第14話 勝利

 東から太陽が昇る。


「我らの勝利だ! 勝鬨を上げよ!」


 兵士たちの雄叫びが聞こえてくる。砦の外にいるエリックと純太郎は二人並んで地面に座り、朝日を眺めながら砦から聞こえてくる勝鬨を聞いていた。


「勝ち、ましたね……」

「ああ、勝ったんだな。俺たち……」


 二人はボロボロだった。衣服はところどころ破れ、全身魔物の血と泥と傷だらけで、二人は今にも意識が飛びそうなほど疲れ切っていた。


「大活躍だったじゃないか」

「いや、でも、なにがなんだか無我夢中で」


 終わった。万を超える魔物の群れを退けることができた。損害は数名の兵士が怪我をしたことと砦の一部が壊れたぐらいだ。


 完全勝利と言ってもいいだろう。とにかくやり遂げたのだ。


 エリックは自分の手と壊れてしまったスコップを眺める。ミスリル合金製のスコップにはヒビが入っており、柄のところに埋め込まれていた魔法石は砕け散りなくなっていた。


 エリックは壊れてしまったスコップを慈しむように撫でる。


「でも、また無能になっちゃいました。ボクにはこれがないとどうしようも」

「それなら問題ない。ドルガンがここに来るからな」


 座っていたエリックと純太郎は声を聞いて慌てて立ち上がる。いつものようにいつの間にかシャーロットが二人の後ろに立っていたのだ。


「ドルガンさんが、来る?」

「そうだ。言っただろう? ここに国を作ると」


 確かに言っていた。とんでもない計画だが、シャーロットは冗談で言ったわけではないのはわかっていた。


 だが、心のどこかで、まさかそんな、という思いはあった。多少は疑っていたのだが、ドルガンを呼ぶということは本当に本当に本気らしい。


「私が声をかけた者たちがもうすぐここにつくだろう。アリエッタというお前のメイドもな」

「アリエッタが!?」


 意外な人物の名前にエリックは驚きを隠せなかった。シャーロットが声をかけたというがその理由がまったくわからないのだ。


「お前を慕っているようだったからな。大事にしてやれ」


 そう言うとシャーロットはエリックの頭を優しくなで砦へと戻っていく。


「よかったなエリック」

「いや、でも、城にいたほうが絶対に……」


 ここは危険地帯だ。魔物が蔓延る黒の森の近くだ。


 いや、近くだった。


 エリックと純太郎は後ろを振り返る。かつて黒の森だった場所を見つめる。


「……これ、ボクがやったんですよね」

 

 黒の森が半分以上吹き飛んでいた。それを自分がやったのだということなのだが、エリックはまだそれが信じられなかった。


「もう誰もお前を無能の出来損ないなんて言えないな」

「でも、ボクはまだ、スキルが……」


 エリックはジャーナルを呼び出してページを開く。そこにはいろいろな情報が記載されているが、やはりどのページを見てもスキルの表記はどこにもなかった。


 スキル無し。いまだにエリックはスキルをひとつも持っていなかった。しかし、もうそんなことを気にする必要はない。


「エリックがスキルを手に入れたら神なるかもな」

「そんな大げさな」

「いや、大げさでもないだろ」


 まあ、確かに、とエリックは否定しながらも半分納得しいた。スキル無しの状態で広大な森の半分を吹き飛ばしてしまったのだ。スキルを得てさらに強くなったら一体どうなるのかまったくわからない。


「ま、先に事はわからないさ。とにかく今は……。ふあああ……」

「……休みましょうか」


 二人は顔を見合わせて力なく笑う。もう二人は疲れ切っていて立ったまま寝てしまいそうなほどだった。


 そんな二人の頭の中に声が響く。


「見事である、人間よ。万の魔物を退けるとは我の予想を超えた」


 アルデバランだ。二人は空を見上げると朝日を浴びてきらめくアルデバランの姿が見えた。


「人間よ。名をなんという?」

「エリック、です」

「エリックか。覚えておこう」


 上空のアルデバランが甲高く吠える。すると何かが勢いよく二人の近くに落下した。


 落ちて来たのはアルデバランの羽だった。それは大人の足の倍ほどもある羽だ。そして羽だと言うのに金属の様な光沢を持っており、ものすごく重そうだった。


 そして実際に重かった。手に取ったエリックはその重さに驚くほどだ。


「我の羽だ。持っていくがよい」

「あ、ありがとう、ございます」

「うむ。光栄に思うのだぞ」


 アルデバランはもう一度吠える。そんなアルデバランに純太郎は訊ねた。


「おい、俺はどうするんだ?」

「約束通りエリックに預ける。しかし、何か異変があれば」

「そ、その時はまたボクが何とかします」

「うむ。その意気である」

 

 アルデバランはどこか上機嫌だった。なぜ機嫌がいいのかはわからないが、とにかく最強種であるドラゴンと戦わずに済みそうであることに二人はホッとしていた。


「さらばである、人間どもよ」


 そう言うとアルデバランは北の空へと飛び去って行く。朝日を浴びながら飛ぶその姿はまるで流星のようだった。


「……戻るか」


 純太郎は大きなあくびをする。


「そうですね。もう、限界です」


 エリックは眠そうに目をこする。


 休みたい。今すぐにベッドに倒れこみたい。そんな思いを抱きながら二人は砦へと戻ろうとした。


 そんな時、シャーロットの怒鳴り声が聞こえて来た


「そこの二人! 何をしている! さっさと獲物の回収を手伝え!」


 二人は絶望的な顔で立ち止まる。


「ウソでしょ……」

「勘弁してくれよ……」

「者ども気合を入れろ!」


 一緒に戦っていたはずなのになんで元気なんだよ本当に人間か、とシャーロットに対して疑問を抱きながらも、二人は命令に従い魔物の素材の回収を始めた。


「なあ」

「言わないでください」

「これ、今日中に終わると思うか?」

「だから言わないでくださいよ……」


 二人は平原を見渡し、そこに転がる数えるのが嫌になるほどの魔物の死骸を前に大きなため息をつくのだった。


 四人の男が召喚された。そのうちの一人は余計な余り物だった。


 これは心優しい王子様の成長物語である。


 余り物と邪魔者の成長物語である。

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小さな『勝ち』から始める異世界英雄譚 甘栗ののね @nononem

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