ep.7 「財力は戦力と同義となる」
「5200! 5200です! 前代未聞まで膨れ上がりましたが、さすがにもうここまでか、これ以上はないか、どこまで登りつめるか人ごとながらワクワクしております!」
うん、この辺でやめておこう。
隣のカリスが、なんか変な顔になってるし、いろいろと分かったこともある。
「さあ、もう制限時間いっぱいだ、ここまでか、ここまでなのか、さすがにリミットの半分を越えてしまうのは驚きですが、謎の新規参加者と主催との争いはここで幕を閉じてしまうのか」
ひとつは、薔薇を経由したシステムのお陰か、変な横槍は入らない。
普通に競り合うことができた、それはここの主催者が相手であっても変わらない。
「なぜここまで争うのか、どのような理由があるのか、果たして今回の小テストにいかなる秘密が隠されているのか個人的には興味津々ですが――」
また、頭の中のステータス表示のコインが自動的に消えていた。回して提示したメーター分だけが減る。
さすがに競り負けたら戻って来るんだろうけど、この点でも公平なやり方をしている。
「カリス様の顔色も心なしか青いように思えます、さすがに高性能人形、感情をくまなく伝えます。その隣のご新規さんが優雅にお茶を傾けるのとは正反対だ!」
あと、どうやらこの競売中でもコインの変換はできるみたいだ。
ただし、交換レートは上昇している。だいたい十対三から十対一にまで上がる。
土壇場でコインを得ようとするよりも、オークションの合間にやった方がいい。
「30秒経過です! 決着いたしました! 今回の品は、主催者であるカリス様のご購入です!」
オークショニアがハンマーを叩き鳴らし、決定を告げ、薔薇の輝きが朱から蒼へと戻る。
こうなれば、決定が覆ることはない。
うん、いろいろと面白い。
「ざ、残念ですわね」
カリスが青白い顔で言う。
想定外の散財を、どう取り返そうかを悩む顔だ。
「うん、残念だった」
メイド長のリリさんを見習い、しれっと言う。
こうしたとき、下手に感情的にならないほうがいい。
こちらが平静であればあるほど、向こうは激昂する。
「次が楽しみだ」
引きつった顔で、カリスは手元の出品目録を確かめた。
誤解はいまだに継続している。
+ + +
その後、わたしは誰がどうみても大したことのないカバンを入手しただけで、淑女っぽい雰囲気で大人しくしていた。
浮気懲罰リングには少し興味があったけれど、今のところ使い道がない。
疑念に満ちたカリスの顔は、徐々に安心へと変化した。
すべての出展品で競り合わなければいけない事態を危惧していたのかもしれない。
デザイン性と機能性を兼ね備えたカバン――軽い容量増加機能つきをウキウキと確かめるわたしの横で、カリスのふんぞり返りは大きくなる。
「ここは、素晴らしいでしょう?」
そんな自慢話をするくらいには。
「そうか?」
「ええ、だって、誰もが欲しいものを手に入れられるんですもの」
2つほど隣では、令嬢が鬼気迫る顔で挙手していた。
たぶん、浮気懲罰リングを使う予定のある人だ。
その更に隣には、完全無表情で値段をせり上げる令嬢がいる。
怒りを通り越した殺意が目の奥で燃える。
背後にはそれぞれの派閥に属する令嬢たちが忙しくしている。
たぶん、派閥内でのコインの融通をしていた。重ねたコインが魔力で浮かび移動する。
凄まじい競り合いのためか、何人かの令嬢が壁の花と化した。
内部魔力を使いすぎて、人形(コーキィア)を維持できず、ただの花として壁に飾られる。
武器こそ用いないものの、これも立派な戦いだ。
互いに死力をつくし、戦闘不能者が多く出る。
オークショニアが、「どっちにしても使われる相手は変わらない、果たして浮気者を懲罰するのはどちらだ!」とか言っている。
箱入りの島育ちにはちょっと難しい話題だ。
「道具は、欲望を加速させます。手を汚さず相手を陥れることができるもの、悩み事の解消を行えるものこそ、人は欲しがる。そうでしょう?」
そうかな。
そうかも。
ただ、オークショニアが「2200!」と叫び、がっくりと令嬢がうなだれた。決定のハンマーが鳴らされ、周囲で拍手が巻き起こる中、牙を剥くような笑顔でリングを受け取る令嬢を見ていると、ちょっと頷きたくはない。
