ep.5 話聞けよ。お前の耳は飾りか?
夜会(オルギア)とはなにか、なにも知らない。
けれどどうやら、人形(コーキィア)を使うものなのは確かだ。
だって、今のわたしは人形の身体の中にいる。
わたしの身体は、きっと今も屋根裏でぐうぐう眠りこけている。
令嬢たちも椅子の上でスウスウに違いない。
意識がいるのは、魔術的に構築された空間だ。
そこに魔術的な人形で参加する。
どうやら夜会とは、そのようなものらしい。
この場で、この現代最強戦力で行うこととは、いったい何か?
そんなの、決まっていた。
「殺し合いか……!」
そう、「格付けを行う」に違いないのだ。
クソ、なんてことだ、圧倒的に不利だ。
ルールや戦闘経験の不足はもちろん、わたしの人形(コーキィア)はデフォルトのそれだ。
事前の準備がなくても使えるようにした、初期基準のものでしかない。
隣にいる令嬢と同じく「キレイだけど印象に残らないモブ顔」と化している。
ネズミ殺し用の、手製のトンカチでも持ってくればよかった。
こんなの、今すぐ血祭りに上げられても文句は言えない。
「ごきげんよう、初参加かしら?」
わたしの戦意と警戒なんて気にした様子もなく、カリスから問いかけられた。
バレた?!
驚愕するけど、すぐに勘違いだと気づく。
今のわたしは人形の姿だ。
外見で判断されることがない。
「ええ、ごきげんよう。お邪魔でしたか?」
とっさの攻撃を抑え込み、平然と優雅に言い返す。
戦闘開始の合図は、まだされていない。
挨拶くらいはちゃんと返すべきだ。
あと会話をしながらも同時に、魔術的に構築して武器の作成ができないかも試みる。
無手じゃ心もとない。
何度も手のひらを開閉させる。
「いいえ、誰でも参加歓迎ですよ! けれど、ええ――」
不躾な視線をわたしに向けた。
もっと言えば、わたしの衣装をじろじろと。
「あなたがここで楽しめるとは、思えないけれど」
あ?
殺すぞ。
殺意を笑顔で覆い隠しながら、周囲を素早く見渡した。
誰も彼もが同じデフォルト顔だ。
カリスを除いて、全員の身元がわからない。
けれど、それぞれ個性を出すようにアクセサリーをつけていた。
きらびやかなそれらは、見ただけでもわかる一級品だ。
人形に入り込んだだけのわたしとは違う。
「お友達に宣伝してくださいね?」
暗に「お前はここでは場違いなんだからとっとと去れ」という意図を隠した言葉を言ってカリスは離れた。
何も言っていないにもかかわらず「あーあ、くだらない貧乏人に話しかけちゃったわぁ」と、後ろ姿が語っていた。
わたしは頷く。
やはり武器をいち早く作り出しておくべきだ。
きっと今なら後頭部の外後頭稜(がいこうとうりょう)を完全に凹ませることができた。
+ + +
その後、いくらか待ってみたものの、戦闘が開始される予兆はない。
血みどろが始まる様子がない。
まだか。
殺し合いはまだなのか。
人形(コーキィア)とは、花を中心に形作られる魔導体だ。
その外装を破壊しきれば、あるいは魔力量を削りきれば、人形であることを保つことができず、無様にその花をさらして壁へと飾られる。
人形(コーキィア)を用いた戦争ともなれば、花々が散り吹雪く有り様となる。
さあ、わたしもまた花を散らしてやるぜと待つけれど、令嬢たちはきらびやかに、笑いさざめきながらお茶を飲み、面白くもない上っ面の会話ばかりをしていた。
派閥に属していないわたしは、当然のようにひとりぼっちだ。
それでもチラチラをこちらを見ているのは、好奇心からだろう。
わたしだけが、身元の手がかりを持たずにここにいる――
うん、知らん。
元々、自分のものを取り返すためにここに来ただけだ。夜会に巻き込まれたのは偶然だ。
けど……ここで受け身でいるのもダメだ。
それは、周囲の奴らにいいようにされるだけだ。
「よし」
恥をかこう、と思う。
先ほどの会話で、わたしが新参者であることは周囲に喧伝された。
知らない振りして聞きまくる権利を得た。
ここで必要なのは情報だ。
このままでは身動きを取ることができない。
NG行動を知る必要がある。
場に即した行動を取れるかどうかとか、どうでもいい。
それより、全員を敵に回さないようにしなければならない。
