17⇔70 地球の七十歳定年退職者、異世界の十七歳冒険者と魂だけが入れ替わる

天宮暁

1.万年D級冒険者ロイド・クレメンス

「ぬああああっ! また落ちたっ!」


 サヴォンの街、冒険者ギルド。

 その告知用掲示板の前で、俺は情けない声を上げてうずくまっていた。


 ――C級昇格試験結果発表


 掲示板に張り出された真新しい魔獣紙に、俺の名前がなかったのだ。


「……ま、まあこういうこともあるさ」


 俺の隣に立つパーティメンバーのジュリアーノがそう慰めてくれる。

 細身で長身、短い金髪。全体的に線の細い印象で、本人の言によれば学者崩れなのだという。ここらへんでは珍しいエルヴァ(森を好む金髪・尖り耳・色白の種族)でもある。うちのパーティきっての頭脳派だ。


「しっかし、これで四度目だろ? なんか呪われてるんじゃねーか?」


 頭の後ろで腕を組み、呆れ顔でそう言ってきたのはパーティの紅一点である女戦士のミランダだ。紅一点と言っても三十路の手前だからとうが立っている。もちろん、そんなことを口にしたら殴り殺されかねない。俺は魔法戦士を志しているので、純粋な近接戦ではこの女には勝てないのだ。


「魔法戦士志望って時点で色眼鏡で見られてるんだろうな」


 むさ苦しい髭面のドヴォ(鉱山と鍛冶仕事を好むずんぐりむっくりの種族だ)が言ってくる。

 アーサー・ケスト。大振りの斧と盾で戦ううちのパーティの壁役だ。


「だけど、一体どういうことなんだい? ギルドはうちのリーダーに何か怨みでもあるんじゃないか?」


 ミランダが受付嬢のキャリィちゃんにそうからむ。

 キャリィちゃんが困った顔をした。

 キャリィちゃんはショートの金髪とあどけない顔がかわいいギルドの看板受付嬢だ。


「ロイドさんはランクの割に実力があるので、私としてもぜひ昇格して欲しいと思ってるんですけどね」


 キャリィちゃんがにっこり笑う。

 くぅぅ! かわいい! この笑顔のためなら頑張ろうって気持ちになる!

 キャリィちゃんには非公式のファンクラブができているから、手を出そうとしたら殺されることまで覚悟しないといけないらしい。


 キャリィちゃんが「よいしょ」とかわいらしくつぶやきながら、机の下から用紙を取り出す。魔獣紙に書かれたそれは、クエストの発注書だ。


「なので、今回は特別なクエストを私の方で用意させていただきました」

「おおっ! さすがキャリィちゃん、気が利くね!」

「ふふっ。ありがとうございます。内容をご確認ください」


 言われて、俺たちは発注書を覗きこむ。


「おい、こりゃあ……」


 ジュリアーノが険しい顔でつぶやいた。


「はい。最近見つかった未踏破遺跡の調査依頼です」

「人柱じゃねぇか!」


 キャリィちゃんの言葉に、アーサーが怒る。

 未踏破遺跡の調査は、危険度の高さから冒険者の間で「人柱」と呼ばれていた。どんな罠が眠っているかわからないからだ。


「危険があることはたしかですが、申し分のない実績になります。通常、昇格試験は三ヶ月以上間を空けないと受けられませんが、今回は特例で、この依頼をこなしたらすぐに受けられるよう手配します」

「え、それは……」


 ミランダが何か言いかけるが、


「うおおおっ! キャリィちゃんがここまで応援してくれるなんて……感動だ!」


 俺は感極まってそう叫ぶ。

 キャリィちゃん、俺を見て再びにっこり。


「これでまた、昇格試験の受験資格を取っちゃってください!」

「ありがとう、キャリィちゃん!」


 俺は思わずキャリィちゃんの両手を握り締める。

 その途端にギルドの奥から殺気が飛んできた。

 っと、いけねぇ。キャリィちゃんへの無断接触はご法度なんだった。

 俺はごまかすように拳を握って叫ぶ。


「ちくしょう、今度こそ文句のつけようのない実績を上げてやる!」


 俺は魔獣紙を握り締め、ギルドを飛び出していく。


「あ、おい! ちょっと待て!」

「ったく、いい加減目を覚ませよ」

「といいつつ、付き合ってやるジュリアーノであった」

「おまえが言うな、アーサー」


 パーティメンバーもぶつくさ言いながらついてきてくれる。

 気のいいこいつらのためにも早く昇格していい目を見せてやらなくちゃな。


 当時の俺は知る由もなかったが――これこそが、俺の奇妙な体験の始まりだった。

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