17.桜塚猛、サヴォンに戻る

 ロイド・クレメンスとの情報交換に成功したわし――桜塚猛は目を覚ます。

 約束通り、寝たままの状態で覚えている限りのことを、その場に控えていたパーティメンバーとエルヴァの長老たちに説明する。

 大老によれば、夢見の宝珠は問題なく機能し、わしとロイドの対話の一部始終はこの場にいる全員が確認できたという。

 それでもわしの説明を受けたのは、内容を突き合わせて確証を得るためだそうだ。


「まさか、オスティル様が現れるとは思わなんだ」


 と大老が言う。


「ロイドと行動をともにしていることはわかっていたのですから、予想はできたのでは?」


 ジュリアーノが言う。


「それはそうなのだがな。六百年生きた私ですら、神々と言葉を交わした経験などないのだ」


 大老はじめ、長老たちはみな興奮ぎみだった。

 神などという存在を目の当たりにしたのだからそれも当然だろう。

 わしなどは夢の中とはいえ神と直接言葉を交わしたことになるのだが、夢の中だったせいもあってか現実感があまりない。


 一方、ロイドのパーティメンバーは難しい顔で考え込んでいる。


「オスティル様のお言葉では聖櫃を保全せよとのことだったが……」

「保全、ねぇ……。そうは言っても、まさかあたしらが四六時中遺跡に張り付いてるわけにもいかないさね」


 ジュリアーノの言葉に、ミランダが言う。

 ジュリアーノは、例によって指を二本立ててみせた。


「方法は二つだ。一、サヴォンの冒険者ギルドに速やかに届け出る。ギルドには遺跡への立ち入りを制限してもらう。サヴォンの領主にも取り次いでもらい、警備兵を置いてもらえればなおいいだろう」

「なるほど」


 わしがうなずく。

 ジュリアーノが指を一本折って続ける。


「二、エルヴァの協力を得る。具体的には、エルヴァに遺跡を保全してもらうよう要請する」

「遺跡を発見したのは冒険者ギルドじゃぞ。エルヴァが出張ってきたら揉め事が起こらんか?」


 アーサーが顎鬚を撫でながら言う。


「そこは、エルヴァからギルドに話を通してもらうしかないな。エルヴァはサヴォンの街と交易も行ってもいるし、底知れない軍事力と知識を持つことで恐れられてもいる。遺跡をギルドからエルヴァへ移管することは可能だろう」

「エルヴァは長寿の代わりに数が少ない。あまり脅すような真似をして人間の怨みを買いたくはないのだがな。とはいえ、ことがことだ。おまえたちがそうしてほしいというなら検討しよう」


 大老がそう付け加える。

 その場にいる皆がうなずきあう。皆は第二案がいいと思っているようだ。


「なぜ、冒険者ギルドではいかんのだ?」


 わしが聞く。


「冒険者は、よく言えば冒険心旺盛、悪く言えば一攫千金を夢見るならず者だ。聖櫃なんて神話級の存在が見つかったとなれば、よからぬ考えを起こす輩が必ず出てくる」


 ジュリアーノの言い分はもっとものようだ。


「とはいえ、エルヴァに任せた場合、エルヴァとギルドの間でいざこざが起こる可能性もある。アーサーの指摘したとおりだな」


 ジュリアーノの言葉に、アーサーが言う。


「ギルドからすれば、なぜギルド所属の冒険者が発見した遺跡を譲らねばならんのか、ということになる。当然ギルドはエルヴァに説明を求めるだろう。が、真っ正直に説明してしまえば、ギルドに処置を委ねた場合と同じことが懸念されるじゃろうな」

「欲をかいた冒険者が手を出す、ということか」

「それだけならまだマシさね。冒険者ギルド自体が欲をかいて、成果の独占を目論む可能性もあるんじゃないかい?」

「冒険者ギルドは冒険者の互助組織にすぎない。公正や公平よりも己の利害を優先するおそれはある」


 ジュリアーノがまとめた。

 アーサーが嘆息する。


「せめてモノがもっと小さければのう。わしらで隠匿するなり、エルヴァに保管を頼むなりすればよかったのじゃが。この里に運び込んでしまえば、エルヴァ以外には手出しができまい」

「聖櫃は重いし、そもそもあの場所にあること自体にも何か意味があるのかもしれん。できれば動かしたくはないな」


 ジュリアーノが肩をすくめる。


「あたしらが見張るにしても、問題はいつまで『保全』すればいいんだかわからないってことだね。一、二週間くらいならともかく、下手をすれば年単位の時間がかかるかもしれないだろう?」

