13.桜塚猛、宝珠の力でロイド・クレメンスと情報交換する

 全員が呆然と映像を見続ける。

 が、戦闘はさっきの一幕で終わったし、向こうの二人の会話は聞くことができない。


「一旦、接続を切ろう。サクラヅカ翁に負担がかかるからな」


 ジュリアーノがそう言って宝珠の力を解く。

 映像が途切れる。

 わしの頭から色とりどりの綾が離れ、宝珠の中へ戻っていく。


 大老に呼ばれて長老たちも戻ってくる。

 中の一人が魔法で明かりを生む。薄暗かった室内が明るくなった。


「さて、いろいろなことがわかった」


 ジュリアーノが言う。


「まず、ロイドのこんは、あちら側の世界に渡って、サクラヅカ翁の中に入っていると見て間違いないだろう」

「とりあえずは無事でほっとしたの」


 アーサーが愁眉を開いて言った。


「次に、ロイドの状態だ。ロイドはこちらの世界で身につけた魔法を使うことができている。さらには、こちらの世界では使えなかったはずの魔法まで使いこなしていた。これはなぜだろう?」


 大老が咳払いして言う。


「可能性は二通りだな。ひとつは、あちらの世界にはこちらの世界よりも豊富に魔力が存在するという可能性。もうひとつは、冒険者ロイド・クレメンスの魂が宿ったサクラヅカ殿の本来の身体が、高い魔力を秘めていたという可能性だ」

「……どうだ、サクラヅカ翁?」

「向こうの世界ではそもそも魔法が一般的ではなかった。というより、なかったと言った方がいいくらいだろう。あちらの世界にそんなにもたくさんの魔力があるというなら、魔法が発見されていないのはおかしいのではないか」

「では、第二の可能性は?」

「どうかな……わしは魔術師ではない。仮にわしに魔術の才能があったとしても、あの世界では活かしようもなかった。したがってわからぬという他ない」


 わしの答えに、ジュリアーノと大老が唸る。


「それより、わしとしてはモンスターのことが気にかかる」

「モンスター? どうしてだ?」

「どうしてもこうしても……もともとあの世界にはモンスターなど存在せんのだ」

「なんだって!」

「……ほう?」


 ジュリアーノと大老が驚いた顔をする。


「思うに、わしとロイドの人格――こんが入れ替わったことと、向こうの世界におけるモンスターの出現には、何らかの関連があるのではないか?」

「うむむ……」


 大老がうめく。


「サクラヅカ翁の言うことはもっともだ。ただ、それを検証する手段がない。大老、エルヴァたちの伝承に、類似の前例は見つかるでしょうか?」

「探させてはみるが、望み薄だろう。一体どうしてこうなった?」


 それはむしろわしのセリフなのだが……。


 ミランダが焦れたように言う。


「ええい、まどろっこしいね! 向こうのロイドと話せれば、何かわかるかもしれないってのに!」

「「それだ!」」


 ジュリアーノと大老が声を合わせ、揃ってミランダを指差した。


「な、なんだい?」

「その手があった! 大老、あれを使えばひょっとして――」

「うむ。私もそれを考えていたところだ」

「おいおい、わしらを置いていかんでくれ! 何を思いついたのだ?」


 盛り上がるジュリアーノと大老に、アーサーがつっこむ。

 ジュリアーノがたっぷりと溜めてから言った。


「もちろん、あっちのロイドと連絡を取る方法だよ」



 準備には時間がかかるとのことで、わしらパーティは大老の家で晩餐をいただくことになった。

 といっても、大老とジュリアーノは準備とやらのために不在だ。

 会話は主にミランダとアーサーがかわすが、わしはどうしても話に入りにくい。無理もない。彼らからしてみれば、わしは得体のしれない異世界の老人なのだ。


 それでも、彼らの繰り広げてきた冒険の話はとても興味深いものだった。


 また、その中でロイドがどれだけ重要な役割を果たしてきたかもよくわかる。

 盾役はアーサーが、攻撃役はミランダが、魔法による支援はジュリアーノがこなすことができる。魔法戦士という名の器用貧乏であるロイドの戦闘面での役割は、微妙ともいえた。


 が、ロイドは、その陽気さと意志の強さで皆を引っ張っていくリーダーだったようだ。というより、ロイドという特異なキャラクターなくしては、この癖の濃いパーティは、早晩空中分解していただろう。彼らの実力ならばもっとランクの高いパーティに所属していてもおかしくない。にもかかわらずこのパーティに残っているのは、ひとえにロイドの人柄によるものだ。


