18.桜塚猛、ギルドの不正を暴く(1)
そうとまで豪語するからには、当然ながら当てはある。
わしは、サヴォンの町外れにある、とある業者の前までやってきた。
店舗に入り、用件を告げる。
「……何? クエストの依頼書と受注書の古紙がほしいだと?」
元冒険者らしい、禿げかけた中年の男が眉をひそめる。
そう。ここは、魔獣紙の買い取り業者の店だった。
グレートワーデンでは――いや、少なくともこのサヴォンの街では、魔獣紙と呼ばれる紙が広く用いられている。
魔獣の皮をなめして作るというそれは、地球の羊皮紙よりも薄くて丈夫だが、その分値段が張るらしい。
魔獣紙は、地球の羊皮紙同様、表面を削ることで文字を消し、再利用することができる。が、薄くて丈夫な魔獣紙の表面をなるべく薄く削ぐにはかなりの慣れと若干の設備が必要なため、個人で行うことは難しい。そこで、魔獣紙の古紙を買い取り、再利用できるよう加工する専門の業者が存在するのだ。
買い取り価格はさほど高いものではないが、駆け出しの冒険者などに取っては馬鹿にならない額である。ロイドも、冒険者になりたての頃はよくクエスト受注書の魔獣紙を買い取りに出していたらしい。また、業務上大量の魔獣紙を取り扱う冒険者ギルドや商人、役所なども、経費節約のために古紙を買い取りに出している。
もちろんこの世界にシュレッダーなどないし、そもそも書類からの情報漏洩という概念自体がない。しいていえば、買い取り業者が文字を削り取ることこそがシュレッダーにかけることだと言えなくはないが、その前に押さえてしまえば内容は無事ということになる。
「ああ。買い取り価格より多少色をつけるからさ。構わないだろ?」
ロイドの口調で店主に聞く。
「金を出すってんなら構わねえけどよ。そんなもん、どうするってんだ? 自分で文字を消して売ろうなんて思ってるなら、悪いことは言わんからやめておくことだな。この商売にそんなうまみはねぇぞ」
「わかってるって。おやっさんの仕事の邪魔になることはしねぇよ」
というようにかけあって、わしは買い取り業者からクエストの依頼書と受注書を買い取ることに成功した。
買い取り業者は何件かあるので、そのすべてを回って回収した。
結構な量があったそれを、パーティメンバーで手分けして宿の部屋へと運び込む。
作業を見越して少し広い部屋を用意してもらっている。
「で、この紙の山をどうするんだい?」
ミランダがいぶかしげに聞いてくる。
わしが言う。
「まずは、依頼書、受注書のそれぞれを日付ごとに整理する」
「結構な作業だな、おい」
アーサーが嫌そうに言った。
「だが、必要な作業なのだ。何、慣れてしまえばさほどでもないよ」
ここにあるのは、買い取り業者に残っていたものだけだ。
この世界に書類を保存しておく義務などあるはずもない。ギルドは依頼が終わるごとに依頼書を買い取りに出すし、冒険者は受注書を売り払ってしまう。食うにことかいて、依頼終了を待たずに受注書を売りに出す冒険者もいるらしい。
とにかく、ここ数ヶ月分ほどの依頼書と受注書の大半が、今わしらの目の前に積まれている。
書類仕事が嫌いな冒険者たちをなだめすかしながら、わしは依頼書と受注書を整理していく。
あらためて説明しておこう。
まず、クエストの依頼書だ。冒険者に用事を頼みたい依頼主が、冒険者ギルドにクエストという形で依頼を出す。この時、依頼主がギルドに提出する書類が、クエストの依頼書というものだ。
たとえば、こんなふうになっている。
『
クエスト名:上薬草を採集せよ
依頼内容:メヌエットハーブ若しくはイーハ草、満月草の採集(合わせて五本以上十本まで買い取り)
