2.引退した会社員・桜塚猛

「ジジイ、今月の取り立てに来たぜぇ!」


 俺の目の前には、チンピラ、としか言いようのない男がいた。

 髪はケバケバしい金髪に染め、耳や鼻や唇にはいくつものピアス。眉毛はなぜか剃っている。革の上着をはおり、ボロボロのジーンズをドクロのついたシルバーのベルトでだらしなくずり下げている。

 親が見たら泣きそうな格好だ。

 その親が、わし・・の息子なのだから笑えない。


 ……は?

 誰の親がの息子だって?

 俺には子どもなんていない。ましてや孫なんているわけがねぇ。

 でも、目の前のこのチンピラは桜塚誠というわし・・の孫で間違いない。


 チンピラはわしの家――桜塚家の玄関で気炎を上げる。


「だから、俺の言う通りに金を出せって言ってるだろ! 今月は何かと物入りなんだよ! 退職金がたんまり余ってるんだろ? あぁ!?」


 そうだ、わし・・は、この孫に何度となく金をせびられている。

 金を出さないと暴れるのだからしょうがない。

 亡き妻との思い出が詰まったこの家を傷つけられるのは耐えられない。


 そこまで考えて、ははっとする。


 は? 暴れるんなら、取り押さえればいい。


 見たところ目の前のガキは、ろくに身体も鍛えてないし、武芸の嗜みがあるようにも見えない。

 いくら万年D級冒険者といったって、オークくらいなら余裕で狩れるくらいの力はあるんだ。

 こんなガキを恐れる必要が全くない。

 なんで俺はこのガキに何度となく金なんてくれてやっていたんだ?


 いや、そもそも、ここは一体どこだ!?

 どこって……むろん、わし・・が会社員時代にローンを組んで建てた我が家だ。

 待て待て、ちょっと整理をさせてくれ……。


 俺は万年D級冒険者のロイド・クレメンスだ/わしは大日本精機を定年退職し、年金生活を送っている桜塚猛だ。


 ――ん!?


 ここはたしかに、桜塚猛の家で、さらにいえば平成の日本だ。


 だが、記憶がおかしい。

 俺が冒険者になったのは5年前、13歳の時だった。

 それ以来の冒険の記憶が確かにある。


 しかし同時に、桜塚猛として過ごした35年のサラリーマン生活の記憶もある。

 一昨年連れ合いに先に逝かれた時の、途方も無い悲しさとそれ以来の虚しい日々の記憶もある。


 こりゃいったい、どういうことだ!?


「おい、聞いてるのか、ジジイ!

 新しいバイクがほしいつってんだよ!

 退職金があんだろ、俺に寄越せ!」

「やかましい、今はそれどころじゃねーんだよ!」


 喚きながら掴みかかってきた孫の胸ぐらを逆に掴み返し、同時に足を引っ掛けて投げ倒す。

 倒れた孫は腰を思いきり土間に打ち付け、悶絶する。


「っづああああ! てめ、ジジイ、よくもやりやがったな!」


 意外にダメージはなかったらしく、再び掴みかかってくる孫。

 俺/わしは、その腕を掴んで孫の背中に回り込み、孫を玄関の壁へと押し付ける。


「黙ってろ、クソガキ。

 今俺は大事なことを考えてるんだ!」

「なっ……く、クソガキ……!?」


 孫は、俺/わしの意外な言葉に驚いて、暴れることすら忘れたようだ。


 その間も俺/わしは考え続けるが……どうも、これは答えが出そうにない。

 ロイド・クレメンスは頭のいい方じゃなかったし、桜塚猛はそこそこの大学を出てはいるが、機転が利かない方で、うだつのあがらない会社員だった。


「おい、ジジイ!

 何ヤンチャしてくれてんだよ!

 すぐに俺を放さねぇとブチ殺――いてて、やめろ、ぐあああっ!」


 身体強化Ⅰ。魔法戦士じゃなくても習得している者の多い基本的な魔法だ。


 未だに状況のわかってない孫の腕をギリギリと締め上げながら思ったのは、これからどうしようということだ。

 桜塚猛は年金生活者だ。仕事なんてない。

 仮にロイド・クレメンスが俺/わしの妄想の産物でなかったとしても、この平和な日本に冒険者なんて仕事はないし、あったとしても齢70の身体でそんな仕事をしたいとは思わない。


 つまり、こんな状況ではあるが、とりたててやることもないし、あわてる必要もないということだ。


 とりあえず俺(いつまでも俺/わしでは面倒なので「俺」を代表にしよう)は、目の前の孫という名のチンピラを解放してやる。

 玄関の外へ向けてどんと背中を押してやると、孫は何やら毒づきながらよろめいて玄関外の砂利の上に倒れた。


「――金輪際おまえの顔など見たくもない。

 これまでの金については忘れてやる。

 もう二度と我が家の敷居をまたぐな!」

「な、なんだと、人がおとなしくしてりゃ調子に乗りやが――ヒッ!」


 孫――いや、チンピラのセリフを遮って、俺の撃ち出したファイアアロー・・・・・・・が、転んだままのチンピラの顔をかすめて地面に着弾した。


「わかったな。

 次以降はこの程度では済まさん。

 出て行けッ!」

「ひ、ヒィィィィィッ!」


 パニックになって門から飛び出していくチンピラを見送ると、俺は家の中から塩を持ってきて玄関先に何振りか撒いておいた。

 これは桜塚猛の習慣だが、ロイド・クレメンスも、何となく邪気を払えたような気になった。

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