ep.8 匿名性は保たれているはずなのに、なぜかわたしに視線が集まった

目玉商品出品の準備のためか、立ち上がりオークショニアになにやら話しかけているカリスを他所に、わたしは考える。

どうしようかな、これ。


話したからこそ迷いが生じた。


たぶん、カリスは悪いやつではない。

ただ強欲で、ただ自分勝手なだけで。


あと貧乏人を蔑んで、競り負けそうになると死ぬほど焦って、他の人達が競売で値段が釣り上がるのをこっそり笑って、人から強引にものを奪い取っただけで。


うん、割と悪いやつかもしれない。


「それでも――」


わたし自身の魔力で構築した、ちょっとしたデザインの花飾りを髪につけながら思う。


「だからってそれは、わたしの家族を馬鹿にしていい理由にはならない」


どんな大望があろうが知ったことか。

カリス・ペルサキスの正しさは泥棒を正当化しない。


手に入れたこのカバンに、わたしは形見の品を入れて帰る決意に変わることはない。


周囲から、なにか異様なものを見る目で見られてるけどよくわからない。

殺気でも漏れたのか?


わたしは次の準備のためにも、蒼く光る薔薇からコインを得ていた。

一気にドバっとやってくれたらいいものを、ちょろちょろとしか変換してくれない。


ただ、それでも、この薔薇は便利だ。

魔力さえあれば、いろんなことができる。

天井裏の自室まで持って帰れないかなー、これ。


「ああ、なるほど?」


そうやっていると、カリスのやろうとしていることが、少しだけ理解できた気がした。



 + + + 



戻ってきたカリスは、わたし見るなり妙な顔をした。


「貴女……」

「途中でアクセサリーをつけるのは無作法だった?」

「いいえ、そのような規則はありませんわ、そちらではなく……」

「?」


なんか奥歯にものでも詰まってるような物言いだ。

ぶつぶつと「そんなまさか」とか言ってるけど、意味がわからない。


周囲の令嬢たちも、なんかわたしのことをチラチラと見ている。


なんだよ。

チビブスがバレたのか?

そういうオーラが漏れてんのか?


「貴女、この島を視察に来た冒険者だったりする?」

「は?」

「いえ、素性を聞くのは失礼ね、撤回するわ。けれど、保有魔力量が……」


よくわかんねえことを言われた。

自身の腕をたしかめて見れば、うっすらと光を纏う様子がわかる。

まるであの薔薇みたいに。


どうやら魔力供給時に力を入れすぎたらしい。

けど、こんなのは魔力を充填すればよくあることだ。

ちゃんと全身を魔力で覆わないとネズミ退治は安心してやれない。


「さあ、本日の逸品です!」


恐れと好奇心の混じった空気を裂くように、オークショニアは叫ぶ。


「カリス様は一体どこからこれほどのものを手に入れたのでしょうか、魔力変換効率は驚きのテュポエウスクラス! 神具にも匹敵しかねないほどの品ですっ!」


ざわ、とした雰囲気には驚きと困惑も濃く混じる。

そんなものは、弱小夜会で出ていいものじゃない。


令嬢たちからすれば「なんかちょっといいペンダントが出品されるかも」くらいの期待で望んでいたのに、「城の一個くらい買えるかも」という品が出てきた。


「果たして本当にここで出していいものなんでしょうか、薔薇(ロドン)様の保証があるとはいえ、取り扱うこちらとしても困惑があります、けれど、これを入手すれば魔術戦は思うがままでしょう!」


