14.ロイド・クレメンス、戦いの準備をする
時は少し遡る。
俺の――いや、桜塚猛の家の居間で、オスティルから話を聞き終えて。
俺は近所のコンビニで弁当を二つ買ってきて、オスティルと夕飯を取ることにした。
俺はふわとろ卵のオムライス、オスティルはあさりのボンゴレスパゲッティを食べる。
家の冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスに注いで二人で飲んだ。
他人の家の勝手を知っているというのは妙な気分だ。
食い終わってから、俺はふと気がついた。
「肝心なことを聞いてなかった」
「あら、何かしら?」
オスティルがティッシュで口元をぬぐいながら聞いてくる。
「何がじゃねーよ! スカイツリーで出てきたモンスターのことだ! ありゃ一体何だったんだ!?」
「モンスターはモンスターでしょう。あなたにとっては見慣れた存在ではないの?」
「そういう意味じゃない! 桜塚の記憶ではこの世界にはモンスターなんていなかったらしい。だからこそ、あの場に居合わせた連中は滅多矢鱈に混乱してたんだ」
これが辺境の街サヴォンだったら、街中にモンスターが出たとしても、必要以上に騒いだりはしない。その場に居合わせた冒険者なり、元冒険者なり、あるいはただの一般市民なりがその辺にあるものを武器にして袋叩きにするだろう。
しかし、この世界にモンスターはいない。だからこそ、居合わせた連中はパニックに陥って逃げ惑っていた。その後の警察の対応を見ても、桜塚の知識通り、この世界の連中はモンスターを見たことがないと考えていいだろう。
「わかっているわ。けど、その件も、コンジャンクションの影響でしょうね。モンスターは、そもそも、世界・グレートワーデンを構成する要素のひとつよ。それがこの世界に接合し、定着してしまったのね」
「おいおい、ってことは、他の場所にもモンスターが……」
俺はあわてて、ちゃぶ台の上にあったリモコンを取り、テレビをつけた。
ボタンが多くてまごついたが、桜塚の記憶でテレビの点け方や、そもそもテレビとは何かについてもよくわかる。
テレビは緊急特番をやっていた。
画面に映るのは、世界各国の映像だ。
群衆が混乱して逃げ惑い、警察や軍が出動する。
その後の情報公開の度合いは国によってまちまちだが、一部の国は既にモンスターが出現したことを公表していた。
巻き込まれた民間人がスマホで撮影したモンスターの画像や動画がネット上には大量に上がっていて、ニュースでもその一部を紹介している。
俺も戦ったギガアントに加え、ゴブリン、コボルト、リザードマン、オーク、オーガ、スキュラ、マンイーター、キラードレイク。ゾンビやグールなどアンデッドもいる。
「おいおいおい……!」
一部の国が事態の公表に踏み切ったことで、他の国からもそれに追従する動きが出てきていた。
最初にモンスターの映像を公開したのはフランスとカナダだった。
その発表に続く形でイギリス、ドイツなど西欧諸国が続き、ちょうど今、アメリカも発表を始めたところだった。
肝心の日本は、まだ情報を公開していない。桜塚の記憶から考えれば、アメリカの発表を見てから公表を決めることになりそうだ。
「あ、でも、スカイツリーの一件はオスティルが記憶を奪ったんだったな?」
「奪ったのは警官からだけよ。一般の目撃者はたくさんいたわ。それに、この様子を見る限り、国内の他の場所にもモンスターが出現したと考えるのが妥当ではないかしら」
「だとしたら、日本政府が公表を決めかねてただけってことか」
モンスターの襲来という住人の安全に直結する情報を秘匿するなんて、辺境では考えられないことだ。もしそんなことが明らかになったら、領主は怒り狂った住人によってリンチにされかねない。辺境の住人は冒険者か冒険者上がりであることが多いから、その気になれば武力で領主を締め上げるくらいは平気でやる。
「しかし、どうすりゃいいんだ?」
俺はつぶやく。
この世界にモンスターが現れた。
なるほど
だが、俺には関係がないといえば関係ない。
オスティルから事情を聞いて知ってはいるが、コンジャンクションに付随して起きた現象なのだとしたら、俺一人の手で解決できるような問題じゃない。というか、できたとしても、そもそもそこまでしてやる義理がない。俺はこの世界の人間ではないのだ。
「モンスターが現れたとなれば、オストーは必ずこれを利用しようとするでしょうね」
オスティルが言う。
「といっても、モンスターだぜ? オストーが神だからって、好き勝手に動くモンスターを統率することなんてできないだろ?」
「それはその通りね。でも、モンスターを凶暴化させることくらいは可能よ。一定の範囲にモンスターを集めたりすることも」
「そいつは無視できない脅威になりそうだな」
とはいえ、この世界にはハイテク兵器で身を固めた強力な軍隊が存在する。
実際、ニュースに流れているように、各国はそれなりの被害を民間人に出しながらも、警察や軍によってモンスターを掃討することに成功しているようだ。
だとしたら、俺の出る幕はない。
「ロイド・クレメンス。忘れてはいないかしら? あなたが元の世界に戻るためには、オストーを封印しなければならないということを」
……忘れてた。
そうだ。俺はこいつをオストーのところまで連れて行き、オストーを封印させなければならないのだ。その封印の余勢を借りる形で、俺をグレートワーデンに戻すことができると、オスティルは言っている。
「……本当に信じていいんだろうな? おまえの目的を達成するために俺を利用しようとしてるんじゃないのか?」
「心外ね。これでもわたしは善き神なのよ? 嘘なんてつかないわ」
オスティルの表情に嘘はないように思えた。
「ってことは、あれか。もしモンスターが糾合するような動きを見せたら、そこに乗り込んでいってオストーを探す……と」
「そういうことよ」
とはいえ、モンスターが集まっているような場所に俺一人で乗り込んでいってどうにかなるのだろうか。たしかに桜塚猛の身体は魔力が尋常ではないくらいに高いが、七十歳の高齢者でもある。
それでも、仲間の待つグレートワーデンに戻りたければやるしかない。
「まずはこの身体に慣れることから始めるしかない、か」
それから数日の間、ニュースはモンスターの話題で持ちきりだった。
やつらは一体何物なのか?
