6.ロイド・クレメンス、東京スカイツリーで謎の美少女に出会う

 長い銀髪とルビーの瞳。フリルの散りばめられた紫のドレス。

 年格好だけなら14、5歳の少女に見える。

 が、ドレスは年齢に見合わない大胆なものだった。襟周りが大胆に空いていて、うなじから肩甲骨、背中も半分以上が丸見えだ。あちこちにあしらわれた少女っぽいフリルは、少女を幼くみせるよりは、むしろ背徳的な淫靡さを醸し出している。


 こんな奇妙な出で立ちの少女は、俺(ロイド・クレメンス)の記憶にも桜塚猛の記憶にもない。かろうじて桜塚がTVで見かけたアニメの登場人物に近いのがいたくらいか。

 当然のことではあるが――その少女は目立っていた。

 抜群に目立っていた。

 スカイツリーのマスコットであるソラカラちゃんまでもが戸惑ったように少女を見つめていた。


 少女の方は時折瞬きをしながらあたりを物珍しそうに見まわしている。

 しかし少女に戸惑いの色はない。無表情な顔の口元に、わずかに面白がるような気配が感じられるだけだ。


 その少女に近づく影がある。


「かわいいね、何のコスプレ?」


 いかにも軽薄そうな若い男が少女に声をかけていた。

 少女はしばし男を観察すると、興味を失ったように視線をそらす。


「おい、無視すんなよ!」


 若い男が女に絡む。

 辺境では見慣れた光景だ。

 俺はクエストとして酒場のバウンサー(用心棒)をよくやっていた。

 こういう状況への対処なら、数えきれないほどやってきている。

 自然に、二人の間に割って入っていた。


「おいやめろ。嫌がってるだろう?」


 冒険者姿の俺がそう言ってすごんでやればたいていの奴は逃げ出した。

 が――


「あ? うっせぇよクソジジイ」


 ……そうだった。今の俺は70のジジイなんだった。

 それにしても、この世界の若いのはこんな奴らばかりなのか? 辺境に生きていたロイド・クレメンスにだって、ひとかけらくらいは敬老精神みたいなものがあるぞ。


 俺がそんなことを考えていると、若い男は「スッゾコラ」とよくわからない言葉を吐いて顔を思い切り近づけてくる。


 俺はそのチンピラの膝を蹴り飛ばしてやった。


「ってぇ! てめぇ、何しやがる!」


 顔を赤くした男が俺を突き飛ばそうとする。

 が、俺の身体がまったく動かず、逆に俺を突き飛ばそうとした男の方が突き飛ばされた。

 身体強化Ⅰで踏ん張っただけなのだが、想像以上に男には力がないようだ。


 そこに、警備員が駆けつけてきた。


「どうしました!?」


 警備員は俺に聞いてきた。


「ってぇ……こ、このジジイが俺を突き飛ばしやがったんだよ!」


 起き上がったチンピラが警備員に訴える。

 警備員は疑わしそうな目をチンピラに向けた。


「杖をついたお年寄りに、おまえみたいな若いのが突き飛ばされて転ぶわけがないだろう? いい加減なことを言うな。……もしもし、応援をお願いします」


 言葉の後半は胸に吊り下げた無線機へのものだ。


「だから、俺が被害者なんだよ!」

「わしはその子が絡まれてるのを見て、注意しただけだよ。その男はわしに掴みかかろうとして勝手に転んだのを怒っとるんだ」


 警備員が男に向ける視線が、俺の説明を受けて一気に冷めた。

 ……俺がロイド・クレメンスの外見だったらこうはいかなかっただろうな。

 チンピラが抗議している間に、何人かの警備員が集まってきた。

 チンピラは舌打ちすると、俺を最後に睨みつけて展望台の反対側へと去っていった。


「お孫さんですか? 外国の方?」


 少女の格好は異様だ。

 辺境にはいろんな人種、いろんな職業の人間が集まるから、サヴォンなら目立ちはしても異質とまではいえない。

 だが、この東京にこんな少女がいるのは場違いもいいところだ。

 それこそ男の言っていたような「コスプレ」くらいだろう。少女の髪や瞳、服装はとても作り物のようには思えないが……。


「いや、俺は――」

「そうです。おじいちゃんに連れて来てもらったの! うわー、すごい景色! ここはなんていう場所なんてすか?」


 俺の言葉を遮って、少女が警備員に言う。

 それまで仏頂面だった少女がいきなり明るい笑顔を浮かべていた。


「ここはスカイツリーですよ」


 なぜ知らないのか、というニュアンスを含めて警備員が答える。


「とにかく、災難でしたね。もしまたあの男が絡んでくるようでしたら、お近くのスタッフにお声掛けください」

「これはどうも親切に。ありがとう」


 俺が礼を言うと、警備員が去っていく。

 俺たちを注目していた観光客たちも、興味を失い散っていった。


 俺は少女を目立たない一角へと連れて行く。


「……で、嬢ちゃん、さっきのアイコンタクトはなんなんだい?」


 この少女は、警備員に少女について話そうとした俺を目で制したのだ。

 それに従う必要もなかったはずだが、少女の目つきには妙に気になるものがあった。

 少女は再び仏頂面に戻って言う。


「あら? 覚えていないの?」

「覚えてない? 何をだ?」

「あなたとわたしとは、一度出会っているのよ、ロイド・クレメンス」

「っ!?」


 少女は今はっきりと、この世界では誰ひとり知るはずのない名前を口にした。


「ど、どういうことだ……!? 俺のことを知ってるのか!?」


 思わず少女の肩をつかんでしまう。


 少女が口を開きかける。


 その時だった。

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