ep.12 実はこいつ、いい奴?

結局は、逃げられた。

それはもともと、わたしがやろうとしていたことだ。


この夜会が行われる暗さを利用して、ネックレスをつかんで逃走する。

その計画を、別の誰かにやられた。


どこにいるかを完全に見失い、行方がわからない。

そもそも、追いかけられる人数が少なすぎた。


大半が壁の花となるほど消耗していた。

カリスだって、限界ギリギリだ。


高みの見物とあの場にいた人も何人かいたけれど、場に流されず競売に参加しなかったような人たちなので、当たり前のように協力してくれない。


唯一、あのオークショニアの人だけは必死に追いかけていたけれど、さすがに一人だけの追跡では無理すぎた。


わたしも人形から実体へと戻り、天井裏でなんとか身体を起こしたけど、途中で潰れた。

うつ伏せのまま唸り声だけを上げる。


クソ、頑丈さだけが取り柄だったろうが、わたしのリアル身体ッ!


盗人令嬢の行方は、足取りですら不明だ。

どこに行ったかわからない。


たぶん逃走途中で、他の夜会に潜り込んだ。

いくら現実の校舎を走り回ったところで、もう見つけられない。


目撃者すら現れない。

その夜会が、この犯行を指示したグループなら隠匿される。


「やられた……っ」


本当に、完全にしてやられた。

この夜の戦利品を、横からかっ攫われた。


一度は取り戻した形見を、すぐ目の前で奪われた。



 + + +



夜会の次の日には、学校を休む令嬢もいる。


そういう事象は知っていたけれど、わたし自身もそうなるとは思わなかった。やっぱり令嬢だから貧弱なんだなとか、分かったようなことを思っていた。うん、反省だ。普通にキツイ……


「うあ゛ぁあ……」

「もう、無茶し過ぎですよ?」

「ごめんなさい……」

「今日はゆっくりと休むこと、いいですね」


メイド長のリリさんにそう言われ、わたしは自室で寝込むことになる。

やせっぽっちのガリガリの髪の毛ボサボサのブス顔は、きっと今はさらにひどい様相だ。


さすがに誰にも会いたくない。

リリさんでギリだ。


完全枯渇した魔力が、身体を雑巾のように絞り、僅かでも得ようとしてくる。

肉体が削れて魔力に変わる。


「じゃあ、午後にまた来ますからね?」


優しく言って去った後は、部屋はなんの音もしなくなる。

遠くでざわめきのような声がただ聞こえる。


横になって身動き一つ取らず、ときおり身を起こしては、ポリッジをもむもむと食べる。

オートミールを牛乳で煮たやさしい味わいはハチミツまで追加されていた、あま美味い。


横においていた牛乳が倒れそうになり、反射的に魔力で止める。

当然のように魔力枯渇の苦痛が更に追加された、馬鹿すぎた。


うくぅ、ぐおぉ……と唸りながらベッドへと舞い戻る。


「本とか読んだらだめかな……」


しばらく天井を見続けた後、ついそう言ってみた。辛いけれど同時に退屈だ。


図書館から借りたものや、わたしが自分で書き写したものが、壁の棚一面を埋めている。

大半は憶えているけど、時間つぶしとしては有用だ。


「……」


なぜかにっこりと笑うリリさんの顔が思い浮かんだので、大人しく横になることにした。


そんなに怒んなくてもいいじゃないかよぉ。

想像の中だけど、勝手に怯えて震えてしまう。


トントン、というノックの音はタイミングが良すぎて、だから思わず「ヒィっ!?」と声が出た。


「今、いいかしら」

「来んなよ」


人の自室にまでやって来るようなカリス・ペルサキスは、今すぐ帰れ。

というかどうしてここを知っているんだ。


身バレしたからか?

下級職員が住める場所は限られているから、そこから調査したのかも。


どちらにせよ、今のわたしはとても体調が悪いので、誰も室内に招き入れるわけには――


「あのペンダントについての話よ?」

「よし、入れ」

「なんで貴女、そんなに偉そうなの?」

「ここ、わたしの私室だ。言うなればわたしの城だ」

「学院のものでしょうが……」


入り込んだカリスは、部屋の様子を見て意外そうな顔をした。


「へぇ……」

「なんだよ、スラムみたいな場所だとでも思ってたのか?」

「正直に言えば、ええ、まさか人が住めるような環境だったなんて……」

「ちょいちょい失礼だな、お前」

「アイトゥーレ学院生の一般的な感性よ」

「そんな感性なんて滅んじまえ。というか、どうしてお前、そんなに元気なんだよ」


わたしと同じくらい消耗していたはずだ。

限界まで魔力を振り絞った結果として、わたしは寝込んでいるのにカリスはピンピンしている。


「魔力回復力だけは誰にも負けないわ」

「クソ羨ましい……」

「そういう貴女は――」

「見ての通り、クソみたいな回復力だよ」


数多くあるわたしの欠点のうちの一つだ。

保有魔力量こそ自慢できるほどあるけど、回復量は微々たるものだ。


元の魔力量に戻るまでに、それこそ一ヶ月くらい寝たきり生活をしなきゃいけない。

明日以降は普通に働かなきゃいけないから、きっともっと時間はかかる。


「へぇ、そうなの……」

「おい、近づくな、何をするつもりだ、弱りきった獲物を見るような目をわたしに向けるな……っ!」


じり、とカリスは近づく。

令嬢らしい能面みたいな笑顔を顔に貼り付けながら。


「昨夜はさんざんしてやられたわけだし?」

「正当な報復だったろうが!?」


わたしはベッド上で壁に追い詰められる。


「言いがかりに近い報復は貴族の嗜み。そうでしょ?」

「そんなもん嗜むなよ!」

「ふふ……」


ベッド上にカリスの膝が乗り、安物のスプリングがぎしりと音を立てる。


やべえ、まじで反撃できない。

抵抗できない。


目を閉じ、いっそ首をはねてくれと覚悟を決めるわたしの膝あたりに、どさりと乗せられた。


「え」

「ちょうどいいから、それを使いなさいな」


カリス印のコインだ。

ぱっと見だけど1000枚くらいある。


「それを破壊すれば、魔力になるわ。誰でも使える形だから、貴女の回復にも役に立つはずよ」

「おお……」


今のわたしからすれば、本当に喉から手が出るほど欲しいものだ。

実はこいつ、いい奴?


「ありがと、まじで助かる」

「あなたのペンダントの行方をつかめないまま、ってことの補償だから気にしないで」


そうでもないのかもしれない。



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