それでも、ここが「とても欲しいもの」を争う場だとは理解した。
欲望と結束を積み重ねて、一人だけが獲得する。
「金銭は、欲望の媒介となります」
「お金……?」
思わず手にしたコインをまじまじと見る。
カリスはとたんに嫌な顔をした。
「……それ、仕方なくですよ?」
「そうだったのか!?」
「なに驚いてるんですか、こちらが望んで彫ったと思ってるんですか?!」
「え、だって……」
通常、こうしたものは歴史上の偉人や有名建築をモチーフにする。
無名の個人を対象にすることはない。
「公的なものではなく、学生の使う仮のものであると示す必要があります。有名人は使えません」
「だからって、自分の顔を?」
「本当に、仕方がないんですよ」
どうやら本当に致し方ないらしい。
「偽造防止のためにも、誰かの顔を掘る必要はあったのです。簡単なデザインであれば、中身が違っていても気づくのが遅れます」
たしかにコインを壊してみるまでは、わたしでも内部の魔力量が把握できずにいた。
仮に魔力が3じゃなくて1とかだったりしても、わからない。
単純な模様では、「中身が1の偽造コイン」を簡単に作れる。
「かといって、下手に他の学生を彫ればトラブルの元です」
それこそわたしでも知ってる有名人、孤高の令嬢ことデスピナ・コンスタントプロスが掘られていたら、「この人が品質保証したコインだ」と思うかも。
「……本意ではないコインを作ってまでオークションを開催したのは、皆の欲望を叶えるためか?」
カリスは、少しあっけに取られた顔をしたけれど。
「いいえ」
誰よりも強い欲望が、奥底から這い出していた。
「このカリス・ペルサキス自身のためです」
天井を睨む先には、きっと思い描く未来がある。
「現在、金本位制が取られています。金が価値の保証となっている。これを魔力で行うのです」
「魔力……?」
「ええ、このコインがそうです。中に込められた魔力が価値の保証となっている。そのような、魔力本位制の社会を実現したい」
それは、まったくの夢物語ではなさそうだ。
現在、人形(コーキィア)が戦争の主役を張っている。魔力の塊が、戦力だと見なされている。
「そうなれば、財力は戦力と同義となる。人々はこぞって金を求めます」
きっと優れた人形遣いより、多くの金銭を得ることが重視される。
人である以上、どうしたって魔力量には限界がある。
このコインを使えばその限界量を突破できる。
「戦争はなくなりません。人は欲望を抑え切れません。けれど、戦争を別の形に変えることはできる。そのための第一歩として、この島で『魔力本位制』を実現させます」
いかに効率的に敵を殺すかという社会から、いかに効率的に金儲けをするかという社会に変える。
世界そのものを変えようとする大望だ。
「ああ、だからか」
「なにがですか?」
わたしはまっすぐその強欲者に告げる。
「だからこそ、高い魔力変換効率を持つアイテムを目玉商品とした、そういうことか?」
わたしの、形見のペンダントだ。
薔薇に魔力を捧げ、その対価としてコインを得る。
その比率は10に対して3だ。
けど、そこに優秀な魔力変換のアイテムを噛ませれば、支払う魔力を8にも7にもできる。
コインに入っているのは「余計なものを排除した誰もが扱える魔力」だ。最初から「余計なものを少なくした魔力」を捧げれば、ロスは少なくなる。
魔力本位制とやらが実現された後で、もっとも値段が高騰するのは、こうした魔力変換アイテムだ。
「……余計なことを喋りすぎましたかね」
す、と熱を下げてカリスは冷淡に言う。
「貴女が誰なのかは未だにわかりません、けれど、このオークションの邪魔だけは、許さない」
「邪魔はしない」
わたしも負けじと淡々と言う。
「ただ、勝つだけだ」
「できませんよ」
カリスは侮蔑すら込めて言う。
「そんなことは不可能です。決して貴女は勝利できない」
言葉の底には、確信が滲んでいた。
「この夜会の支配者は、このカリス・ペルサキスです」
金で世界を変えようとしている者の確信だ。
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