 一方、彼らに問われてわしの異世界(日本)での話を語ってはみるものの、日本の常識のわからない彼らは困惑するばかりだった。それこそ、ジュリアーノやエルヴァの長老たちなら食いついてくれるのだろうが。


 しかし、わしの話が彼らにとってつまらないのは、異世界の常識がわからないからばかりとも言えない。ごく単純に、わしの話自体があまり面白いものではなかったのだ。35年の会社勤めの中で、わしとしては様々な波乱万丈をくぐり抜けてきたつもりではあった。が、辺境で命を賭けてモンスターと戦い、一攫千金を目論む彼らからすれば地味な話であることは否めない。


「準備が整ったぞ。……ん? どうした?」


 食堂にジュリアーノがやってきた。

 ジュリアーノはわしらの間に漂う微妙な雰囲気に気づいたのだろう。

 わしは首を振ってジュリアーノに聞く。


「何でもない。それより、どうすればいいのだ?」

「あ、ああ……済まないが、今回はロイド――いや、サクラヅカ翁だけで頼む。どちらにせよ、向こうのロイドと接触できるのは翁だけなんだ」

「なんだい、あたしらはほったらかしかい?」

「済まないな。エルヴァ貯蔵の美味い酒でも出してやるから、果報を待っていてくれ。……といっても、確実にうまくいくかどうかはわからないんだが」


 わしはジュリアーノとともに、再び評定所へとやってきた。


「来たか」


 と、大老がわしらを迎える。


 評定所には、先ほどのままマットが敷かれ、魂魄の宝珠が置かれている。

 いや、その宝珠の隣に、もうひとつ宝珠が増えていた。新しい宝珠の中には夜色の闇が澱のように沈んでいて、その中に星の瞬きのような光がいくつか見える。


「それで、どうすればいい?」


 わしが聞く。


「サクラヅカ翁にやってもらうことはさっきとほとんど変わらない。その茣蓙ござの上に寝てもらう。さっきと違うのは、今回は本当に眠りについてほしいということだな」

「眠ってしまっていいのか?」


 ここのところ里まで歩きづめだったせいでかなり疲れている。

 横になればすぐに眠りについてしまうだろう。

 もっとも、老人だから夜が早いというのも否定はしない。いや、ロイドの身体なのだからそれは関係がないのか?


「むしろ、眠ってくれないと困る」

「何をするつもりなのだ?」

「この宝珠を見てくれ」


 ジュリアーノは、新しい方の宝珠をわしに示した。


「これは夢見の宝珠と言い、夢を操り、その光景を映写することのできる魔道具だ」

「……エルヴァの里には随分といろいろな魔道具があるのだな」

「貴重なものは、さすがにこれで最後だよ」


 大老が苦笑する。

 ジュリアーノの説明を大老が引き継ぐ。


「サクラヅカ殿の世界では、夢とは何か、解明されているのだろうか?」

「解明はされていなかったろう。だが、有力な仮説ならあった。睡眠とは、起きている間に取り込んだ情報を脳が整理するために必要なものであり、夢はその過程で生じる雑音のようなものだと」

「雑音、か。睡眠についてはともかく、夢については的外れと言うほかないな」


 大老が言う。


「では、夢とはなんです? あなたにはわかるのですか?」

「うむ。エルヴァではこう言われておる。夢とはこんはくとが別れ、魂のみが幽冥界に遊ぶという現象だ。魂は日中は身体と魄によって縛られている。が、それでは魂は霊的な潤いを失い干からびてしまう。故に、魂は夢という形で日常の束縛から逃れ、生きていく上で必要な潤いを取り戻すのだ」

「幽冥界、か……」

「むろん、検証された説とはいえぬ。あくまでも仮説だ。だいたい、どうやって検証のしようがあるというのか。ともあれ、それがここ――グレートワーデンにおける夢の最も先端的な解釈なのだ」


 夢の解釈というと、地球ではフロイトやユングなどの精神分析の一派が有名だったと思うが、非科学的という批判もあったように思う。こんなオカルティックな解釈では、元の世界の科学者たちは激怒するに違いない。


