16.ロイド・クレメンス、横浜ランドマークタワーを攻略する(2)

 ワイトキング討伐後、俺は生き残った自衛隊員の制止を振り切って、ランドマークタワーの内部へと侵入していた。


「いいもんが手に入ったな」


 俺の左手には、ワイトキングが使っていたマジックアイテムのワンドがある。樫のような材質で、朽ちかけたような見た目の杖だが、軽くて丈夫で魔力の走りもかなりいい。俺がグレートワーデンで見たことのある他の杖と比べても一級品以上のものだといえる。


 桜塚猛がキャスタータイプの膨大な魔力の持ち主であることがわかってから、俺は杖を探していた。

 もちろん、歩行の補助に使うためではなく、魔法の発動を円滑にし、威力を増幅するために、である。

 しかし、この世界にはそのような杖は存在しないようだった。

 もちろん、どこかにはあるのかもしれないが、少なくとも桜塚猛の行動範囲内では見つけることができなかった。


 初っ端からワイトキングなんていう大物に当たったのは予想外だったが、この杖が手に入ったことを思えば悪くない取引だ。

 犠牲になった自衛隊員に冷たいようだが、俺はこの世界の人間ではない。また、冒険者として、戦いに赴く以上、生きるも死ぬも己の責任だという意識を持っている。

 もっとも、これが桜塚猛なら、国民を守るために戦い散っていった彼らに哀悼の念を覚えただろう。


「しっかし、本当にダンジョンだな」

「今更何を言ってるの?」


 俺の隣を歩くオスティルが、俺のつぶやきに呆れた声を出す。


「いや、事前にインターネットで調べたのがまるで役に立たなかったなと思ってな」


 俺はここに来る前にインターネットで横浜ランドマークタワーの構造を調べてきている。

 桜塚は、年齢的にインターネットにはまったく興味がなかったらしい。息子に持たされた携帯も、スマートフォンではなく旧式のPHSのままだった。

 桜塚の家にはパソコンもなかったので、桜塚の曖昧な知識を元にネットカフェを探し、そこで苦心惨憺しながらインターネット検索をしたのだ。

 やってみて、こんな便利なものを使わないとは、人間歳を取るとダメだなと改めて思った。

 ……なお、ネットカフェのカップル席に座ってネットを見る七十の老人と銀髪の美少女の姿に、店員や他の利用者からは奇異の視線を向けられた。


「ダンジョン内は空間が圧縮されているわ。見かけより内部はずっと広い」

「そりゃ知ってるけどよ。この世界に元からあった建造物なんだぜ? ダンジョン化してから日も浅い。運がよければ内部は元のままかと思ったんだが……」

「希望的観測ね」

「入念に事前準備をしたと言ってくれ」


 とはいえ、元のランドマークタワーが影も形もないというわけではない。

 全体的な雰囲気は元のランドマークタワーの面影を残しているし、エレベーターやエスカレーターなどの設備は元のものがそのまま流用されているように見える。

 エレベーターやエスカレーターは、現在いずれも電気が来ていないようだ。そもそもビル内の照明や空調等電気を使う設備は一切動いていない。そりゃ、モンスターが跋扈してるような場所だ。警察なり消防なりが電力会社に電気の供給を止めさせたのだろう。


 そのため、内部は真っ暗に近かった。

 元の身体だったら多少は夜目が利いたと思うが、桜塚の目では何も見えない。

 しかたがないので、モンスターに見つかるのは覚悟の上で、明かりの魔法を使っている。


「階層数だけは、元の建物のままなんだったな?」

「ええ、そうよ」

「横には広がっても縦には広がらないのは不幸中の幸いだな。といっても、このビルは元々六十九階まであるらしいが」


 グレートワーデンの建物なら、古代の遺跡でも四、五層がいいところだ。十層を超えるものすら稀だった。

 それが六十九層。げんなりしてくる。


「といっても、階段の位置は変わらないから、かなりの階層を飛ばせるはずよ」

「まずは階段を見つけることからだな」


 俺はつぶやき、前方に目を向ける。

 モンスターの群れがこちらに気づいたようだ。

 俺は、右手に抜き放った仕込み杖を、左手にワンドを構えてモンスターたちを待ち受ける。


 長い長いダンジョン探索が始まった。



「はぁ、はぁ……ようやくかよ」


 俺はやっとのことでランドマークタワーの最上層――六十九階展望フロアへと辿り着いた。

 魔法による身体強化を研究しておいたおかげで、桜塚の身体でも一般冒険者並みには動けるようになっている。

 オスティルのテレポートにも助けられた。外からダンジョン内へのテレポートと内部から外へのテレポートこそできないものの、ダンジョン内でのテレポートならば可能らしい。といっても、テレポート先の状況がわからないことには使えない。しかし、崩落した部分をテレポートで超えたりすることはできるし、モンスターをやりすごしたり、奇襲をかけたりするのにも使える。

 そんなに使ってオストーを封印する力は大丈夫かと思ったが、「この程度なら誤差のようなもの」らしい。


「お疲れさま、ロイド・クレメンス」


 オスティルがそう言って、持たせておいた水筒を渡してくれる。

 俺はありがたく受け取って水を飲む。


「ふぅ……で、この階はあいつらだけか?」


 俺の視線の先には、展望フロアに巣食うゴブリンどもが見えている。

 最上層にゴブリン。

 これだけでは拍子抜けである。


「外にワイヴァーンがいるわ。戦いが始まったら、気配を嗅ぎつけて襲ってくるでしょうね」


 もう一度展望フロアを見渡す。

 この展望フロアも、例に漏れずダンジョン化によって広くなっている。インターネットで確認した元のフロアより、高さ・広さとも倍以上になっているだろう。

 しかし、展望フロアとしての面影は残っている。外周がガラス張りで、外の光景を見ることができるのだ。遠く横浜や東京方面には明かりがあるが、ランドマークタワー周辺の建物は闇の中に沈んでいる。もっとも、ランドマークタワーの足元だけは、自衛隊の設置した強力な投光器に照らされていた。

 投光器は建物の出入口に向けられているが、強力な光は上空方向にも乱反射して、光の靄を作り出している。その靄の中に、黒い影がある。大きさからして、たしかにワイヴァーンのようだった。


「今更ワイヴァーンくらい、どうってことはないな」


 我ながら感覚が麻痺していると思うが、実際にそうだ。

 入口のワイトキングがAランクだったのに対し、ワイヴァーンはBランク。また、ランクでは劣るもののここに来るまでに多くのモンスターの群れとも戦ってきた。Cランク以下のモンスターでは、戦うというより蹴散らすという方が近い有様だ。


「こいつの魔力は底なしかよ」


 桜塚猛の身体に宿る魔力は、いまだ枯渇する気配を見せていない。

 まだ半分以上は残っているだろう。ひょっとしたら全体の四分の一程度しか減っていないかもしれない。

 もちろん、本来なら、自分の魔力はもっと正確に把握しておくのが、冒険者としての心得だ。が、元の身体とあまりにも感覚が違うせいで、いまだに把握しきれていなかった。元の身体だって、魔法戦士を名乗るくらいには魔力はあったはずなのだが。


「じゃあ、行ってくるぜ」


 オスティルにそう言って、俺はゴブリンの群れに向かって歩き始めた。




 戦いは、数分ほどで片付いた。


「ワイヴァーンは結局四体か。あっけないもんだな」


 ゴブリンを倒した後に割り込んできたワイヴァーンとの戦いは、思った以上にあっけなく片付いた。グレートワーデンではパーティを組んでようやく一体倒せるような難敵だったのが嘘のようだ。

 それより気になっていたのは、


「……誰かに見られてなかったか?」


 戦っている最中に、どこかから視線のようなものを感じたのだ。


「あら、鋭いわね、ロイド・クレメンス」


 オスティルが言う。


「おまえも気づいてたのか?」

「もちろん。でも、さっきの視線は今は気にする必要のないものよ。先を急ぎましょう」

「……まぁ、おまえがそう言うならいいけどよ」


 ダンジョン内で問答をしていてもしょうがない。今はいいというのなら、落ち着いてから聞けばいい。仲間の判断を信頼するのは、ダンジョン攻略の原則だ。もちろん、そもそも信頼できる判断を下せる者だけを仲間にするべきだ、という前提があってのことだが。その点、相手が神様なら気は楽だ。


 俺は六十九階を探索する。

 しかし、ダンジョンコアは見つからなかった。

 とすれば、もう屋上しかないだろう。


 インターネットで見つけた記事には、屋上にはバックヤードにある専用のエレベーターを使って出るとあった。

 が、現在ランドマークタワーに電気は来ていない。

 俺はエレベーターの扉を身体強化を使ってむりやり押し開く。

 エレベーターの箱はそこにはなく、上下に続く真っ暗な空間が広がっている。

 魔法の明かりを上方向に飛ばすと、七十階の扉が見えた。扉の前にはなんとかつかまれそうな出っ張りがある。


「オスティル、テレポを頼む」

「わかったわ。あそこでいいのね?」

「ああ」


 視界がいきなり切り替わった。

 俺の目の前につかまるべき出っ張りがある。


「ぬおおおっ!」


 ワイヴァーンと戦った時よりよほど必死に出っ張りにつかまって身体を安定させる。

 その状態で七十階のエレベーターの扉にかじりつく。

 不安定な体勢のせいで苦労したが、なんとか通れるくらいの隙間ができた。

 俺は扉の隙間から七十階に飛び込む。

 モンスターがいないことを確認してから、


「いいぞ」


 声をかけると、オスティルが扉の隙間にテレポートしてきた。

 後ろにバランスを崩しそうだったのでとっさに支える。


「あら、ありがとう」


 落ちかけていたというのに、なんでもないことのようにオスティルが言う。

 まぁ、こいつなら落ちたところでどうとでもなるのだろうが。


 業務用らしく飾り気のないエレベーターホールを見渡す。

 外へ通じていそうなドアを見つけて開く。

 吹き込んでくる夜風を受けながら外に出る。


 ランドマークタワーの屋上は、桜塚の記憶にある普通のビルの屋上とたいして変わりがないように見えた。

 周辺を捜索するが、ダンジョンコアは見つからない。


「上のようね」


 オスティルが示したのは、ドアの左手にある壁の上だ。

 そこに、上へと通じる外階段がある。

 俺とオスティルは階段を上っていく。

 背後を振り返ると、横浜の夜景がはるか眼下に一望できた。とはいえ、ここは地上296メートル。夜景を綺麗と思うにはあまりにも高すぎる。


 階段の上はヘリポートになっていた。

 事前にインターネットで調べておいた通りだが、事前情報と異なる点があった。


 がらくたを寄せ集めて造られた造形物が、ヘリポートを埋め尽くしていたのだ。

 形状だけなら、それは鳥の巣によく似ている。

 もっとも、人の背丈を優に超えるような「巣」をこしらえる鳥などいるわけがない。


「ワイヴァーンの巣、だな」


 合計で四つ。六十九階で倒したワイヴァーンの数と一致する。


 俺はワイヴァーンの巣をひとつひとつ覗き込んでいく。

 べつに興味からではない。

 四つ目の巣に、巨大な砂色の卵があるのを発見した。

 ただちにエクスプロージョンを撃ち込んで処分する。

 残酷なようだが、モンスターの巣を見つけたら卵や幼体を処分するのは発見者の義務なのだ。


 そして、


「あった」


 ワイヴァーンの巣に隠れるようにして、赤黒い結晶が生えていた。

 結晶は一抱えくらいの大きさだ。無機質な結晶でありながら、どくどくと脈を打っている。結晶からは赤い繊維質の根が無数に生えていて、根はランドマークタワーの屋上の床にしっかりと食い込んでいた。

 こいつが、このダンジョンのダンジョンコアだ。


「すいぶんデカいな」


 思わずつぶやく。


「当然でしょう? これだけ巨大な建造物をダンジョン化しているコアなのだから」


 オスティルが答える。


「コンジャンクションがあったとはいえ、こんなものが短期間に自然発生するものなのか?」


 俺の問いにオスティルが首を振る。


「ありえないわ。間違いなく、オストーの仕業ね」

「だが、出遅れたな。オストーはもうここにはいない」


 少なくとも、これまでに出くわしてはいない。

 低層階の隅っこにでも隠れていれば見逃した可能性もあるが、オスティルはオストーがいるとしたらコアの近くだと断言していた。


「コアを破壊するぞ?」


 オスティルがうなずくのを待って、俺は仕込み杖を抜く。


「光と炎の精霊よ、我がつるぎに宿り、その大いなる霊威で我が敵を滅ぼし給え――白熱斬り」


 ダンジョンコアを、白熱した日本刀が両断する。


 ――ギィィィィッッ!


 断末魔を残して、ダンジョンコアが砕け散った。




 こうして、横浜ランドマークタワーを巡る戦いは終わった。


 その晩、俺は夢を見た。

 グレートワーデンに飛ばされた桜塚猛が、俺のパーティメンバーの力を借りて、コンタクトを取ってきたのだ。


 桜塚とは、罵声と情報を交換した。


 ったく、普段からあれくらいの勢いで接していれば、あのクソ孫がつけあがることもなかったろうに。


 オスティルは桜塚に聖櫃の保全を頼んでいた。

 双子神オストーとオスティルが封印されてたってやつのことだな。

 たしかに、万一それが失われでもしたら、俺がグレートワーデンに戻ることができなくなってしまう。

 桜塚にはしっかりやってもらいたいものだ。

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