ep.6 「貴女、誰?」

カリスは壇上で口上を述べている。

どうやらオークションって推測は間違っていないようだ。

その前には色々なものを並べている。


だからこそ、わたしはこっそりと薔薇へと近づき魔力をコインへと変換した。


主催者の顔が掘られたコインなんてものを通貨として使用している。

この場における力、金銭は、これ以外にはきっと認められていない。


変換効率の問題なのか、生成速度は割と遅いけれど、このコインは表には出ることはない。

ここの人形(コーキィア)に設置された機能なのか、どれくらいの数があるかは頭の中でカウント表示された。

脳裏のステータス画面で確認できる。


けど、うん、これ――


「効率、悪ぅ……」


個人の魔力を純粋魔力に変換するためか、10の魔力を捧げ3がコインとして戻る格好だ。

コインは3の魔力として保存や譲渡ができるけれど、差分の7が戻ることはない。


「場合によってはすごいんだろうけど……」


魔力をすごく無駄使いをしてないか、わたし?

明日の掃除とかちゃんとできるか、大丈夫なのか?


いろいろと不安になるわたしを他所に、オークションは開始された。

今回どのようなものが出品されるかをズラズラと並べ立てる。


どこかの家宝っぽい宝石とか、

薄青く光る腕輪とか、

一度着ただけのドレスとか、

来週の小テストの解答とか、

校内新聞掲載差し止めチケットとか、

浮気したら収縮し続けるリング(使用済み)とか、


うん、いろいろバライティには富んでいる。


というか、浮気懲罰リングは、どうやってるんだろう。

嘘発見と呪術の併用?

少し気になる。


そうやって、紹介される品々を楽しんでいたわたしに、冷水がかけられた。


先程から流暢に商品紹介していたカリスが満面の笑みで――


「さて、本日の目玉商品です」


薔薇の光の前に、掲げるようにそれを見せた。


「皆様も気になっていたようですわね。何人かから質問がありましたが、ご安心ください」


わたしから盗んだ、形見のペンダントだ。


「これも出品いたします」


おお、とざわめく声が周囲から聞こえた。



 + + +



頭がクラクラした。

なに考えてんだ、あの腐れ令嬢は。


下級職員から奪ったものを、堂々と『目玉商品』にしてどうする。

主催の出品物、カツアゲで手に入れたものじゃないか。


最高の魔術変換効率がどうとか、伝統的な職人の技が光るとか言っているが、そんなことはすべて知っている。知らないわけがない。


というか、先程までの時間はあれか?

各々の令嬢が出品する品をこっそり紹介するためのものか?


同じ顔、同じ人形を使っているからこそ、違いとなる部分が際立つ。


そして、わたしのペンダントは「一目見て令嬢たちが欲しくなる」ものだ。

念入りにかけていた隠遁魔術はすべて解除され、ちいさく、だけど圧倒的な輝きをもって周囲を照らす。


「これほどの品はもう二度と手に入らないでしょう、是非ともご参加ください」


隣の人形が、ゴクリとツバを飲み込んだ音が聞こえた。

ツバじゃなくて下水でも飲ませてやろうかと思うけれど、実際にはできない。


だって、この夜会に入る前、あの赤い薔薇に「見られた」感覚を得た。

現実でのわたしの位置が、捉えられている。人質にされている。


下手なことをすれば「対処」されるに違いない。

暴れるのではなく、正攻法で攻略する必要がある。


でも――


「オークションで落とせる、のか……?」


幸いなことにお金じゃなくて魔力を経由して支払いは行われる。

ある程度は戦える。


それでも、敗北の予感をひしひしと感じていた。

初参加の初競売で勝てるほど、これは甘いものなのか?



