該当する令嬢がひとりいたけれど、別の夜会に参加していたそうよ」

「……それって」

「ええ」


苦しそうにカリスは言う。


「夜会開始前は、薄暗がりでよく顔も見えない。夜会が開始されたら、ほぼ全員が同じ人形の姿になる。身につけたものだけが個人を特定する手がかりだわ」


それは、「知らない誰かがこっそりと参加する」のを簡単にする、って意味でもある。

仮面舞踏会にも似た、個人を特定させないシステムが隙を生じさせた。


「……その入れ替わられた令嬢に、裏は?」

「ないわ。彼女が参加していた夜会にも、怪しいところは皆無。つけていたものも少し凝った髪飾りでしかなかった。本気でたまたま来なかった、そんな情報しか出なかったわよ」


この短期間でよく調べたなと思う。

けれど、わたしの競り落としたペンダントが行方不明であることに変わりはない。


「ん?」

「どうしたの」


ベッドの上で腕組しながら、少し天井を見上げる。


「これ、もし見つからないままだったら、どうなるんだ? 保管してる最中なら普通に盗難だが、わたしが競り落とした後だったよな?」


わたしが盗まれた、って形になるのか?

でも、ちょうどカリスがわたしに渡そうとする、かなり絶妙なタイミングで盗みは起きた。


「カリス?」


なぜか目の前の令嬢は、笑顔のままで固まる。


「……ふふ?」

「なに笑ってんだよ」

「それ、気づいちゃった?」

「口調変わってるぞ」


ずい、と近づく。


「ねえ、コインを渡したわ、貸すんじゃなくて、お金を、あげたの。ねえ、これってすごいことよ? もう友達よね? 親友と言っても良い、そうでしょ?」

「怖い怖い怖い! なんだよ、どうしたんだよ!?」


ベッド上であぐらをかくわたしと違い、カリスは貼り付けた笑顔のままじりじりと近づく。


「これはもしもの、仮の話よ?」

「お、おう」

「もし、貴女が競り落としたペンダントを見つけることができなければ、主催者が全責任を負うことになるわ……」

「そ、そうなのか」

「その場合、競り落とした値段ではなく「相場通りの値段」を支払う必要があるの……」


タイミングが悪かったわ、とカリスは続けた。

彼女がペンダントを手にしていた瞬間に盗まれた。


一から十までカリスの責任だと見なされ、補償を行わなければならない。

この場合、責任があると判断するのは、あの薔薇だ。


夜会を構築し、発動するのに「ふさわしくない」と認定される。


そして、わたしの形見のペンダントは、神器にも匹敵するレベルだ。

本来であれば二万コインなんかじゃ絶対買えない。


「この決済をちゃんとするまで、次のオークション形式の夜会を開くことすらできないのっ」

「知るか」

「こっちも必死なのよ! ねえ、貴女! 犯人に心当たりとかないの?!」

「現実を見ろ、この屋根裏部屋の殺風景を認識しろ。わたしを狙って物を盗ろうって奴とかいるわけないだろ? 心当たりとか皆無だ」

「でも、でも……」


そこにいたのは、夜会を失った夜会主催者の姿だ。

そうは思えないくらい情けないけど。



 + + +



「ええと、話が逸れてきてるから、戻すぞ」


後頭部をガリガリと片手で掻きながらわたしは言う。


「そういう無作法は止めなさい」

「ここはわたしの私室で、わたしがルールだ。とにかくこの盗人、色々おかしいよな?」

「どこがよ?」

「気づいてないのかよ」


回復した魔力でメモ書き用の紙を引き寄せ、書き込みながら言う。


「わたしは、あの夜会の常連の誰が欲に目がくらんで盗み出したと、そう思っていた」

「そんな人いなかったわ」

「断言すんな。いや、けど、実際にはいなかったわけか」

「ええ、入れ替わられていただけね」

「これっておかしいよな」

「どこがよ?」

「犯人はいつ、あのペンダントの価値に気がついた?」


わたしはノートに「基点」と書き込み、その横に「ペンダントの価値発覚」と但し書きをつける。


「カリス、お前が気づいたのは、あの薔薇を設置したタイミングだな?」

「ええ、夜会の準備中にわかったわ」