「年単位で済めば御の字で、数百年ってこともありうるな。まぁ、その場合、向こうに行ったロイドを含め、俺たちはみな死んでいる。生き残ってるのはあの女神様くらいだ」


 その場合、わしは地球へ帰ることを諦め、グレートワーデンに骨を埋める覚悟をしなければならなくなる。そんなことは、今の段階では考えたくもない。


「何よりの問題は、話が大きすぎて、ギルドのお偉方に信じてもらえる気がせんということじゃろうな」

「それなんだよな……」


 アーサーの言葉にジュリアーノが唸る。


「冒険者の持ち込む法螺話をいちいち真に受けていては、冒険者ギルドなぞ運営できんからの」

「冒険者は話を盛りたがるもんだからねぇ。ギルドも割り引いて聞こうとするから、冒険者はいっそう話を膨らませる。結果、ギルドは冒険者の言い分なんざ真に受けなくなった。ギルドが重んじるのは現物だけさね」

「「はぁ……」」


 と、皆が揃ってため息をつく。


「それでは、二で行くしかあるまい」


 わしが言う。


「エルヴァに頼むしかないか」

「ギルドとのやりとりではあたしらが矢面に立つことになるのかねぇ」

「しかたなかろう。わしらはロイドのパーティなのだ。ロイドがオスティル様と行動をともにしている以上、その方針には従うべきじゃ」

「しかし、馬鹿正直にギルドに報告したら、ギルドは間違いなく吹っかけてくるだろうな」

「そこはエルヴァに頑張ってもらうしかないかのぅ」


 いろいろの不安を抱えながらではあるが、方針はなんとか固まった。

 わしらは大老にギルドマスターに宛てた要請文を書いてもらった。遺跡はエルヴァにとって重要なものであることがわかったので、その移管を求めたい、という内容のものだ。

 エルヴァの影響力を考えれば、大老の名義でなされた要請が無視されるとは考えにくい。


 行く手に立ち塞がる面倒事の多さに、わしらはすっかり憂鬱になっていた。

 とはいえ、それは単に面倒だというだけで、解決できないことではないと思っていた。


 ――が、この時点で、遺跡を巡るいざこざは既に始まっていたのである。



「……は? 遺跡への入構の禁止だって?」


 ロイドの口調でわしが言う。

 場所はサヴォンの街、冒険者ギルドのカウンターだ。

 上への取り次ぎを頼もうとした矢先に、機先を制するように告げられた。

 受付のキャリィ嬢がにっこりと微笑んで言う。


「ええ。上からの命令で、ロイドさんたちをあの遺跡に入れてはならないと」

「な、なんで……」


 キャリィ嬢が笑みを薄くし、わしの表情をじっと観察する。


「成果物を秘匿している疑いがあるから……だそうです」


 言いにくそうに、キャリィ嬢が言う。


「ロイドさんたちは、一度目の探索でロイドさんが気絶するという異常に見舞われたにもかかわらず、復帰してすぐに二度目の探索を申請しましたね? その後、簡単な報告だけをして、いずこへともなく旅立っていました。遺跡で何かを発見し、それをギルドに報告しないまま、どこかに隠匿したのではないか――ギルドはそのように疑っています」

