4.桜塚猛、遺跡の最奥を調査する
遺跡の最奥までは、特筆することもない。
わしの目からすると、入り組んだ迷宮のように思えた遺跡だが、ジュリアーノは非常に精密な地図を描く。一度通った経路にはモンスターはまだリポップしていない。
俺たちパーティは何の障害もなく最奥に到達することができた。
「いやにきょろきょろしてるね、ロイド。何か気になることがあるのかい?」
ミランダが聞いてくる。
「いや、特には……」
仲間たちにはこの遺跡はとくに物珍しいものではないようだが、わしにとっては違う。
地球にはこんな大規模な迷宮など存在しない。クノッソスだってこんなに広くはないだろう。
わしひとりだったらたちまち迷っていただろうが、ジュリアーノのマッピングとミランダの偵察能力のおかげでほとんど迷うことなくここまで来た。
わしから見ても優秀な面子のように思える。万年D級と呼ばれるロイド・クレメンスだが、パーティメンバーには恵まれていたようだ。
「本調子じゃないならそう言えよ?」
ジュリアーノの言葉にうなずく。
「さて、問題の場所だな」
アーサーがパイプを吸いながら言った。
「……俺から行く」
俺が手を上げると、ミランダが驚いた。
「大丈夫かい? 前回倒れたのはあんたなんだ。ここの罠が、何らかの条件によってあんたを狙い撃ちにした可能性もある」
「よくあるのは一定の魔力の持ち主に反応する罠だな。このパーティで言えば、危ないのはロイドと俺か」
ジュリアーノが補足する。
「ここに来たいと言ったのは俺だ。それに、俺なら罠にかかっても倒れるだけで済むとわかっている」
わしが言うと、アーサーが反論した。
「それを言うならば、わしが行こう。ロイドを引っ張り出した時には何の違和感も覚えなかったわい」
アーサーの言うことは筋が通っている。
反論するのは難しい。
「……わかった。アーサー、俺、ジュリアーノの順だ」
魔力探知式の罠が健在だった場合に備えて、アーサーの次にはわしが身体を張る。
それで異常がなければジュリアーノに入ってもらい、罠の有無をさらに精査してもらう。
ミランダが入るのはいちばん最後でいい。
「じゃあ入るぞ?」
アーサーが言って、無造作に最奥の間への敷居をまたぐ。
中ほどまで進むが、何事も起こらない。
「大丈夫そうだな。次は俺だ」
わしは内心おっかなびっくりのまま最奥の間に足を踏み入れる。
何も起こらない。
アーサーの隣に並び、外にいる二人に声をかける。
「大丈夫だ!」
「念のため、そこから動くなよ」
ジュリアーノがそう言いながら入ってくる。
やはり、何も起こらない。
ジュリアーノは部屋を慎重に観察しつつ、忍び足で端から端までを確認していく。
その間にわしも最奥の間を観察する。
広さは十メートル四方といったところだろう。高さも2階建ての建物がすっぽり収まりそうなくらいある。
天井、床、壁のすべてが黒い一枚岩のようで、中にいると圧迫感を覚える。わしが閉所恐怖症だったら息苦しさを感じたかもしれない。
壁には褪せかけた壁画のようなものが描かれていた。文字と絵が入り混じったものだが、色素が落ちているので遠目には何が描かれているかわからない。
最奥の間の奥には、祭壇のようなものがある。
古いカトリックの教会のような装飾の多い祭壇だ。
祭壇の上には大きな
表面が鏡のように磨き上げられた漆黒の石櫃。継ぎ目が見当たらないところを見ると、ひとつの岩からくり抜いて造ったのだろうか。
「よし、罠のたぐいはないようだ」
ジュリアーノの言葉に、わしとアーサーがほっと胸を撫で下ろす。
外で待機していたミランダも室内に入ってくる。
「さて、肝心のお宝だね」
ミランダがにやりと笑う。
わしも胸が高鳴るのを感じていた。
地球の歴史の中で、わしの知る限りあのような石櫃は見たことがない。
古代のもののようなのに、現代顔負けの加工技術があったことになる。
わしは祭壇に近づく。
近づくと、石櫃の蓋がズレていることに気がついた。奥に向かって外れており、さっきの場所からは見えなかったのだ。
