ep.10 決着を告げる木槌
文句は、いろいろある。
ここまで争っておいて最後の最後でそれ出すのかよ、とか。
それって他の令嬢の義侠心を踏み台にしてないか、とか。
主催者のお前だけそんな隠し資金あったのかよ、とか。
それでも、これは争いだ。
己のすべてを賭けた戦いだ。
その必死に嘘偽りはない。
カリス・ペルサキスという令嬢は、わたしの心を折るためだけに切り札を隠し続けた。
効果が最大となる瞬間を狙い澄ませた。
わたしが繰り返しやっていた、500コインの積み上げができなくなる瞬間を――
「――」
それは、たしかに効果があった。
ぐらりと傾こうとする身体を必死に足で支える。
どうする。
どうすればいい?
ここから逆転できるだけの魔力量はあるか?
無理だ、いや、ギリギリ届くか?
わたしはこの人形(コーキィア)に慣れていない。
本当のギリギリまで踏み込めば、あるいは――
それ以外に手段はないのか?
完全に空となったカバンを見る。
「……オークションで購入したものを、ふたたびコインに変換することはできない、そういうことでいいか?」
「ええ、それを許せば物々交換にしかならないもの」
つまり、このカバンを換金することはできない。
あと一手、届かない。
普通にやれば負ける。
それなら、別の手段――
たとえば、出品されたネックレス、その所有権をいまさら主張してみるか?
これは盗まれたものだと喚いてみる?
馬鹿な。
そんな真似ができるか。
それをやるなら最初からやれって話だ。
ネズミにも似た卑怯な行いは、許せない。
それは、わたしを育んでくれた全員に汚名を塗りたくる。
ネズミがネックレスを着けても滑稽なだけだ。
「21820! 残りは15秒となりました!」
やれるだけ、やれ。
髪飾りを抜く、宙に放り投げて長柄のトンカチで破砕した。
まったく、無駄すぎるものを作成した。
周囲に合わせるための意味しかなかったものが、構成を保てず霧散した。
魔力が、わたしに合流する。
次に長柄のトンカチも膝で叩き折る。
これは、あくまでもわたし自身の魔力で構成されたものだ、ある程度破壊すれば形を保てなくなる。
そうして回収した魔力を薔薇へと捧げる。
コインとして出力させる。
「……ねえ、貴女の姿、いえ、その武器を、どこかで見た憶えがあるのだけれど……」
「知るか」
お前に関わってる暇とかないんだよ。
残存ギリギリまで魔力を削る。
薔薇からコインが次々に出てくる。
けれど、途中で止まる。
足りない。
出力された枚数は、996だ。
これが限界だ。
あと僅かだれど、上回れない。
周囲では、壁の花となった令嬢たちが見下ろし、くすくすと笑うように葉や花弁を揺らした。
だが、その裏には怯えが潜む。「自分たちがここまでしたのに勝てないかもしれない」という恐怖が含有している。
どこかヒステリックに花々は揺らめく。
「たしか、昨日……けれど、あれは……」
カリスはわたしを呆然と見る。
より正確に言えば、わたしの手を。
今壊したばかりの長柄のトンカチがあった箇所を。
「――」
わたしは、お腹を抑える。
この身体ではなく、別の身体がそれを感じていた。
現実の、天井裏で寝転がっているはずの身体だ。
わずかに、魔力が回復していた。
お腹の中が暖かくなる。
それは、直前に食べたサンドイッチが消化され、魔力へと変換したためだ。
現実で得た魔力が、人形にまで伝達された。
歯を食いしばり、薔薇に手をかざす。
祈るように、出力されたそれを見る。
「クソ、足りないッ!」
出てきたのは、2枚だけ。
998で止まる。
「21820! 残り8秒です!」
「貴女、まさか、まさかッ、あのときの!?」
カリスは焦ってわたしを指差す。
なんだ、今更気付いたのかよ。
「言ったはずだ」
睨みつけて告げる。
「わたし自身ならばともかく、わたしの家を侮ることは許さない。必ず思い知らせると。だいたい――」
もともとは戦闘用のためだろう、人形(コーキィア)にはポケットがついていた。
レースのひだに隠れるように、あった。
「今夜わたしのやったことも、案外、無駄じゃなかった」
壁の花の群れを見る。
特に、最初に融資を提案した令嬢のそれを。
微笑みかけるわたしに、花が震えた。
そう、彼女はわたしに「チップをくれた」令嬢でもある。
この夜会で給仕をすることで、何枚かコインを得ていた。
カリスのそれと比べれば本当にささやかだけど、わたしにも隠し資金があった。それは、ポケットの中で出番を待ち続けた。
震える指が、コインをつかむ。
ちゃり、とコイン同士が擦れる音がした。
「残り3秒、2秒――」
「乗せて4枚、1004のコインを捧げます」
限界ギリギリまで絞りきったコインの群れが消え失せた。
明滅する薔薇が、ふたたび朱を灯す。
入金が、認められた。
隣から息を呑む音がした。
会場が完全な静寂に包まれる。
次の30秒間、オークショニア以外の声はなく――決着を告げる木槌と共に、わたしは拳を高く突き上げた。
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