第12話 襲来

 エリックは穴を掘っていた。


「よし、次はあっちだ」

「はい!」


 エリックはミスリルスコップで穴を掘り進める。もちろんただ掘っているわけではない。


 メタルリザードの襲撃から二日が経過していた。その間、エリックは自分に何ができるかを考えていた。


 自分は戦闘には向かない。スキルを持っていないし魔法も使えない。得意なことと言ったら穴を掘ることぐらいだ。


 ならば掘ろう。エリックはそう決意した。穴を掘って空堀を作れば迫りくる魔物の足止めぐらいはできるだろうと考えたのだ。


 事実、メタルリザードの足止めにはある程度成功している。その実績をもとにエリックは司令官であるシャーロットと相談して堀の建造を開始したのである。


 ただし普通の堀では意味がない。全長20メートルクラスの大型の魔物を相手にする場合もあるのだ。幅も深さもそれなりになくては使い物にならないだろう。


 それにただ掘るだけでは自分たちにも不利になる。モンスターの足止めをすると同時に自分たちが有利になるように位置を調整しなくてはならない。


 エリックはシャーロットの指示で掘り進めていく。彼女とその部下が制作した図面通りに堀が互い違いになるように掘っていく。


「なんだろう。体がすごく軽い」


 エリックは朝からずっと穴を掘っていた。もうすでに太陽が一番高いところにまで達しているというのに、まだまだ体力には余裕があった。


 一度に掘れる量も増しているようだった。今ではスコップの一振りで二階建ての家がすっぽり入りそうな大穴を開けることができるようになっていた。


 成長している。ただし戦闘方面にではなく土木工事方面にである。だが、それでもエリックは嬉しかった。役に立っているのだと実感することができて本当に心の底から嬉しかった。


「よし、終了だ」


 太陽が西に沈み始めた頃、シャーロット達が計画していた堀の建造が終了した。何重にも折り重なった複雑な堀をエリックはたった一日で掘り上げてしまったのだ。


「これでスキル無しとは。末恐ろしいことだ……」


 シャーロットは感心し、同時に少しだけ怖くなっていた。明らかにエリックの成長スピードが異常だったからだ。


 少し前までひ弱で気弱で得意なことなど何もない少年だったはずなのに、今では貴重な労働力で戦力だ。


 一日の仕事を終えて砦に戻ったエリックを純太郎が出迎える。その表情はどこか疲れているというか、なんだか不安そうだ。


「お疲れさん」

「はい。ジュンさんもお疲れ様です」

「ああ、そうだな。疲れたよ……」


 はあ、と純太郎はため息をつく。そんなため息をつく純太郎の姿にはいつもの明るさがあまりなかった。


「料理はあんまり得意じゃないってのに……」

「仕方ないですよ。命令ですから」


 純太郎は兵士たちと共に警備の任務を終えた後、夕食の準備に取り掛かっていた。シャーロットの命令に従い料理をしていたのだ。


 正直、純太郎はそれほど料理が得意というわけではない。体を作るために栄養の勉強はしたことがあり、たんぱく質を多くとれや脂質や糖質は少なめになどの知識はあるものの、それほど料理にこだわったことはない。


 そんな純太郎にシャーロットは異世界の料理を作れと命令した。それに従い料理をしてみたのだが、はっきり言っていろいろと足りていないのが現状である。


 まずしょうゆがない。味噌もない。みりんも酒もない。砂糖は貴重品で量が少なく、塩はあるもののコショウなどの香辛料はそれほどないが、ニンニクやしょうがなどはたくさんあった。野菜も保存のきくジャガイモや玉ねぎばかりで、他の野菜と言えば塩漬けにしたキャベツぐらいのものだった。


 明らかに素材が不足している。それでも料理を作れというのだから無茶な話である。


 そんな状況でもどうにかしようと純太郎は頑張った。幸いなことにメタルリザードの肉は鶏肉に近く、そのおかげでいくつか料理を思いつきそれを作ってみた。これが未知の味や食感の肉だったらもっと難しかっただろう。


「とりあえずニンニク塩からあげとガーリックソテー、あとを野菜スープを作ってみた。まあ、味は勘弁してほしい」


 はっきり言って自信がない。思いついた料理を作っては見たものの純太郎は料理の素人だ。王族であるエリックやシャーロットは豪華な食事になれているだろうし、兵士たちの味覚にも合わないかもしれない。