「俺が見る」
ジュリアーノがそう言って、祭壇に足をかける。
辺境の冒険者に、聖域を冒涜するという意識などあるはずがない。エルフの学者くずれであるジュリアーノにも、祭壇に土足で踏み込むことに抵抗はないようだ。
ジュリアーノはそのまま石櫃の中を覗く。
「……なんだ、何も入ってないじゃないか」
落胆の滲むその声に、ミランダとアーサーも石櫃を覗きこむ。
祭壇を踏みつけることをためらっていたわしも三人の後に続いた。
たしかに、漆黒の石櫃の中にあるのは漆黒の空間だけだった。
石櫃の内壁は、触ってみると無数の溝が走っている。ジュリアーノは溝を調べるが、魔法陣や罠ではない。単なる装飾だろうというのが、ジュリアーノの結論だった。
「なんだい! ここまでやって収穫はなしかい!」
ミランダが舌打ちする。
「……仕方がないの。ギルドに報告して報酬をもらうとしよう」
アーサーが肩をすくめる。
「待ってくれ。この部屋の壁画を調べたい」
学者らしく、ジュリアーノが言う。
「読めるのか?」
「ああ、エルフに伝わる古代文字のようだ。絵の方は……推測するしかないだろうが」
ジュリアーノが壁画を調べ始める。
わしも興味を持って壁画を観察してみる。
「おや、ロイド。いつから学者になったんだい?」
ミランダがそうからかってくる。
たしかに、記憶によればロイドは学問には無関心だった。このパーティの頭脳担当はジュリアーノだ。
しかし、ここに元の世界に戻る鍵があるかもしれないのだから、わしとしては必死にもなる。
一応これでも、史学部の出身だ。卒業論文は、古墳の石室の壁画に描かれた四聖獣について。
「向かって左側に悪魔の軍勢、向かって右側に神の軍勢……のように見えるな」
わしのつぶやきに、ジュリアーノが応じる。
「おっ、わかってるじゃないか。おそらくこの壁画は、双子神オストーとオスティルについて描かれたものだ」
「双子神?」
ロイドの知識にはそんな言葉は見当たらない。
ジュリアーノの言葉にうなずいたのはアーサーだ。
「聞いたことがある。善き神オスティルと悪しき神オストー。対となる双つの神は、合体することによって互いに互いを封じ合った。そのせいで、この世界には絶対の善もなければ絶対の悪もない。だから神に祈ったところで意味はない、この世のことは人間が自らの力でなんとかせねばならんのだと」
「へぇ……」
なかなかうまく辻褄の合った神話だと思った。
「ドワーフの伝承だ。もっとも、ドワーフの間では双子神ではなく双面の神とされているがな」
ジュリアーノが声を上げる。
「ふむ。古代文字で祭壇にこう書かれているようだ。『ここに災厄の神々を封じた。決してこの聖櫃を開けてはならぬ』と。その後に続いてるのは……脅し文句ばかりだな」
「開けてはならぬって……もう開いてるじゃないかい?」
ミランダが言う。
「わからない。遺跡のすべてが魔法に絡んでいるとは限らないからな。この遺跡が迷信の産物だった可能性もある」
ジュリアーノが肩をすくめた。
「そんなはずはない!」
わしは思わず叫んでいた。
三人がぎょっとして俺を見た。
「そんなはずがなかろう! わしは現にこうして――」
「お、おい、大丈夫か!?」
ジュリアーノがわしの肩をつかみ、解呪の呪文を口にする。
「呪われてるわけじゃなさそうだが……」
「あたしもなんだか寒気がするよ。どうもこの部屋に入ってから気が滅入ってたまらない」
ミランダが腕を抱きながら言った。
「あんたもか。わしもだ。寒いわけでもないのだが、この部屋にいるだけでさぶいぼが立ってくる」
アーサーが同意する。
「俺は気にならなかったが……みんながそう言うなら離れるべきだな」
ジュリアーノがまとめる。
「待っとくれ! ここには何かがあるはずだ!」
そう言って暴れるわしを、ミランダがはがいじめにする。
「とにかく、出るよ!」
わしはミランダに引きずられ、遺跡を後にすることになった。
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