ep.4 「盗みたい放題、ってことだ」
次の日、午前中に学校裏の清掃を終えて、午後にはまた性懲りもなく入ろうとするネズミを抹殺し、ついには日が沈んで夜になる。
殺傷を当日に、他の下働きと一緒に飯を食べることはない。
病気にでもかかっていたら学院全体に蔓延する。
ある程度は魔術で抑えているけど、それだって絶対じゃない。
下水から学院に戻る途中で湯浴みもしているけど、万が一ということもある。
あとは、まあ、普通に嫌だよね。
食事中、衣服に血の跡が点々とついた人が横にいたら。
「ご一緒しますか?」
「いいえ、メイド長はお戻りください」
気にせず「メシ、一緒に食おうぜ」と言ってくれるのはリリさんくらいのものだ。
その思いやりはありがたいけど、今日ばかりはそういうわけにもいかない。
残り物をパンに挟んで持ち運べるようにしてから、わたしは学園の天井裏に向かう。
メイド長の疑いの目で「殺しはナシですよ」と言っていたから、半分くらい気づいてるんじゃないかと思うけど、無視してひとり夕闇の中でサンドイッチを食べる。うめえ。
普段であれば、夜間の学院は出入りは禁止されている。
密会や不純交遊や酒の密造が横行したため禁止された。
それでも、夜会(オルギア)のときばかりは開放される。
これは学園にとっても特別なもので、そう簡単に止めることはできないらしい。
「まあ、結局は何をやるか不明なままだけどね」
まじでなにしてるんだ。
調べても詳しい情報は得られずじまいだ。
わかっているのは――
オルギアは、生徒同士が集まって行うものであり、先生や下働きは介入しないこと。
ある程度の勢力になったら別棟で行うけれど、だいたいの学院生は学院の教室や訓練場を借りて行うこと。
そういった、知ってて当然の事ばかり。
カリスが主催するものは後者で、教室の一室にて行われる。「誰でも自由に出入りできるようにするため」とか言ってたけど、単純に弱小勢力だからだ。見栄をはるな。
「なにより大切なのは――」
この夜会が、外からでもわかるほど「暗い」中で行われることだ。
夜に校舎を見ても、うっすらとした明かりしか漏れない。
それだけ光量が絞られている。
これは一晩中変わることがない。
「つまり、盗みたい放題、ってことだ」
まあ、ペンダント以外は盗らないけどね。
……いや、料理があったら盗み食いのひとつくらいはするかもしれないけれど――
+ + +
夜が来た。
思い思いの格好で着飾った令嬢が、もたつきながらも学院へ吸い込まれる。
一人、また一人と、学院の暗がりへと滑り込む。
コケたら大変だ。
この学園内でもっとも暗い場所である天井裏に身を潜めながらそう思う。
カリスが主催する場所は、普段彼女たちが使う教室だ。
天井の一部にガタが来ていたから、後で取り替えなきゃいけないと思っていた教室でもある。
ここから先の予定は、シンプルだ。
夜会(オルギア)が行われる最中に、天井からロープを垂らして紛れ込み、こっそりとペンダントを盗み出して全力ダッシュで逃げ出す。
この暗さの中なら、きっと追いつかれることもない。
そうやって、どうにか振り切ってから、隙をついて天井裏へと再び昇り、ロープを回収する。
たったこれだけで、完全犯罪の完成だ。
行先はもちろん、侵入の痕跡も消える。
「問題は、人形(コーキィア)を使うらしい、って部分だけど……」
どう使うんだろう?
現代における戦争の主力を出されたら、さすがに難しい。追いかけっこではまず勝てない。
「むむむ……」
天井の一部をズラして教室を覗き見る。
教室内の暖気がふわりと来た。
ちょうどカリスが来ていた。
どこか緊張した様子で抱え運んでいる。
鉢植えに入れられた、花だ。
花弁がうっすらとした明かりを纏う薔薇だ。
それを慎重に、教室の中心に置いた。
その赤い花が、またたく。
まるで星みたいに。
「う」
思わず身を引いた。
嫌なものが、通り過ぎたのを感じた。
それは言葉として言えば「見られた」という感覚だ。
誰に?
きっと、あの薔薇に。
あれがわたしの存在を感知した。
直感的に、そう思う。
「……?!」
わたしが思わず上げた声が聞こえたのか、カリスが呆然とした後、すばやく左右を見渡した。
どこか青ざめた顔は、怪談話を連想したのかもしれない。
恐れ顔を見ながらひっそりと、でも、できるだけ素早くわたしは後ずさって距離を取る。
完全な暗闇の中で深く息を吐いた。
やっべえ。
甘く見すぎていたのかもしれない。
警戒を三段階くらい上げる。
この夜会は、外部からの侵入者を想定していた。
+ + +
その後は覗き見せずに、耳だけを活用した。
目を閉じて床兼天井に耳をつける。
カリスが花を設置するのを待っていたかのように、次から次へと令嬢たちが教室に入る。
席は事前に決められていたのか、誰も迷う様子がない。
どうやら、あの薔薇を中心にして着席しているようだ。
カツカツと偉そうな足音は教室中央で止まり、おどおどとした足取りは前や後ろの席に座る。
「皆様、おそろいですね。この夜会(オルギア)は、どなた様でも歓迎です。さて、今宵の宴をはじめましょう」
あ、やばい、もうやるのか。
再び隙間から覗き込んだ。
輝く薔薇のすぐ後ろで、女主人みたいに立つカリスの姿に、無言で拳を突き上げた。
だって彼女の胸元にはペンダントが揺れていた。
形見のペンダントだ。
薔薇の光に照り返して輝いている。
「宣言いたします」
自分のものみたいに着飾りやがって、なに勝手に使ってるんだ。
盗人猛々しいにも程がある。
けど、ありがとう、お陰でお前から躊躇なく盗める。
「この夜会(オルギア)において、金銭こそが力であると」
なんて?
思う間もなく、視界が暗転した。
覗き込む体勢が、感覚が、無に帰した。
脳から伝わる神経の、脊髄あたりをぶちんと引き抜き、別の何かに繋げられる。
「わたし」が別の形として展開される。
気づくと、狭苦しくて暗い教室じゃなくて、シャンデリアの群れが煌々と照らし、広々としたホールの全面には精緻な壁画が描かれ、床は踊りやすいようカエデの無垢材が敷かれている、そんな場所にいた。
多くの人々が思い思いの格好で着飾り、さざめき合う。
舞踏会場だ。
ホール中央に薔薇が飾られ、奥側に少し高くなった舞台があるのが違うけど、はるか昔に見た施設にそっくりだ。
「え」
わたしもまた着飾られていた。
シンプルながらも優美なドレスに身を包み、壇上を見上げる格好でいた。
他の人が縮んだ?
縮尺とか間違えてない?
そう思ったが、違う。
わたしの背が、伸びていた。
指で素早く鼻の頭を撫でる。
普段ならニキビ跡の感触があるはずなのに、つるつるだ。
「まじか……」
これって、生身じゃない。
人形(コーキィア)だ。
わたしはいつの間にか変身をしていた。
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