依頼報酬:銀貨5枚、追加報酬は1枚につき銅貨7枚
依頼者:マルコ・ベルモン、ベルモン薬草店、△区○○通り☓番
依頼日:△年○月☓日
依頼受付:エリエラ・シャントネル
』
次に、クエストの受注書。
これは、冒険者がギルドでクエストを受注した際に、その内容を証明するものとしてギルドから渡される。
これも実物を見てもらった方が早かろう。
『
クエスト名:上薬草を採集せよ
依頼内容:メヌエットハーブ若しくはイーハ草、満月草の採集(合わせて五本以上十本まで買い取り)
依頼報酬:銀貨5枚(内冒険者ギルド取り分(3割)銀貨1枚銅貨5枚)、追加報酬は1枚につき銅貨7枚(ギルド取り分なし)
依頼者:マルコ・ベルモン、ベルモン薬草店、△区○○通り☓番
受注冒険者:石壁のヌガート
依頼日:△年○月☓日
受注日:△年○月□日
依頼受付:エリエラ・シャントネル
受注受付:ボッソ・アイゲン
』
この二つの書類を、日付順に並べ替えてもらったのだ。
作業としては、一時間ほどかかっただろうか。
この程度の作業でも、事務仕事に縁のない彼らには負担だったらしく、ミランダは目頭を押さえ、アーサーはパイプをやたらに吸っている。学者くずれを自称するジュリアーノだけは平然としていたが。
「それで、これをどうするんじゃ?」
煙を吐きながら、アーサーが聞いてくる。
「そんなに難しいことはせんよ。今度は、依頼書と受注書を突き合わせる。日付ごとに見ていけばすぐに見つかるはずだ。同じ依頼を見つけたらセットにしてこっちに置いてほしい」
わしの言葉にミランダとアーサーはげんなりとした顔をする。
「依頼書と受注書のどっちかが欠けているものもあると思うが、それはどうするんだ?」
ジュリアーノが学者らしく聞いてくる。
たしかに、冒険者によっては受注書を売らないで捨てる者もいるし、ギルドの書類だって不備なくすべてが揃っているとは限らない。
「ないものはしかたがない。一応、別の山に分けておいてくれ」
再び手分けしての作業に入る。
これは多少手間取り、二時間くらいかかったと思う。
外が暗くなったので、食堂に行って食事を取り、再び部屋に戻る。
「まだやることがあるのかい?」
ミランダが言う。
「これで最後だ。依頼書と受注書が揃っている組を精査する。見るべき項目は依頼報酬だ」
「依頼報酬? どう見ればいいのじゃ?」
「単純だよ。金額が合致しているかどうかだけチェックしてくれればいい。合致していないものを取り出して、このテーブルの上に並べてくれ」
再びの作業。
わしが言うのも何だが、冒険者の仕事とは思えない地味な書類仕事だ。
が、この最後の作業はかなり面白いことになるはずだ。
「あったぞ!」
最初に発見したのはジュリアーノだった。
「サクラヅカ
「気づいたか」
ジュリアーノから二通の書類を受け取り確認する。
『
クエスト名:ゴブオークを討伐せよ
依頼内容:西の森に住み着いたゴブリンオークの討伐(討伐数に応じて報酬を支払う)
依頼報酬:1体当たり銀貨5枚
依頼者:サヴォン領主クラーク・リヒト及び冒険者ギルド
依頼日:△年○月☓日
依頼受付:キャリィ・ポメロット
』
『
クエスト名:ゴブオークを討伐せよ
依頼内容:西の森に住み着いたゴブリンオークの討伐(討伐数に応じて報酬を支払う)
依頼報酬:1体当たり銀貨3枚(内冒険者ギルド取り分(3割)銅貨9枚)
依頼者:サヴォン領主クラーク・リヒト及び冒険者ギルド
受注冒険者:ヴァン・アイネグ
依頼日:△年○月☓日
受注日:△年○月□日
依頼受付:キャリィ・ポメロット
受注受付:キャリィ・ポメロット
』
……お分かりいただけただろうか?