「失礼、使用武器の範囲に制限はあるのでしょうか?」
「は?」
だから隣の人にそう問いかけたけれど、ものすごくあっけにとられた顔をされた。
+ + +
パーティでもっとも情報を得るのは誰かというのは諸説あるだろうけれど、わたしは配膳係だと思う。
下手な会話はボロが出まくると判断したわたしは、各々の令嬢たちのカップが空いているのを確認し、新しいものと交換する役目を買って出た。
部屋中央にある薔薇にいくらか魔力を捧げれば、簡単に生成された。
蒼く光るそれに手をかざし、魔力を送り込むだけでポン、と出てくる。
べんりー、現実でもないのかな、これ。
そこかしこに顔を売りながら、耳を活用する。
どのような会話が行われているかを聞く。
大半はどうでもいい会話だったけれど、中には興味深いものもある。
「ええ、新しい指輪がちょうど欲しくて――」
「今の流行は魔力消費軽減でしょう? あまり相応しいものがなくて――」
「本国でお抱えのデザイナーのものです、きっと皆さんも気に入ってくれると――」
モノについての話題が、とても多い。
あるいは、自分自身の欲しいものや、皆が欲しがるものについての会話をしている。
不思議だ。
あと少しで戦闘開始という雰囲気じゃない。
「あら、ちょうど欲しかったのよ」
「ありがとうございます」
お茶を取り替えた令嬢の何人かからチップをもらう。
何人かの令嬢が、わたしに複雑な視線を向けた。
「貴女、どうして使用人まがいのことをしているのかしら?」
「わたしは新参者です、ここで皆様の潤滑となることができれば、それだけで十分なのです」
「あら、嫌だわ、そんなにチップが欲しいのね」
話聞けよ。お前の耳は飾りか?
とは言わないでおく。
普通、令嬢とか貴族は働かない。
特権階級としての気概に欠けるとされるからだ。
けれど、「だからこそ」へりくだって給仕されたらいい気分になるものもいる。
「彼女は自らの立場をわきまえているだけですよ、ただの気遣いなのですから、気にすることもないでしょう?」
偉そうな令嬢が言う。
胸元の豪奢な金飾りが特徴的だ。
その目の奥が「令嬢が令嬢のためにセコセコ働くのは弱みだ、コイツが誰か突き止めてやる。あなたの家では令嬢が使用人をしているのね? と馬鹿にしてやる」と言ってた気がするけど、無駄な努力すぎた。
一礼して壁際まで離れ、もらったチップを確かめれば、それはコインの形をしていた。
カリスの横顔が彫り込まれたものだ。
「趣味、悪っ」
もらっても喜べない。
なに決め顔してるの、このカリス。
え、渡されたのって、嫌がらせ?
「……」
じっと、観察をする。
たしかに趣味が悪いコインではあるけれど、妙な感覚が触れた指先に残る気がした。
もっと言えば、「人が作ったもの」だとは思えない。
「これ……魔力に、不純物がなさすぎる」
不純物、って言うと聞こえが悪いけど、つまりは個性だ。
あのカリスの魔力の痕跡ですら、ここにはない。
「――」
お盆に乗せたお茶、それを見つめ、飲んでみる。
ここが現実ではなく魔力的な空間である以上、これも魔力で作成されたものだ。
本当に味がするし、お腹がタプタプになるような気もするけど、ただの魔力の塊だ。
あの薔薇に、魔力を捧げる対価として、これが出た。
「ふんッ」
力と魔力を込めてコインを握る。
ガギン、と破壊の音を立て、それは霧散した。
何人かが不調法を咎める視線を向けるけど、気にしてられない。
すいませんね、新参者なもので。
あふれた純粋魔力は、紛れるように「わたしの魔力」へと合流した。
「なるほど」
少しだけ、理解ができた。
この夜会において、金銭は力だ。
たしかにカリスはそう述べた。
コインを多く持つものが、多くの力を得る。
そして、チップとはいえこのコインを手に入れたわたしに、他の令嬢が嫉妬の視線を向けた。
このお金は、「魔力に変換できる」のだ。
「面白い」
カリスが壇上に上がり、なにかを呼びかけた。
聞かずとも、それがなにか分かる気がした。
「ここ、オークション会場だ」
そうやって、金銭=魔力をかき集めている。
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