第13話 万魔夜行
夜が震えている。大地が震えている。森が震えている。城にいる者たちも震えあがっている。
「怯むな! 総員迎撃準備!」
そう言うとシャーロットは城壁を飛び降りる。突然のことに驚いたエリックと純太郎は城壁の下をのぞき込むが、シャーロットは何もなかったかのように平然と地面に立っていた。
「お前たちも来い! 迎え撃つ!」
シャーロットは二人を急かす。そんなシャーロットを見て純太郎は呆れかえる。
「司令官が前線に出てどうすんのよ、ったく……」
エリックと純太郎は互いに顔を見合わせるため息をつき、それから一緒に城壁を飛び降りた。
「……なんともない」
「頑丈になったもんだよ、ホント」
地面に着地した純太郎は右ひざを撫でる。以前ならこんなことをしたら膝に激痛が走っていたかもしれないが、レベルが上がり肉体強度も上昇したおかげで痛くもかゆくもなんともなかった。
そしてエリックも驚いていた。メタルリザードを倒した時よりも驚きが大きかった。
「強く、なってるんですね。ボク達」
「そうだ。自信を持とうぜ」
二人はまた顔を見合わせもう一度うなずき合う。それからシャーロット共に走り出した。
「なんか作戦は?」
「全力で叩き潰す。以上だ」
「了解。わかりやすくていいですね」
三人は走りながらエリックの掘った堀を飛び越えて前に進む。
「これだけ堀があれば足止めは十分だろう」
「油断はできん。とにかく気を引き締める」
三人は森へと向かう。森のほうからは地響きが聞こえる。
「この音って……」
「魔物の足音だろうよ。ああ嫌だ」
万魔行。百年以上前に発生した魔物の大氾濫。その被害は甚大で、アインデルン王国はその被害を受けた都を捨てて新たに王都を築くしかなくなったほどである。
魔物の数はまだわからない。だがもし地響きのような音を立てるほどの大量の魔物が砦を突破してしまったらアインデルン王国はどうなってしまうのか。
「正直、父上や弟たちがどうなろうと知ったことではないが、罪のない民が犠牲になるのは見過ごせん」
「自分の国民になるかもしれないから?」
「ああ、その通りだ」
やれやれ、と純太郎は呆れたようにため息をつく。シャーロットはどうあっても自分の国を作って王になることを諦めないらしい。
「逃げてもいいぞ、異世界人。お前はこの世界の者ではないのだから」
「ボクも、そう思います。ジュンさんは、ボク達に付き合う必要は」
「何言ってんだ? 戦うしかないでしょうよ」
走りながら純太郎は腰に下げた刀の柄に触れる。その感触を確かめ自分の覚悟を確認する。
「俺は大英雄。ここで逃げたら赤っ恥だ」
「それはジュンさんのスキルのことで」
「同じだよ。スキルは俺の一部だ。なら、それに見合った働きをするまで」
それに、と純太郎はエリックにちらりと視線を向ける。
「友達を助けるのは当たり前だろう?」
「ジュンさん……」
エリックは涙ぐみ、それが零れ落ちそうになる前に手で拭う。
「無事に戻ったらまた美味い飯作ってやるよ」
「はい!」
「よし、いい返事だ。ああ、でも調味料がないから、それをどうにかしないと――」
三人は走る。純太郎はブツブツと独り言を言い、エリック純太郎を見ながらおかしそうに笑っている。そんな二人を従えて前進していたシャーロットはその姿を捉え二人に知らせた。
「来るぞ! 武器を取れ!」
シャーロットは剣を抜く。純太郎も刀を抜き放ち、エリックもスコップの柄を両手で握り締める。
森から魔物があふれ出す。木々をなぎ倒し、闇を引き裂くような恐ろしい雄たけびを上げ、数えきれないほどの魔物の群れが真っ直ぐこちらに向かってくる。
全長数キロにわたる魔物の群れが津波のように押し寄せてきていた。
「ヤベェな、本当に万はいそうだ」
「怯えている暇があるなら一匹でも多く叩き斬れ!」
「わかってますよ!」
純太郎がスピードを上げて躍り出る。そして一番最初に魔物の群れと接触し、その一体を一撃で絶命させた。
「私たちも続くぞ!」
「はい!」
エリックとシャーロットも純太郎に続き魔物の群れを迎え撃ち、一体、また一体と倒していく。
だが、あまりにも数が多すぎる。シャーロットは爆裂魔法を放ち広範囲を吹き飛ばすが、それでも焼け石に水にしかならない。次から次へと倒していくが減っていく気配が見えず、打ちもらした魔物が砦へと向かって行くがそれに気を配る余裕もない。
足りない。何もかもが足りない。
その時、エリックと純太郎はドルガンの言葉を思い出した。