「なっ……!」

「ギルドでは、既に副ギルドマスターの指揮のもと、ギルド直属の冒険者を問題の遺跡へと派遣しています。遺跡は現在調査中で、立ち入り禁止になっています」


 わしらは言葉を失う。

 キャリィ嬢は、そんなわしらに素早く探るような視線を向けてくる。


「疑惑が解けるまで、ロイドさんたちパーティの冒険者としての活動は一切禁止されます。また、サヴォンに投宿し、街から出ないようにしてください」

「あたしらを禁足するって言うのかい!?」


 ミランダが鋭く言う。

 その言葉を平然と無視して、キャリィ嬢が続ける。


「この命令に逆らうと、最悪の場合ギルドからの除名処分となります。詳しくは、この魔獣紙で確認してください」


 取り付く島もなく差し出された命令書をわしは受け取る。

 命令書には今口頭で伝えられたのと同じ内容が書かれている。


 わしは束の間、考える。

 頭は、思ったよりも冷静に回る。

 これがロイドだったら、キャリィ嬢の冷たい態度だけでも取り乱していただろう。

 しかしわしは、35年のサラリーマン生活で、この程度のことなら何度となく経験している。


 いくつか、気づいたことはあった。


 が、


「――キャリィちゃん、そりゃねぇよ!」


 わしはロイドの口調でキャリィ嬢にそう絡む。

 メンバーは目を丸くし、キャリィ嬢は虫を見るような冷たい目をわしに向けた。

 キャリィ嬢は、すがりつくわしの手をはねのける。


「前々から思っていたんですけど、気安く名前を呼ばないでもらえますか? 万年D級の冒険者さん?」


 にっこりと笑いながら、キャリィ嬢が言った。


「ちょっとあんた――」


 激高して何かを言おうとしたミランダを遮り、


「くっそー!」


 わしはせいぜい惨めに見えるように演技しながら、冒険者ギルドを飛び出した。



 わしは、冒険者ギルドから離れた酒場にパーティメンバーを連れてきた。

 席に着くなり、ミランダがわしの胸ぐらを掴み上げた。


「どういうことだい、タケル! あんたまさか、夢の中でケンカになったからって、ロイドの外聞を貶めるような真似を――」

「待った待った、ミランダ! サクラヅカ翁の話を聞いてからだ!」


 ジュリアーノがそう割って入り、わしに目配せを寄越す。

 この様子だと、わしの考えに気づいているのだろう。


「わしも、タケルの見解を聞きたいところだの。とくに、なぜ大老に書いてもらった要請文を出さなかったのか、じゃな」


 アーサーは運ばれてきた木のジョッキを飲み干しながらそう言った。

 ロイドの記憶では、ドヴォというのは酒に強く、また酒好きな種族であるらしい。ロイドとの縁も、当時ロイドが偶然から手に入れた珍しい酒がきっかけだったという。きびだんごで動物を手懐けた桃太郎みたいな話だとわしは思った。


 ミランダが椅子に座り直したところで、わしは口を開く。


「タイミングが良すぎるとは思わぬか?」

「たしかに、仕事の遅いギルドにしては手回しが良すぎるの」


 げっぷをしながらアーサーがうなずく。


「わしの見るところでは、あの受付嬢が怪しい」


 わしが言うと、ミランダが意地の悪い目を向けてくる。


「なんだい、タケルもあの女に骨抜きにされたのかと思ったよ」

「冗談はよしてくれ。あんな性悪女に引っかかるのは経験の浅い若造だけだ」


 たとえばロイド・クレメンスのような……とは言わなかったが、パーティメンバーたちはバツの悪そうな顔をした。


「何度も忠告したんだがな。ロイドのやつはすっかりキャリィに入れあげてしまっていた」


 ジュリアーノが苦い顔で言う。


「あの女はうまいのだ。自分の手練手管に引っかかる者とそうでない者を本能的に見分ける目を持っている。そして、いったん目をつけた相手はあの手この手で籠絡してしまうのじゃ」


 アーサーがそう言って鼻を鳴らす。


「ったく、男どもは情けない。あんなのは女から見たら見え見えさね。ロイドの単純さにも困ったもんだ」


 ミランダは憤懣やるかたないといった様子だ。


「まぁ、あやつのことは今は良い。それより、くだんの女のことだ。魔性の女であることは否定できぬが、それも元の世界のその筋の女に比べれば、むしろ田舎くさいくらいだな」

「ふんっ、サヴォンが田舎で悪かったね」

「そう絡むな。あの女にロイドが操縦されておったことも問題だが、わしが何より気にしておるのは、遺跡の依頼をもたらしたのもあの女ならば、二度の報告を受けたのもあの女だということだよ」


 わしの言葉に、ジュリアーノがうなずく。


「そうだな。受付嬢は他にもいるが、ロイドはキャリィとお近づきになりたがってた。ロイドは依頼の受注も報告もキャリィがいる時間を狙って行っていたよ」

「そもそも、最初の遺跡調査の依頼からしてあたしは気に入らなかったんだ。未踏の遺跡の調査なんて、ていのいい人柱みたいなもんさ。あの女は、ロイドがあの女に惚れてるのをいいことに、昇格を餌にして危険なクエストを受けさせたんだよ」

「結局ロイドはあの女の都合のいいように使われておったということじゃな」


 三人が口々に言う。


「……疑問なのだが、どうしてそこまでわかっていながら依頼を受けたのだ?」

「まぁ、ロイドの昇格はあたしらにとっても大事だからね」

「このパーティはDランクだが、実力的にはもう二ランクは上だろう。俺たちの実力を考えれば、それほどリスクが高いわけでもない」

「ジュリアーノ、おぬしは未踏の遺跡に興味をそそられただけじゃろうが」


 アーサーがジュリアーノをじとりと睨む。

 それぞれに利害計算があってあの依頼を受けた、ということか。


「ともかく、今回の入構禁止命令を聞いて、わしが真っ先に疑ったのはキャリィ嬢だよ。組織の中では情報は一定の速度でしか上がってはいかんものだ。この世界の辺境にある冒険者ギルドの事務処理能力を考えたら、わしらの報告がこんなにも早く上に上がり、しかもささいな報告であるにもかかわらず重要視されたのは、異常な事態だと言わざるをえん」