カリスが青ざめた顔で挙動不審だったのは、簡易鑑定の結果に対してだった。

下級職員から強引に取ったものが、国宝級の価値があることに気がついた。


「わたしが知ったのは当然もっと前なわけだけどよ、他の参加者が気づいたのは、この基点よりも後のはずだよな?」


基点より後ろに矢印を書く。


「……なるほど、おかしいわね」

「参加者たちが気づいたのは基点より後だ。だけど、この犯人が入れ替えを行ったのは、この基点よりも「前」なんだよ」


ペンダントを盗むことに関しては、わたしも計画していたから、ライバルが別にもいたわけだ。


「けど貴女、別にペンダントを普段から隠してはいなかったわよね?」

「隠蔽の魔術はかけてたし、普段は見える場所に出すようなこともしてなかったが、それでも絶対ってほどじゃないな」

「そうよね」

「だけどよ、欲しかったら真正面から取り上げればいい。お前がやったみたいにな。わざわざ令嬢が集まる夜会で盗みを働く必要はない」

「それは――」

「それと、盗人説は、偶然が重なり過ぎている」

「どういう意味よ」


わたしは事態を整理するためにも、ノートに書き連ねて行く。


「犯人は、ペンダントの価値に以前から気づいていた。しかし、むりやり取り上げたくはなかった」

「まあ、そういう人だった、って考えないとおかしいわね」

「同時に、そのペンダントを、カリスがわたしから取ったことも知っていた」

「……知らなければ、夜会に来ることもできないから?」

「そうだ、お前がペンダントを取ったことは、別に噂になってないよな? 夜会のときにもそうした揶揄は無かった。犯人がそれを知っていたのは、わたしとカリスが言い争ったのをたまたま目撃したから、ってことになる」

「……むぅ」


わたしは条件を書き連ねて行く。


「犯人は、たまたまペンダントの価値を知っていて、たまたまわたしとカリスの争いを目撃し、たまたま会場にいた全員が魔力を使い果たすような状況になったから、盗んだ」

「さすがに偶然がすぎるわね」

「ああ、計画的犯行だとは、ちょっと思えない」

「一応、あの時間帯にいた学院生が誰かは調べましょうか」

「無駄だろうけどな」

「貴女、探す気ある?」

「それより、お前って恨まれる憶えないか?」

「はあ?」

「もっと言えば、お前の夜会を潰そうとする奴っていないのか?」


複雑な沈黙は肯定だ。


「だったら、その可能性がある。むしろそっちが本命じゃね?」

「どういうことよ」

「ずっと以前から繰り返しやられていた、そう考えたほうがいい」

「だから、何を?」

「入れ替えを」


カリスの驚き顔は、考えてもみなかったという顔だ。

わたしはペンを突きつけながら言う。


「定期的に別の奴が、お前の夜会に入り込んでいたんだ。今まで発覚しなかったくらい自然に、何度も何度も「なりすまし」が参加していた。そんなマネをしていた理由は――」

「……オークション形式の夜会に、決定的な被害を与えるため」

「だと思う」


金銭が絡めばトラブルは起きやすい。

攻撃できるチャンスはいくらでもある。


また、そのトラブルは、恨みを買う機会が多いってことでもある。

上位夜会の誰かが、競売に負けたことだってあったのかもしれない。


リミットが設けられている以上、どれだけの魔力量があっても敗北する危険がある。

欲しいものが手に入らず、恥をかかされたと感じた令嬢は、カリスの夜会そのものに敵意を向けた。


夜会を潰すため、定期的に人員を送り込み続けた。

トラブルが発生した際、より致命的な事態へと発展させるために。


奇しくもわたしが考えていたことだ。

カリスの夜会で、見せびらかして自慢するような物品が盗まれれば、それはカリスの傷になる。


「ペンダントの価値を知って、入れ替えをしたんじゃないんだ。ずっと前から継続的に入れ替えを続け、今回チャンスがあったからお前の夜会を潰すような行動に出た。そういう可能性はないか?」


難しい顔で腕組するカリスのその姿は、それが真相である可能性を認めていた。



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