やつらは一体どこから来たのか?
やつらは一体どういう場所に出現するのか?
やつらはなぜ人間を襲うのか?
専門家たちは雁首揃えて議論を重ねたが、何ひとつとして明らかにならなかった。
国によっては、とんでもない混乱に陥っているところもある。アフリカや中近東の国々などだ。
比較的平静なのは、国民が銃で武装しているアメリカと、危機に当たっては奇妙なほどの団結力を見せる日本だろうか。西欧諸国は退役兵士に武器を持たせて警察署に配備するという対策を取って、一定の成果を上げているらしい。
実際、最初こそパニックが起きたものの、現れたモンスターはさほど強くはなかった。
グレートワーデンの基準で言えば、最大でもCランクまでと言ったところだろう。銃火器で武装した軍隊ならば問題なく対処できるレベルだった。
しかし今日、新たなニュースが入ってきた。
一部の巨大な建造物から、突如としてモンスターが湧き出したというのだ。
モンスターはこれまで確認されたものより1ランク程度強く、国によっては大きな被害を出している。
が、最大の特徴は、このモンスターたちは最初の第一波以降、建造物にこもって出てくるそぶりをみせないことだ。
しかも、建造物の中ではモンスターが増え続けているらしい。
俺の目から見れば、これはどう考えても――
「ダンジョン化か」
グレートワーデンでは、人間の住まなくなった巨大な建造物や洞窟などがダンジョンと化すことがある。
ダンジョンは元となる建造物に数十倍する内部空間を持ち、その中でモンスターを繁殖させる。そして、収まりきらなくなったモンスターは、内側から押し出されるようにしてダンジョンの外へと吐き出される。
ダンジョンは、モンスターを吐き出せば吐き出すほど強くなる。ダンジョンで増殖するモンスターは徐々に強くなっていくため、最初に生産されたモンスターほどランクが低い。そのランクが低いモンスターを吐き出すことで、より強いモンスターが生育できる環境が整っていくらしい。
「だが、ダンジョン化するのは人間が住まなくなった場所だろう? どうしてたくさんの人間が出入りしているこの世界の建造物がダンジョン化するんだ?」
俺が聞くと、
「間違いなく、オストーの仕業ね。オストーはモンスターを集め、瘴気を濃くすることで、人為的にダンジョンを造り出したのでしょう」
オスティルがテレビを眺めながらそう答える。
テレビのニュースでは、バチカンの教皇庁とヴェルサイユ宮殿がダンジョン化した(という用語は使っていないが)という速報を伝えていた。
その他にも、世界の主要な高層建築物は軒並みダンジョン化しつつあるようだ。
日本で言えば、横浜ランドマークタワー、あべのハルカス、東京都庁舎、六本木ヒルズ、聖路加タワーなどがダンジョン化している。他にも東京ディズニーランドや葛西臨海公園などの広い敷地面積を持つ公園もダンジョン化しているが、日本の抱える最大の問題は、皇居がダンジョン化してしまったことだろう。
「そういえば、スカイツリーはダンジョン化してないな?」
「最初期の段階であなたが介入したことで、ダンジョン化を免れたのかもしれないわ」
そこでまた速報が入る。
ダンジョン化していたエンパイアステートビルが、米軍によって解放されたという。
アメリカが公開した動画には、アメリカの特殊部隊員が赤黒い結晶のようなものを破壊するシーンがあった。
「ダンジョンコア。やはりあるか」
ダンジョンコアは、文字通りダンジョンの核となる存在だ。すべてのダンジョンは、コアの吐き出す瘴気によってモンスターを生む。生まれたモンスターは世代交代を経て強化され、ダンジョンの瘴気を濃くしていく。瘴気が濃くなれば生まれるモンスターが一層強くなるし、モンスターがダンジョンから吐き出される頻度も高くなる。
アメリカによって範が示されたことで、各国の軍隊もダンジョンの攻略を開始しているらしい。
「ぼさっとしてないで、わたしたちも行くわよ」
オスティルが言う。
「どこにオストーがいるかわからないんだろ?」
「この程度の数なら総当りすればいいじゃない」
「マジかよ」
しかし、たしかにそれ以外の方法が見当たらない。
「ちっ。やるしかねぇか」
俺はこの数日の間にかき集めた装備を持って、ダンジョン攻略に乗り出すことにした。
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