「あまり納得はいっておらぬようだが、そこは問題ではない。我々のアイデアはこうだ。魂魄の宝珠と夢見の宝珠を組み合わせる。これによってサクラヅカ殿の夢と冒険者ロイド・クレメンスの夢を接続することができるのではないか」

「夢を見る時に魂が身体から抜け出すとしても、元の身体とは何らかの形で繋がりを保っているはずだ。そうでなければ幽冥界から戻れなくなるのだからね。しかし、今あなたとロイドの魂魄はねじれた関係にある。ロイドの魂が夢を見た時に、その魂はあなたの元の身体だけでなく、こちらにあるロイド本来の身体とも何らかの繋がりを持っているかもしれない」

「逆に、サクラヅカ殿の魂も、元の身体とロイド・クレメンスの身体の双方に紐付けられている可能性がある。だとすれば、同じ二つの身体とつながりを持つ二つの魂は、幽冥界でも近しい場所を漂うのではないか。それが私たちの仮説なのだ」


 率直に言って、わしは頭がパンクしそうだった。


「よくわからんが……夢の中でならば、わしとロイドが出会えるかもしれん、ということだな?」

「それだけわかっていれば十分だ」


 ジュリアーノが肩をすくめる。


「とはいえ、あくまでも夢の中のことだからな。宝珠の映写する内容は曖昧模糊としていて解釈に困ることも多い。だから、最終的にはサクラヅカ翁の記憶頼りになってしまう。現実のようにはっきりとした意識を保てるかどうか。また、夢の中であったことを覚えていられるか。この辺りは不安材料だな」

「だから、寝入る前にこれから見るのは夢であると強く念じてもらいたい。それから、目覚めたらすぐに私たちに夢で起きたことを話すのだ。その際には長老たちやあなたの仲間たちも呼んで、聞き漏らしのないようにさせてもらう」

「そこまで考えておられるなら大丈夫でしょう。わかりました」


 わしはそう答えてマットの上に横たわる。

 上目に見ると、魂魄の宝珠をジュリアーノが、夢見の宝珠を大老が使うようだ。


「さいわい、さっきの映像で見た限りでは、向こうの世界もちょうど夜のようだった。戦闘を終えて住処に戻り、そろそろ寝入っている頃だろう」


 ジュリアーノの解説を聞きながらわしは目を瞑る。

 これから見るのは夢である。そう強く念じながら。

 わしが眠りに落ちる間際に、ジュリアーノと大老の声を聞いたような気がした。


「魂魄の宝珠よ、この者、ロイド・クレメンスの魂魄をけみし、その精神のかたちを表し給え」

「夢見の宝珠よ、この者、ロイド・クレメンスの夢をあらため、その心象の世界を表し給え」


 意識が、遠のく――。




 わしの目の前に、ロイド・クレメンスがいた。

 わしの身体に入ったロイドではなく、正真正銘、ロイド・クレメンスの姿をした本人だ。


 わしは自分の身体を見下ろす。

 若い冒険者の身体ではなく、定年退職者の老いた身体がそこにはあった。


「ロイド・クレメンス」

「桜塚猛!」


 わしとロイドの声が重なった。


「ロイドよ、ここは夢の中だ」

「夢の中……? 言われてみれば、この乳白色の空間はグレートワーデンでも東京でもありえんもんだな」

「やはり、おまえがわしの身体に入っておったのだな」

「ってことは、あんたが俺の身体に入ってるんだな? オスティルの言ってた通りか」


 頭を掻きながら、ロイドが言う。


「オスティルというのは、グレートワーデンの双子神のことだな?」

「ああ。双子神の片割れで、善き神なんだってな。それより、今の状況は何なんだ? ただの夢じゃないのか? あんたは俺の夢が生み出した人物じゃなくて、本物の桜塚猛なのか?」


 ロイドの方は、この状況にやや混乱しているようだ。


「ロイドよ、わしはおぬしのパーティメンバーの助けを借りてエルヴァの隠れ里にたどり着いた。そこでエルヴァの秘宝を使わせてもらい、こうしておぬしにコンタクトを取ったのだ」

「ああ、そういうことかよ。あんたのことは心配してたんだ。引退したじいさんがあの世界に放り込まれて大丈夫だろうか、とな。まぁ、あいつらなら放っちゃおかないとは思ったんだが」