「ま、このまま死ぬよりはましかね!」
「い、いきます!」
二人は自分の武器をぎゅっと握り締める。そして、自分の魔力と生命力を武器に注ぎ込んだ。
二人の武器がまばゆい光を放つ。その光に圧倒されたのか魔物たちの動きが一瞬だけ止まった。
黄金の輝きを放つ刀とスコップ。二人はその感触を確かめる。
「行くぞエリック!」
「行きましょう!」
純太郎は刃を振るう。それだけで真空の斬撃が発生し、一度に数十体の魔物を一刀のもとに叩き斬った。
エリックは地面にスコップを突き立て思い切り地面を掘り返す。それだけでエリック達の拠点である砦と同じ面積の地面が掘り返され大量の魔物が土に埋まった。
凄まじい力だった。けれど、そう長くはもたないと二人は感じていた。
魔力と生命力がどんどんと吸われていく。そのスピードは二人が思っていたよりも数倍早く、思った以上に肉体への負担も大きかった。
だが二人の顔に絶望はなかった。魔力と体力がそこを尽きれば最悪の場合死ぬこともあるのに、それでもその目は前を向いていた。
このままではどちらにしろ命はない、という思いもあるだろう。しかし、それよりもエリックと純太郎は自分たちの成長が嬉しかった。
特にエリックはそうだった。自分の命とこの国の危機の只中にいるというのに、危機感を抱きながらもこの状況を楽しんでもいた。成長しているのだ、強くなっているのだと感じられることがただ単純に嬉しかったのだ。
成長だ。成長である。
人間の能力の成長とは学習や訓練に比例するものではない。いくら頑張っても成長しないこともあれば、あることがきっかけで別人のように急成長することもある。
きっかけは哀れな異世界人を何の考えも無しに衝動的に助けてしまったことだった。それから少しずつ少しずつ小さな勝ちを積み重ねていった。
成長とは直線的に上昇するものではない。時には有り得ないほどの急激な上昇曲線を描くものである。
その時が来た。
目の前に立ち塞がる魔物の大群、生命の危機を感じるほどの絶望的な状況。それでも前に出ようとする強い意思。魔物を倒すごとに獲得する大量の経験値。そして、生きているだけで上昇していくレベル。
エリックは空っぽだった。スキルを持たない能無しで、魔法も使えない無能で、いくら頑張っても兄たちには勉強も運動も遠く及ばなかった。
そんなエリックはさらに空っぽになる。魔力と生命力が尽き、その一瞬心臓が止まりかける。
だが、止まらない。エリックは止まりそうになった心臓に叩き起こすように自分の胸を思い切り拳で殴りつける。止まりかけた心臓が再び動き出す。
その一瞬、エリックは死んだ母親の顔を見た。その顔はどこか不安そうだった。
エリックは笑みを浮かべる。大丈夫だよ、と言うように。母を安心させるように笑って見せた。
「ごめんね、母さま。まだ、いけないみたいだ」
エリックは少し寂し気につぶやき、それから大きく息を吸い込みそれを思い切り吐き出しながら叫んだ。
「全部持ってけ!」
エリックは魔力や生命力だけでなく、獲得し続けている経験値どころか今まで獲得した経験値もすべてミスリルスコップに注ぎ込む。それを受けたスコップはさらに激しい光を放つ。
何度も言う。成長とは直線的ではない。曲線を描いて急激に成長するものである。
エリックはすべてを捧げる。その時、変化が起こった。
「ぐぅっ!?」
なぜか注ぎ込んでいたものがエリックに逆流し始めたのだ。
しかもただ逆流するわけではなかった。注ぎ込んだ物が何倍にも増幅されて戻って来たのである。
おそらくミスリルスコップの吸収できる許容量を超えたのだろう。その吸収できなかった力がミスリルの性質で増幅されエリックに戻って来たのである。
エリックの魔力と体力が回復する。それどころか急上昇していく。もちろんレベルも与えた経験値の数倍が戻って来た影響で急上昇していった。
エリックの能力が普通ではありえない速さで上昇していく。ジャーナルを確認することができず正確な数値は確認できないが、とにかく人間の域を超えていく。
空っぽの中身が満たされていく。満たされ、到達する。
エリックはスコップを両手で握り大きく横に振りかぶる。それだけで魔物の大群はまばゆい光に飲み込まれ、それどころか魔物があふれ出て来た黒の森さえも飲み込んでいった。
何もかもが光に包まれ、消え去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます