15.ロイド・クレメンス、横浜ランドマークタワーを攻略する(1)
現場までは、オスティルがテレポートで送ってくれるという。
「手助けはできないんじゃなかったのか?」
「この程度なら手を貸したうちにも入らないわ」
オスティルの言葉に釈然としないものを感じつつ、俺は横浜ランドマークタワーのふもとへと到着した。
見上げてみる。ランドマークタワーの296メートルの威容が目に飛び込んできた。
目を凝らすと、タワーの頂上付近に、複数のワイヴァーンが飛び交っているのが見える。
ニュースで確認されたモンスターの中で、ワイヴァーンは今のところ最もランクの高いモンスターのひとつだった。サヴォンではBランクに認定されている。
ちなみに、今日の俺の服装は、派手なアロハの上に白いジャケット、下はジーンズに安全靴というスタイルだ。桜塚猛の服は地味すぎて好みじゃなかったので、この数日の間に買っておいたのだ。
「……自衛隊がいるな」
ランドマークタワーの周囲には、自衛隊の装甲車が何台も止まっており、たくさんの歩兵が哨戒を行っている。
ランドマークタワーの各入口の前には陣地があった。溢れ出したモンスターは、機銃掃射によって蜂の巣にされるにちがいない。実際、陣地の前は機銃の弾痕によって舗装が粉々に砕かれている。既に何度かモンスターが溢れてきたのだろう。
「どうやって入る? 協力でも申し出るか?」
「冗談。あなたのことをどう説明するつもり?」
「ダンジョン内部へのテレポートはできないんだったな」
「ダンジョン内部は空間が圧縮されているわ。通常空間からテレポートすると、着いた途端に身体が潰れるわよ?」
俺たちが声を潜めて話し合っていると、展開している自衛隊部隊が騒がしくなった。
歩兵たちが急に連絡を取り合い、見るからにうろたえた様子で戦闘準備を始めている。
「……聞こえるか?」
オスティルに聞いてみる。
「どうやら、突入した部隊からの連絡が途絶したようね。ダンジョン奥から徐々に何かが近づいてくる……と話し合っているわ」
オスティルは神だけに視力や聴力が俺より格段にいい。
「あいつらは、どうしてそんなことがわかるんだ?」
「ダンジョン内を逐次制圧して、順繰りに部隊を配置していたのよ。その部隊が奥から順にやられているようね」
「何だって! あいつら、ダンジョン内に兵站線を作ってたのか!」
ダンジョン内に兵站線を作ることは、グレートワーデンでは禁忌とされている。
その理由はこうだ。
兵站線の先端部隊がダンジョン奥にいる強力なモンスターと遭遇し、壊滅したとする。その場合、もし近くに別の部隊がいれば、モンスターはその部隊へと襲いかかる。その部隊が壊滅すれば、さらにその後背の部隊へ。そのようにして奥にいる強力なモンスターが、兵站線に沿ってダンジョンの入口まで引っ張りだされてしまうのだ。
ダンジョンの奥まで到達できる部隊は最精鋭だといえるから、その部隊を壊滅させたモンスターを倒すには大変な犠牲を覚悟しなくてはならない。
だから、ダンジョン内では普通、兵站線を作らない。冒険者パーティは単独でダンジョンに突入し、最奥にあるダンジョンコアを破壊する。あるいは、その手前で引き返し、モンスターを間引きするだけで満足する。
それが、グレートワーデンにおけるダンジョン攻略の常道だ。
「そうか、この世界にはダンジョンがなかったから……」
軍隊の進軍行動として考えれば、彼らの行動は合理的なのかもしれない。
やがて、入口からモンスターが溢れ出してきた。
出てきたのは、
「なんだ、ギガアントか」
拍子抜けする。
自衛隊部隊を破っているから何かと思えばギガアントだ。
ただし、数だけは多い。二十体以上はいるだろう。
陣地からの攻撃が始まる。
機銃掃射。
大口径の機関銃による弾幕が、ギガアントを蜂の巣に変えていく。
ギガアントの甲殻は硬いが、機関銃の前には無力のようだ。
ギガアントの群れはあっという間に壊滅した。
自衛隊員の間から歓声が上がる。
が、
「……まだよ」
オスティルが言う。
入口から、白い霧が現れた。
いや、ただの霧ではない。桜塚の記憶にある心霊写真のように、ぼんやりとだが人型の輪郭がある。顔の部分には眼と口の部分に虚ろな穴があり、その表情は怨みと苦悶で歪んでいた。
亡霊の全身は、人間の倍くらいの大きさだろうか。ローブを纏い、枯れ枝のような右手でワンドを握りしめている。
「まさか……!」
「ええ、ワイトキングね」
「やべぇぞ!」
現れた亡霊に、自衛隊の陣地から攻撃が飛ぶ。
歩兵のライフルと機銃掃射がワイトキングの身体を突き抜けていく。
白い霧のような身体に無数の黒い弾痕ができる。
グレートワーデンには存在しない強力な弾幕によって、ワイトキングの身体が吹き散らされたのだ。
隊員たちが再び歓声を上げた。
が、
「ちっ!」
俺は陣地に向かって駆け出した。
持ってきていた仮面を顔にかぶる。鼻から上を覆う、プラスチック製の安物の仮面だ。戦いを目撃された時に備えて、たまたま近所でやっていた縁日の夜店で買ってきた。
歩兵のひとりが俺に気づく。
「何者だ! 止まれ!」
ライフルを構えての制止に、俺は足を止めざるをえない。
「俺を通せ! こんなことしてる場合じゃ――」
俺の言葉の途中で、陣地から悲鳴が上がった。
拡散したと見えたワイトキングが、白い霧と化して陣地へと襲いかかっていた。
白い霧に頭を覆われた隊員たちは、絶叫し、気絶し、発狂する。
モンスターを蹴散らしてきた機銃が味方陣地へと向けられる。
陣地は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
「あっ……ああっ!」
俺を制止した歩兵が、背後を振り返ったまま愕然としている。
ワイトキングには物理攻撃が効かない。
それゆえ多くの冒険者パーティには対抗手段がなく、見かけたらすぐに逃げるしかない。
サヴォンではAランクモンスターとされているが、Aランクの冒険者でも攻撃手段がなければ逃げるしかないという厄介極まりないモンスターだ。
「くそっ!」
俺は歩兵の腕を掴むと、そのライフルをむりやりワイトキングに向けさせた。
発砲。
もちろん効果はないが、ワイトキングの注意を引くことには成功した。
「あんたは下がってろ!」
俺は歩兵をそう怒鳴りつける。
それでも呆然として動かないので、俺は歩兵を後ろに突き飛ばす。
ワイトキングが元の身体を取り戻しながら近づいてくる。
あれに近づかれてはマズい。
あの白い霧のような身体には、人を錯乱させる効果がある。
「ぶっつけ本番だがやるしかねぇな! ライトニングスピア!」
光の槍がワイトキングを貫く。
――オオオオオッ!