 ロイドの年寄り扱いに憮然とするが、正当な評価ではあるだろう。

 わしひとりがあの世界に放り出されていたら、たとえロイドの知識や経験があったとしても、生き延びられたかは怪しいものだ。

 が、感情は別だ。夢の中であるせいか、ロイドの何気ない言葉に過剰反応してしまう。


「おぬしこそ、わしの身体で暴れまわっていたようではないか。わしの身体を傷つけるような真似はやめてくれぬか」

「アホか、じいさん。モンスターが出てるんだぞ。怪我しないようになんて言ってたらまともに戦えやしねーよ」

「戦うなとは言っておらぬ。加減を考えろとだな……」

「加減だって? そりゃ無理ってもんだ。モンスターとの戦いは命がけなんだ。そんなつまらんことを気にしていたらかえって危険だろうが。ったく、日本の連中と同じだな。どこまで行っても平和ボケしてやがる。そんなだから、あの孫だとかいうクソガキがつけあがるんだよ」

「なんだと! おぬしこそ、キャリィとかいう受付嬢に言いように利用されておったではないか! 鼻の下を伸ばして恥ずかしいと思わんのか!」

「キャリィちゃんを侮辱するんじゃねぇ! あんな心の清くて健気な女の子は他にはいねーよ!」

「心が清いじゃと? ハッ、若造が何を寝言を言っておる。おぬしこそ、わしの孫を侮辱するのはやめてもらおう。もともとは素直ないい子なのだ。反抗期が終われば真面目なあの子に戻ってくれるはずだ。あの子の父親もそうだったのだから」

「あれのどこが素直ないい子なんだよ! 人様に迷惑かけないうちにガツンとやってやる必要があるだろうが! てめぇが怖くてブルってるんなら、俺が代わりにやってやろうか?」

「ふざけるな! おまえのような粗野な人間にあの子のことがわかってたまるか!」

「あんたみたいな頭の固いじじいにキャリィちゃんのことはわかんねぇよ!」


 わしとロイドは、湧き上がる感情のままに醜い言い争いを続けていく。


 そこに、冷ややかな声が割り込んできた。


「……呆れた。夢の中とはいえ、もう少し理性的に振る舞えないのかしら?」


 わしはその声に振り返る。

 わしの後ろに、見覚えのある少女が立っていた。

 ロイドと一緒に宝珠の映像に写っていた銀髪の少女だ。

 大老は双子神オスティルであると言っていた。


「桜塚猛。エルヴァを頼ってこうした場を設けてくれたことに感謝するわ。こっちの世界からそっちに渡りをつける手段がなかったのよ」


 少女――いや、神であるオスティルがそう言った。


「あなたは神なんだろう? できないのか?」

「グレートワーデンと地球のある世界では、世界の成り立ちが違うわ。地球では神としてのわたしの力はとても限られてしまうのよ」


 オスティルが嘆息した。


「そもそも、わしらに一体何が起きたのだ?」

「残念ながら、それを詳しく説明する時間はなさそうね。コンジャンクション。この言葉を、エルヴァの長老にでも聞いてみなさい。断片的でしょうけれど、今回の事態が理解できると思うわ」


 目の前にいるオスティルの像が歪んだ。

 縦に伸び、斜めに縮むが、すぐに元に戻った。


「まったく……あなたたちがしょうのない言い争いをしているから、貴重な時間を浪費してしまったわ。桜塚猛。あなたが元の世界に戻りたいなら、お願いしたいことがひとつあるの」

「なんだ?」

「聖櫃の保全」

「聖……櫃?」

「あなたとロイド・クレメンスのパーティが発見したでしょう? あれを、悪しき者の手に渡らぬよう保全してほしいの」


 オスティルが再び歪んで見える。

 振り返ってみると、ロイド・クレメンスも歪んでいる。

 いや、この空間自体が不安定になっているようだ。


「おい、じいさん! 俺とオスティルはこっちの世界で悪しき神オストーと追っかけっこをしている状況だ。あいつらにそのことと、なんとか元気にやっていると伝えてやってくれ!」

「わかった」


 わしはロイドの言葉にうなずく。

 わしには、あっちの世界に伝言を頼みたい相手などいない。

 そのことに気づいて、抗いがたい寂しさが襲ってきた。

 夢の中だからだろう、感情の波が激しく、些細な事でも動揺してしまう。


 その動揺がよくなかったのだろう。

 わしとロイドとオスティルがいた空間は決定的に歪んでしまった。


 わしらは別れの挨拶をかわすいとますらなく、今宿っている身体に向かって急速に連れ戻されていった。

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