だろうね。


こっそりと使っていたわたしだからこそ頷ける。

あのペンダントのあるなしではまったく違う。


「さあ、まずは1000からスタートです!」


令嬢が目の色を変えて挙手する中――


「え、え? な、7000、7000コインです!」


匿名性は保たれているはずなのに、なぜかわたしに視線が集まるのを感じた。



 + + + 



このオークションは、一見すると公平だし誰もが気軽に参加できるものだけど、当然のように裏がある。

そのうちの一つが、コインそのものだ。


このコインは、この夜会でしか使えない。

わりと長く学院にいるいるわたしが見たことがなかったくらいだ。

下手をすれば次の夜会に持ち越すことすらできない。


それでも、浮気懲罰リングは2200コインで決着がついた。

是が非でも欲しいもののはずなのに、その程度のコインしか集められずに終えた。


たぶん、一般的な学生の魔力量は、コインで500枚程度だ。


そう、これは魔力強者が大幅な有利を得るオークションだ。


「8200、8200が提示されました! 前代未聞の金額です!」


挙手して上乗せしたのは、カリスだ。


「……主催も参加を?」

「ええ、惜しくなりまして」

「出品しなければよかったんじゃないか?」

「少しだけ、皆様に自慢したかったのです」


慎ましく微笑んでいるけれど、それ、元々てめえのじゃねえからな。

わたしは睨みつけたまま手を挙げる。


「8700! 謎のご新規さんが追随いたします!」


薔薇が紅く光る中、オークショニアは叫ぶ。


「支払うことは――ええ、できるのでしょうね」

「その疑いは、薔薇への疑いだ」

「ええ、不遜なことを言いました」


システムとして「本当にそれだけのコインを持っていること」を薔薇が保証する。

それでも思わず言ってしまうくらいだから、きっと個人でここまでのコインを積んだのは初めてのことだ。


「9000! 9000です! カリス様がさらに積み上げました、果たしてここで決着となるのか!」


薔薇が紅く揺れる。

わたしたちの戦いを見守るかのように。


「9500! 9500です! この新規参加者の、一体どこにこれほどのコインがあるのか、まったくもって驚きです! ですが、ここから先の上昇幅は細かいものとなることが予想されます!」


ふ、と横でカリスが微笑んだのが見えた。

そのまま慎ましく手を挙げる。


「9700! ついにここまで来ました!」


なるほど、と頷き、わたしはさらに積み上げようとする。

500を積んで10200――


出来ない。

メーターが、一定以上には動かせない。

残金はまだあるのに、ロックされている。


わたしはつばを飲み込みながら、挙手をした。


「10000! 一万です! リミットいっぱいだ! しかし――」

「残念ね」


リミット、という言葉は前にも聞いた。

小テストの解答に5200の値がついた際に「リミットを半分も越えてしまうのは驚き」と述べていた、つまり限度額が設定されている。


しかし――


「主催者に、それはないのよ」

「11000! 11000だ! ついには限度額を越えてしまいました!」



 + + +



たぶんこれ、別の勢力に荒らされないための措置だ。

横からかっ攫われては、オークションの存在意義が疑わしくなる。


公平性という話ではなく、「欲望を刺激するものが手に入らない」事態が常態化してしまうのが問題だ。

欲しくてたまらないものが、他の誰かの手に渡る。


ツテのある相手ならともかく、まったく関係ない別派閥の人間であれば、交渉すら難しい。


どうしてオークションに参加して、絶対に手に入らないことを確認しなければならない?


参加者の大半がそう思えば、オークションは崩壊する。

その事態を防ぐため、主催者が介入できるシステムにした。


ただの参加者では、どうやっても勝てない制限を設けた。


「うん」


頷き、わたしは立ち上がる。

同時に、ぴしり、と腕が鳴る。ヒビが入れられたみたいに。


横から注がれる。「まあ、少しはやるようですけど? 所詮はその程度ですね」という視線は無視する。


「さすがにこの限度を越えることはできません、出品者自身の手に戻る事態となりましたが、それでも外部に渡らずに済んだことに安堵してします。それほどまでにこの品は希少です! この夜会から離れれば、きっと二度とお目にかかることはないでしょう! 11000、残り時間は20秒となりましたが、さすがにこれは――」


ぴしり、ぴしりと鳴り続け、ついには剥がれて落ちる。

人形(コーキィア)を覆う外装が、わたしの魔力に耐えきれずに自壊した。


内側から、細い腕が覗く。

見慣れたものだ。

わたし自身のそれだ。


カバン片手に歩を進めるほどに、そのひび割れは大きくなる。

腕だけではなく、他の部分も剥がれる。

カラカラと、パラパラと。


まるで卵の殻を剥くように。

雛が内側から壊すかのように。


「え」

「え」

「なに」

「これは――」

「だ、だいじょうぶなの……?」

「どうしてカバンを持って……」

「しょせんは新参者ですわね、尻尾を巻いて逃げるのでしょう」

「魔力光が――」

「聞いたことがあります、人形は魔力によって形成されるもの。たとえ既製品のそれであっても、エース級の人形使いであれば、己の魂の形に変えると――」


ついには頭部ですらも破損して、落ちる。

長く長く覆っていた仮面が、ようやく剥がれたみたいに。


素肌を外へ出す爽快に身震いする。

きっと今、あのみにくい顔をさらしてる。


知るか。


背後で息を呑むカリスを睨みつけながら思う。

ここで力を持つのは金銭だ。

お前は確かにそう言ったな?

だったら、この夜会における最強はわたしだ。


わたしは、中央の薔薇へとかがみ込み、その傍にカバンを置く。


「薔薇(ロドン)様、この内にある1500のコインを競売に上乗せします」


懲罰リングを競り合う際、実物のコインが浮かんでいた。

この形でも、支払いは行える。


クソ重いカバンが、少し軽くなる。

壇上のオークショニアは口をあんぐりとさせ、絶叫した。


「な、謎のご新規さんから謎の美女へと変貌した方が、さ、さらに上乗せしましたっ! 現在11500! 本来は越えられないはずのリミットを、物理的にコインを捧げることで突破いたしました!」


いや、美人とかのお世辞はいいから。

そういう方向性の気遣いはいらない。


ただ、カリスの青ざめた顔を見れば、これが想定していない事態なのは明白だ。

唇が青く震えていた。


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