ワイトキングが、初めて苦悶の声を上げた。
「よし、効いてる!」
ライトニングスピアは実体のない光の槍だ。
霊体にもダメージを与えることのできる数少ない魔法としても知られている。
もともと俺はこの魔法が苦手だった。十回に一回くらいなら発動できたが、そんなレベルでは実戦ではとても使えない。
が、今の俺には桜塚猛の身体がある。この数日の間に知る限りの魔法を練習しなおし、かなりの数の魔法を以前よりずっと高い精度と威力で使うことに成功していた。
ワイトキングは倒れない。
さすがにAランクモンスターだけあって、一撃で倒すことはできなかった。
が、それなら数を撃ち込めばいいだけだ。
「ライトニングスピア!」
――グオオオオオッ!
二発目のライトニングスピアがワイトキングに命中する。
「まだかよ、ライトニングスピア!」
――アアアアアアッ!
三発目は顔面に直撃した。
しかしワイトキングはまだ生きている。
ワイトキングが手にしたワンドを身体の前に構えた。
「ライトニングスピア! ――ちっ!」
四発目の攻撃は、ワイトキングの振り回したワンドに当たって吹き散らされた。
怒りの形相で、ワイトキングがワンドの先に魔力を集め始める。
グレートワーデンでも見たことのない行動だ。
「ライトニングスピア!」
――闇ノ
「何っ!?」
ワイトキングのワンドから暗い紫電が迸る。
紫電は俺の放った光の槍とぶつかり、対消滅する。
が、ワイトキングのワンドには、まだ闇の魔力がわだかまっていた。
――弾ケヨ!
ワイトキングがワンドを振るう。
ワンドの軌跡から、闇色の雷が扇状に放射された。
「おわああっ!」
俺はあわてて地面に転がり、かろうじて雷を回避する。
地面で前転しながら、
「ライトニングスピア!」
光の槍を放つ。
ワイトキングはこれをワンドで払って吹き散らす。
「くそっ! 厄介な……!」
ワイトキングと正面切って戦うのは実はこれが初めてだった。
グレートワーデンでは戦いようがないので逃げてきたのだ。
「ワイトキングってこんなに強かったのかよ!」
目の前でやられる自衛隊を見てカッとなって飛び出した。
が、ここまで強いとも思っていなかったのだ。
「――いいえ。あの個体は特別ね」
「おわっ!」
いきなり耳元で聞こえた声に仰天する。
いつの間に近づいてきたのか、そこにはオスティルの姿があった。
「あのワンドを見なさい。かなり強力なマジックアイテムだわ。ダンジョン内に出現した宝箱から入手したのでしょうね」
「……そういうことか」
ダンジョン内には宝箱が湧く。
なぜそんなものが湧くかについては冒険者の間でも意見が割れているが、ダンジョンに冒険者を誘い込むためだという説が有力だ。
モンスターの多くは宝箱を開けるような知性を持たない。が、偶然から宝箱を開いてアイテムを手にすることはある。一部モンスターの中には知性の高い個体が生まれる場合もあるらしく、そのような特殊個体がダンジョン内のアイテムを使う事例はギルドにも報告されていた。
「よりにもよって、ワイトキングがワンドかよ」
最悪のモンスターが最悪のアイテムを手に入れてしまった格好だ。
が、
――闇ノ
ワンドに闇の魔力が生まれる。
「こうもワンパターンじゃな」
にやりと笑う。
――弾ケヨ!
「ライトニングスピア――クアドラプル!」
振られるワンド。
放射される雷。
その反対側――つまり俺の側からは、
四つ折り重なって形成されたライトニングスピアは、一本分で闇の雷を相殺する。
残りの三つ分が、ワンドを振り切ったままのワイトキングに襲いかかる。
――グギャアアアアツ!
ワイトキングが絶叫する。
俺はその隙にワイトキングに接近する。
ワンドを振り回すワイトキング。
そのワンドを、俺は右手の仕込み杖で外側に弾く。
「とどめだ――ライトニングスピア!」
俺の放った光の槍が、ワイトキングの頭を吹き散らした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます