ep.9 やめろ、そういう決意の籠もった声を出すな

カリスの自信満々な様子から、なにか必勝の策があるのは明らかだ。

けどその一方で、薔薇が保証するシステムはズルを許さない。


恐らくだけど、カリスが危惧していたのは派閥が一つにおおきく纏まる事態だ。

オークションが、競い合う場ではなくなることだ。


欲しいものが、派閥内の交渉でしか得られなくなる。

そんなのは、ただの政治だ、カリスが望む魔力本位制度からは遠く離れる。


だからこそ、限度額を参加者に設けた。


一人当たりの平均は500コイン。

リミットに届かせるためには、二十人以上が必要となる。


別の言い方をすれば、上限額を設けることで、二十人以上を集めるメリットを低くした。

どれだけ巨大な派閥を形成しても、別の派閥が二十人を集めたら互角となる。


その一方で、その限度額の制限をカリス自身だけは外した。

これにより絶対的な力を手に入れた。


しかし――


「さ、さあ、これ以上はないか! 11500、11500です!」


だからこそ、カリスはあまり多くのコインを持たない。

その必要がない。


だって誰も1万コイン以上は出せない。極端な話、10010コインを確保するだけで十分だ。

今夜この場だけで使えるコインを、物理的な形で出すような馬鹿が、早々いるはずもない――


「とはいえ、あの小テストの解答を競り落とさなければ、いろいろ違っていたかもな?」

「貴女は――っ」


一方でわたしは、「たとえ無駄になってもいい」という気持ちでコインをカバンに詰めた。

一枚一枚は軽くても、ここまでの量になれば馬鹿みたいに重い。

筋力強化を超全力でやった結果、人形の外装が剥がれたくらいだ。


「どうする? まだコインの購入はできるが?」


薔薇は紅く光る。

それは競売中であることの証だ。


この状況でコインを得るには「より多くの魔力」捧げる必要がある。


蒼く光る最中は10対3の比率。

紅く光る今は、10対1まで比率が上がる。


「やってやりますよッ!」


奥歯と噛みしめる音がした。

ずんずんと近づき、薔薇へと手をかざし、同時に手を挙げた。


「い、13000! 13000だ! 通常時であれば4500枚相当の大盤振る舞いだ! しかし、果たしてこれで決着がつくのかは――」

「乗せて500、2000枚を捧げます」

「ッ!」


カリスの顔には焦りが浮かぶ。

特にわたしの全身を。


そう、このカバンが尽きたとしても、わたし自身の魔力がある。

カリスが勝つためには、この二つの貯蔵を越える必要がある。


すでにカリスの腕には黒くヒビが入る。

それはわたしのとは違い、構成の不足を意味するサインだ。


これ以上の消費は、人形(コーキィア)を保てない。

無理をすれば壁の花として飾られる。


「さあ、このまま終わってしまうのか、13000、13000です、リミット額を越えている以上、他の方の参加はほぼ不可能であり、お二人だけの競売になります。しかし、カリス様の限界が近い以上、ここでの終わりとなるか、残りは15秒となります!」

「いいえ」


その言葉を否定するように、令嬢が立ち上がる。


わたしたちの視線がそちらを向いた。

そこにいた令嬢は、胸元に豪奢な金飾りをあしらった、わたしにチップをくれた人だ。


「カリス様、あなたに融資いたします」


毅然と提案した。


「え」

「残る魔力を、すべて貴女に預けます」


このオークションでは、他からコインの融通ができる。



 + + +



やべえ、と気づいた。

ついさっきまで必勝だったはずなのに、違う事態に移行した。


わたしが最初に危惧していたことが起きた。「この夜会そのものではなくカリスだけを標的とする」方針が崩壊した。わたしvs夜会の形だ、これ。


カツカツと歩き、令嬢は薔薇に手をかざす。

その姿は他のモブと変わらないはずなのに涼やかだ。


「貴女は――」

「外部のものに、好き放題される事態は容認できません、それだけです」


笑い、人形(コーキィア)が崩壊する。

魔力を失えば、人形を保つことはもうできない。


ぱりん、と人の形が崩壊し、その中心の花だけが、残される。

くすんだ色合いの花が何度か回転したかと思うと、ふわりと移動し壁を飾る。


薔薇からあふれるように出たコインの群れは、そのまま掛け金として薔薇へと流れる。


「い、13200、13200です! 身を呈してまで重ねたコインが、さらに金額を押し上げます!」

「乗せて500!」

「おおっと血も涙もない! 13700で突き放します!」


知るかっ!

ここで火がついたらやばいんだよ!


「そうですね」


別の令状が、席でそうつぶやいたのが聞こえた。


ぎくりとする。

やめろ、そういう決意の籠もった声を出すな。


「この夜会は、私達のものです。意匠のひとつも身に着けずに来た、恥知らずの礼儀知らずのものではありません」


これ、やっべえ……!

決意を持った令嬢の行動に、追随する人が出た。


一人二人じゃ済まない。

派閥ですら関係なく、「この夜会の参加者たち」がわたしに牙を剥く。


「ええ」

「そうですわね」

「一度は壁の花になるのも一興」

「ふふ」

「あらあら」


はるか昔の、家が燃やされたときを思い出す。

多方面からの、容赦のない熱。

それがわたしを焼いた。


まるで自殺者の群れ。

だけど、どの顔にも矜持が宿る。


次々に姿を崩して花となり、壁へと飾られる、その最後の瞬間まで変わらない。

プライドを胸に崩壊する。


色褪せた花々は、ただわたしを見ていた。

見下ろしていた。


「貴女たち、ああ、こんなことが……」


カリスは滂沱の涙を流して感動している。

わたしの顔はただ青ざめる。


令嬢は花となり、溢れたコインは薔薇へと吸い込まれる。


「16020! こんな金額を扱うのは初めてです、おそらくはこの先もないことでしょう!」

「さらに500を積む!」

「16520!? ま、まだ追随します、しかし、さすがにカバンは空となったか!?」


ああそうだよ、さすがにここまで行くとか思うわけがない!