「ふむ。わしの睨んだ通りだったな」
わしは望み通りの結果ににやりと笑う。
アーサーとミランダにも二通の書類を見せてやる。
ジュリアーノが言う。
「領主の出した依頼書では、ゴブオーク討伐の報酬は1体当たり銀貨5枚となっている。西の森は住民が薪を取りに行くために頻繁に出入りするから、領主とギルドは危険と判断して多めの報酬を用意したのだろう。しかし、その報酬が受注書では1体当たり銀貨3枚となっている。これは、ゴブオークの討伐報酬としては、まぁ平均的な額だろう」
ミランダが眉をひそめて言う。
「それがどうしたって言うんだい? クエストの報酬についてはギルドに裁量権があるんだろう?」
「たしかにギルドには裁量権がある。モンスターの討伐だったら、湧き具合を見て報酬を調節し、モンスターの数を調整する必要があるからな。ただし、その場合でも、依頼書と受注書には報酬額が明示されるんだ。このケースで言えば、ギルドがモンスターの危険は薄いと判断して報酬を減らしたいと思ったら、共同依頼者である領主と相談の上で、依頼書にその金額を明示する。その同じ金額を受注書にも明示し、同時にその中に含まれるギルドの取り分も明示する」
「なんでそんなややこしいことをしてるんだい?」
「そりゃ、そうしないといくらで依頼が入って、そのうちのいくらをギルドが持っていくかがわからないじゃないか」
「クエスト報酬のギルド取り分は、一律で3割というのが暗黙の規則らしいの。……なるほど、タケルの言いたいことがようやくわかったぞい」
アーサーがにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
ジュリアーノが説明を続ける。
「依頼書では銀貨5枚。受注書では銀貨3枚。じゃあ、差額の銀貨2枚はどこに消えてしまったのか?」
「……そういうことかい!」
ようやくミランダにもわかったらしい。
が、一瞬後に再び眉根を寄せる。
「でも、こんなことをバレずに行えるものなのかい? いくらサヴォンが辺境だからって、他のギルド職員の目についたらすぐにバレてしまうだろう?」
「そこで、サクラヅカ翁の話になるのさ」
ジュリアーノがそう言って、わしに視線を向けてくる。
わしが言う。
「ミランダよ、この二通をもう少しよく見てみるのだ」
「金額以外ってことかい? ええっと……って、おい、こりゃあ……!」
「わかったか?」
「ああ、あたしもいい加減鈍いねぇ。ここだここ、受注書の依頼受付と受注受付の欄だろう! どっちともあの女――キャリィ・ポメロットの名前になっている!」
その通り。
このクエストの依頼を受けたのもキャリィ嬢ならば、冒険者からの受注を受け付けたのもキャリィ嬢なのだ。
「キャリィ嬢には手懐けた男性冒険者がたくさんいる。そやつらは先を争ってキャリィ嬢からクエストを受注しようとする。キャリィ嬢は自分が依頼を受けたクエストを、子飼いの冒険者に受注させていたのだ。これならば、他の職員の目につきにくい」
「なるほどねぇ……」
ミランダが納得する。
ジュリアーノが補足を入れる。
「もっとも、いくら受付嬢の職掌だからとはいえ、まともな組織なら上長の目があるはず。それでもバレないというのなら、可能性は二つだ」
「おっ、いつものが出たな」
アーサーがジュリアーノを茶化す。
ジュリアーノが苦笑する。
「が、今回はサクラヅカ翁に譲ろう」
「あいわかった。もっとも、もうミランダにもわかっていよう。よほど上長がボンクラなのか、上長がキャリィのやってることを知ったうえで見過ごしているのか、そのどちらかとなる」
「サクラヅカ翁の仮説が正しければ後者だろう」
「では、この場合の上長とは誰か?」
わしの問いかけに、アーサーが答える。
「受付嬢はあれで独立性の高い仕事らしいの。受付嬢に指図できる者となれば、ギルドマスターか副ギルドマスターであろう」
「ギルドマスターはどっちかというと対外的な仕事が中心で、内向きのことは副ギルドマスターの職分だと聞いたことがあるよ。ことに、今のギルドマスターは事なかれ主義の平凡な男で、実権は副が握ってるとか」
ミランダが言った。
その言葉にジュリアーノが手を打った。
「そういえば、今回ギルド直属の冒険者を率いて遺跡まで出張っているのも副ギルドマスターだと言っていたな」
「その線が濃厚じゃな」
アーサーがうなずく。
皆が理解したことを確認してから、わしは口を開いた。
「とはいえ、一件だけなら写し間違いと言い張ることもできよう。が、わしの睨んだところではとても一件では収まるまいよ」
わしが言うと、ミランダたちは書類の山に鋭い視線を向けた。
「証拠は多ければ多いほどよい。他に同じような事例がないか? 他のギルド職員は同じような不正を行っていないか? また、特定の冒険者が目立って依頼料を中抜されていないか? 簡単に理解できるよう、リストにまとめるのがよかろう。このリストはそのまま、キャリィ嬢の罪状のリストともなるのだ」
わしの言葉に、冒険者たちの眼が光る。
そこから先は、さながらモンスターを狩る時のような勢いで、書類の突き合わせが進んでいった。
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