 + + +



予感は、オークションが進むほど正しいとわかる。

だって、欲しいものになればなるほど、個人じゃなくて派閥単位で購入していた。


グループが狙うべきものを決めていた。

どうでもいい小物は淡々と進むのに、「来週の小テストの解答」なんてものが出たらそれぞれの集団の目の色が変わった。


薔薇の輝きが蒼から朱へと変わる中、凄まじい勢いで額が跳ね上がる。

コインを変換していたものが「間に合わなかったあ!?」とか言ってるのは、薔薇の色が変化したからか。


「どうして、そこまで……」

「あら、わからないのかしら?」


独り言に答えを返したのは、カリスだった。

オークショニア――司会進行し、競売を指揮するのは別の人に任せて、優雅にふんぞり返り、指を振る。


「誰もが欲しがるものだからこそ、あれは価値を持つものなのですよ」

「……それでも、たかが小テストですよね、ここまで値段が上がるものですか?」


オークショニアは、テンポよく「500、500、これ以上はありませんか? 520! 520です、ここまででしょうか、いえ530! 530です――!」と場を盛り上げる。


「簡単よ」


物わかりの悪い部下を指導するように、カリスは言う。


「他へと売れるからよ」

「ああ、なるほど」


少し考えたけど、納得ができた。

わたしも授業内容をまとめたノートを売り出していた。


同じようなことを、ここのオークションの参加者もしているのだ。


「自らの派閥に共有した後で他の派閥に売れば、それだけで元は取れます。もちろん、高くなりすぎたら意味がないものですが」


転売による儲けに加えて、派閥配下への報奨にもなる。


欲の皮のつっぱった令嬢が、ぐぬぬとしていた。

表だけは平静を装ってるけど、目に浮かぶ欲深さまでは隠せない。


「それより、貴女にひとつ聞きたいのだけれど?」

「なんですか」


そういえば、どうしてわたしに話しかけたんだろう?

もう興味がなくなった風だったのに、どういう心変わりなのか。


「貴女、誰?」


真正面から、問いかけられた。


「……どのような意味ですか?」

「そのままの意味よ、飛び入り参加の方も時折はいるわ。けれどその場合であっても、学年や派閥、出身などは分かるものなのよ」

「観察力が足りないだけですよ。だいたい、ここの参加は自由でしょう?」

「ええ、生徒の参加は、そうよ」


あ、下級職員だってバレた?

そう思ったけれど、疑い深い目を見て違うと気づく。


この令嬢、たぶん、わたしが先生やその密偵じゃないかと疑ってる。

身元がわかるようなものをつけていない、それでいて各派閥をちょこちょこと歩き回り、さらには「コインを確かめるために壊す」ことまでしている。


うん、むちゃくちゃ怪しい。


そして、この夜会は、下手に探りを入れられたら困るようなことを割としている。

小テストの解答まで売っている。外部にバレたら一大事だ。


「そうね……」


言いながらも、脳内で表示される競売画面に注目した。

ここでコイン枚数を提示してから、手を挙げる。それによって購入意思の提示となる。

入金の保証も同時に行えるシステムだ。


脳内で回せるメーターを回してから、手を挙げる。


「な」


オークショニアは目を丸くして叫んだ。


「せ、1000! いきなり大台に乗りました! 1000です、1000、さ、さすがにこれ以上はないか!」

「え……」

「もし、そうだったとしたら、どうする?」


隣の主催者に、崩した口調でささやく。

うん、せっかくだから、その勘違いは利用させてもらおう。


「この夜会(オルギア)は、誰でも歓迎、そうだよな?」


頭が真っ白になった様子のカリスは、けれどすぐに気がついた。

これが「不正の証拠を握られかねない事態」だということに。


焦りのまま手を挙げる。


「1200!? これは平均をはるかに上回る金額――え、1400!?」


値段は釣り上がる。

上がり続ける。


「購入金が加速しております、残金をお確かめの上の挙手をお願いいたします! せ、1900!?」


オークショニアの言葉は絶叫となり、夜会に響く。

もう小テストの購入ではなく、この夜会を守るための戦いと化していた。


まあ、それ、ただの勘違いだけどね。


けど、どうせなら「生徒ではなく先生の側に属している人間」として行動させてもらう。

誰かわからない不審者より、この夜会を潰しに来た敵対者の方がマシだ。


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