カリスの資産はせいぜい2万だと考えていた、そこから小テストで5000を削ったんだから、6000くらい用意すれば十分なはずだ――その予想は、きっと合っていた、合っていたはずなのに、いま追い込まれているのはわたしの方だ。


クソ、どうしてこんな事態になっている!?


「――」


無言のままに過ぎ去り、薔薇に手をかかげる令嬢たち。

その顔はキレイだけど平凡なモブ顔だ。

その目の奥には粘つくものが潜んでいる。


表に出ている矜持とは別の、裏面だ。


それは、今の今までわたしに注がれた覚えのないもの――嫉妬の熱だ。

気に食わない、認められない、不様に潰れろと、呪詛にも似たものが視線を通して来る。

それらは、令嬢が壁の花と化しても変わらずにわたしに向く。


意味がわからない。

わたしなんかに嫉妬すんなよ

知らないだろうけど、現実のわたしは下級職員だぞ、お前ら馬鹿か?!


「18860! 18860です! この夜会のすべての魔力がここにあると言って良いでしょう! 18860、18860、さすがにここまでか!」

「つ、積んで――500!」

「19360となりました! しかし、ここで終わりそうにありません! 令嬢たちの列はまだ続きます!」


わたしの言葉なんて聞こえないかのように、令嬢たちは朽ちて花になる。

ふわふわと浮かび飾られる。


舞踏会場から、人の姿が消えていく。


その減り方は、わたしの魔力量よりも余裕がある。

このままでは、こちらの方が先に尽きる。


底が見え始めた魔力に首筋が冷える。

死神の鎌が首筋に密着される冷たさを確かに感じた。


「ご令嬢たちの融資により20220に! ついには二万の壁すら突破いたしました! この夜会における全財産が集結しています!」


集結したそれにわたしは入ってないんですね、わかります。

クソ、この後に及んでさらに1000近くも積み上げるなよ! 


「わたしはさらに積んで――」


喉が乾く、この人形、そういう機能まであるのかよ。


ちらりと、背後に影が見えた――


連想したのは頭の回る汚いネズミの姿だ。ズル賢い奴は、裏をかくことしか考えない。

魔力で形成した長柄のトンカチを、背後から接近していた令嬢につきつける。


「おい」


その令嬢は、わたしのカバンに手を伸ばした姿で固まる。


「なにをするつもりだった?」

「いえ、その――」

「この戦いに、水を差すな」


まだカバンには、500以下の端数となるコインが残っている。

それを使おうとするより先に、奪おうとするヤツが出た。


ああ、クソ、そうだ。

下水もここも、結局は変わらない。

必死なやつは何だってする、どんな卑怯なことでも平気でやる。


「そうね」


意外なことにカリスまでもが同意した。


「これはこの夜会と、そこの新参者との戦いよ。余計な横槍は不要です」

「し、失礼しますッ!」


いたたまれなくなったのか、その令嬢は足早に夜会を後にした。

扉から出て現実へと帰還する。


「あの、申し訳ありませんが残り時間が――」

「積んで500、このカバンの残金と、残る魔力を捧げる!」


時間ギリギリだった。

薔薇の紅が明滅していたのが見えた。


最後のコインが吸い込まれるのは、タイミングとしてギリギリすぎた。


「よし……ッ!」

「……っ」

「主催者でも、もう限界か?」

「舐めないでくださる。こんなの平気よ」


そうか、わたしはもうヤバい。


「20720となりました! オークション開始時ならばともかく、最終版となってこれほどの魔力量が残っていたことは、ただただ驚きです!」


カリスが、挙手した。


「……100、さらに積み上げます。ここでは終われません」


もう参加する令嬢は、他にいない。

何人かの令嬢はまだいるけど、本来の意味での壁の花だ。


今行われる「戦い」に入る様子はない。

カリスは、そんな彼女たちに頼み込むタイプじゃない。


二人だけで向き合い、対決する。


残り少ない魔力を振り絞り、カリスが自身の魔力を捻出した結果、その腕のひび割れは更に大きくなり、人形の形を保つのが更に難しくなるが、それでも目は爛々と輝いている。


「20820! 20820です! このような数を言うことは、きっとこの先ないでしょう!」

「つ、積んで――」


わたしは無理に声に出して言う。

けど、ダメだ、これ以上は、無理だ。


「積んで50! 150コインを捧げる!」

「20870となりました!」


ぴしり、とわたしの腕にヒビが入る。

カリスのそれと同じだけれど、もっとひどい。


どういう理由か知らないけど、変化してしまったこの人形は高性能だ。

基礎的な消費も必要魔力量も大きい。


「ふふ、限界かしら?」

「知るか、自分の心配でもしてろ」

「それは余計なお世話というものよ? だいたい――」


カリスは呆れたように言う。


「そんな武器を作り出さなければ、もう少しやれたのではなくて?」

「それこそ余計なお世話だ」

「そうかもね、けれど、どちらにせよ貴女はここで終わりよ」

「なに?」


カリスはなにかを操作した。

薔薇を乗せる台座の下側に触れて動かす、引き出しのように開いたのは、隠されていた収納部分だ。


ほとんど限界に近い腕、けれど、そこから取り出したのは――


「主催者にとっての本当の切り札、最後の隠し資金を投入します」

「!! せ、1000だ! さらに1000枚のコインが上乗せされました! 現在21820!」


紛れもなく絶望的な一撃だ。


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