 かつて勤めていた会社でも、上げたはずの情報が一向に上に届かず難儀したことが何度もある。

 電話もパソコンもないこの世界で、ロイド・クレメンスというDランク冒険者のなした報告があっという間に上に伝わったというのは明らかにおかしい。


「わしはキャリィ嬢を疑っておる。しかし同時に、彼女ひとりだけではできぬことだとも思う」


 わしの言葉に、ジュリアーノが反応した。


「誰かグルになってるっていうのか?」

「簡単なことだよ。冒険者に媚を売って巧みに操縦しておるキャリィ嬢が、ギルド内部では同じことをしていないということがあろうものか」

「……なるほど、男がいるのか。それも、ギルドの上の方にいる、というわけだな?」

「あの手の女は、男中心の組織に入り込むと、できる限り地位の高い男を狙おうとするものだ。地位が高いほど権力があるし、収入もある」

「実体験でもあるみたいだな?」

「なに、ジュリアーノほどではないが、わしも長く生きておる。生きておれば嫌なこともたくさんあるのだ」

「夢のない異世界だな」


 それはむしろ、わしの方が言いたい。


「ともかく、キャリィ嬢と、彼女と関係を持っている男が結託しておるのだろう。キャリィ嬢は受付嬢としての立場と手懐けた男たちから入る情報を利用して、儲けの種を探し出す。それを男に伝え、自らは動くことなく利益を確保させるのだ。今回の命令は、この連絡網によってもたらされたものだというのがわしの推測だ」


 わしの言葉に三人がうなずく。

 ミランダが言う。


「じゃあ、なんだってその場でそれを指摘しなかったんだい? それどころかあんな醜態まで晒して……」

「キャリィ嬢はロイドの中身が入れ替わっておることを知らぬ。嬢はわしのことを未だに扱いやすい男だと侮っておるはずだよ。その優位を、どうして自ら捨てようものか」


 他人から侮られるのは嫌なものだ。

 わしはどちらかというと内気な人間だから、若い頃はよく他人から侮られた。

 その度にはらわたが煮えくりかえる思いだったが、歳を取るごとにそんなのはどうでもよいことなのだと気づくことができた。

 侮って油断してくれるならば結構ではないか。秀吉も家康もそうやって天下を取ったのだ。見る目のない者に侮られようと、お天道さまにさえ胸を張っていられればそれでよい。

 事実、他人を侮る者ほど出世はできず、晩節は汚いの一言だった。もっとも、わしもさして出世したほうだとは言えぬのだが。


「エルヴァの大老からの要請文を出さなかったのも同じ理由だよ。わざわざあの娘に手柄をくれてやる必要などあるまい? エルヴァへの遺跡の移管は、エルヴァから大金をせしめる格好の機会なのだからな。どうせ、なんのかんのと理由をつけて、わしらの手柄にはならんようにするだろう」


 わしの言葉に、ミランダもようやく溜飲が下がったらしい。

 そこでアーサーが口を開く。


「しかし、仮にそうだとしても、どうするつもりなのじゃ? キャリィに男がいると暴き立てるのか? たしかに、あの娘は人気があるから、男がいるとわかれば打撃ではあろうが」

「そんな小さなことを言い立ててもしかたあるまい」


 肩をすくめるわしに、ジュリアーノが言う。


「じゃあどうするんだ?」

「わしの経験上、男をたらしこむ女は、金と権力の誘惑に逆らえん」

「ふむ。それはそうだろう」

「キャリィ嬢のような女が、権力者とパイプを作って、真っ当な『商売』だけに満足しておられるはずがない。まず間違いなく、あの女はギルドの金に手を付けておるはずだ」


 わしの言葉に、三人が顔を見合わせる。


「さらにいえば、隠れてではあろうが、得た金を使って贅沢をしておるはずだ。キャリィ嬢の金の出所とその使途を暴く。これまでロイドやおまえたちをいいように利用してきたのだ。その報いを受けてもらおうではないか」


 そう言って、わしは意地悪く笑ってみせた。

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