 という不安を抱えながらの夕食となった。が、その不安は杞憂だった。


 ニンニクやハーブの食欲をそそるいい香りが食堂に漂っている。それをかいだだけでエリックのお腹がグーッと鳴った。


 エリックは王族だが他の者たちと混じって食堂で食事をとる。食器も他の者たちと同じ木の皿に木製の食器である。


 エリックは他の者たちと同様にトレイを持って列に並ぶ。順番が来るとそのトレイに料理が盛られた皿が置かれる。


 エリックは料理を見てゴクリとツバを飲み、すぐに食べたくなる衝動を抑えながら純太朗の待つ席へと向かった。


 純太朗はテーブル席で待っていた。その前には料理はなかった。どうらやすでに食事は済ませているようだ。


「やっぱり全体的に茶色いよなぁ。どうにか改善しないと」


 自分の向かいの席についたエリックのトレイを見て純太朗はあれこれと考える。メタルリザードのソテーに塩からあげに付け合わせのマッシュポテトとキャベツの塩漬け、肉とジャガイモと人参などの野菜が入ってスープに黒パン。明らかにビタミンや食物繊維が足りていなうえに脂質と塩分が多い。


 健康に良くはないだろう。しかし補おうにも食材がない。バランスのとれた食事を、と考え始めていた純太朗はふと気がつく。


 自分は料理人じゃない。そもそも兵士たちの栄養管理は自分の仕事ではない。ならそんなことを考え必要ないのでは、と気がついたのだ。

 

 ただ、やはり美味しいと言ってもらうのは嬉しいものである。


「美味しいです!」

「そっか、そいつはよかった」


 笑顔で食事をしているエリックを眺めながら、純太朗はこう言うのもいいかな、と思った。


 平和な時間。つかの間の平穏。


 だがそれは本当につかの間たった。


 砦に緊急を報せる鐘の音が響く。


「ドラゴンだ! ドラゴンが空に!」 


 その場にいた全員が食事を中断して臨戦態勢に入る。エリックと純太郎もその中に混じり状況を確認するために城壁の上へと向かった。


「あれが、ドラゴンか……」


 武器を手にエリックと純太郎は城壁に上がり、砦の周囲に広がる平原の上空にいるドラゴンを確認する。


 そのドラゴンは羽毛の生えた白銀のドラゴンだった。銀色の羽毛が月光を反射し淡く輝くその姿は現実とは思えないほど幻想的で美しかった。


 ドラゴンを目にした全員がその姿に見とれていた。そんな者たちの頭の中に声が響く。


「人間どもよ。我はアルデバラン。白銀星アルデバランである」


 声を聞いた全員が驚き困惑する。一体誰だと周囲を見渡し、まさかと思って上空を旋回しているドラゴンに目を向けた。


「人間どもよ。速やかに異世界人を渡せ。さすれば危害を加えるつもりはない」


 異世界人。その言葉を聞いたエリックは真っ先に純太郎を見た。


「我の目的は異世界人である。大人しくこちらに渡すのだ」


 エリックは純太郎の横顔を見上げている。純太郎は真っ直ぐ上空を舞うドラゴンに目を向けていた。


「ジュンさん」

「何も言うな」


 行くな、とエリックは言いたかった。純太郎が何を考えているのかわかるからだ

 純太郎は自分の身を捧げようとしている。要求を飲み、ドラゴンの元へ行こうと考えているのだとエリックは察した。


 そんなのは嫌だ、とエリックは思った。だから彼はドラゴンに問いかけた。


「ど、どうして異世界人を探しているんですか! 理由を教えてください!」


 その問いかけに応えるようにドラゴンの声が頭の中に響く。


「世界の歪みを正すための生贄となってもらう」

「世界の、歪み?」


 アルデバランと名乗るドラゴンの言葉を理解できた者はそこにはいなかった。だが、生贄という言葉だけは理解することができた。


「その世界の歪みってのはなんだ? 俺が生贄になればどうにかできるのか?」

「いいや。お前程度の命で解消できるものではない。そもそもは貴様ら人間の招いたものだ。その報いを受けるのは当たり前のことである」


 世界の歪み。それがなんなのかをアルデバランは説明する。


「人間どもが行う異世界召喚は世界の壁に無理矢理穴を開けるものである。その歪みが世界に災いをもたらす」

「それをどうにかしようってのか?」

「いいや。我には人間どものことなどどうでもよい。我は我の平穏のみにしか興味がない」

「つまり、俺はお前のために生贄になるってことだな?」

「そうだ」


 純太郎は大きなため息をつく。


「俺がお前のところにいったらみんなには危害を加えないんだな?」

「約束しよう」

「で、俺がお前のところに行けばみんなは助かるんだな?」

「否である。災いは人間どもが招いたものだ。どうなろうと知ったことではない」

「なるほどねぇ……」


 純太郎は頭をかくとふっと笑みをこぼした。


「じゃあ断る。お前のところになんて行かねえ」

「ジュンさん!」


 不安そうだったエリックの表情が明るくなる。だが、まだ何も解決していない。


「拒否すると?」

「ああ、そうだ」

「では、力づくでいかせてもらうとしよう」


 アルデバランが吠える。白銀のブレスを空に向けて吹き上げる。


 その時だ。エリックが声を上げたのは。


「ボクが、ボクがなんとかします!」


 エリックは夜空を舞うアルデバランに向けて力いっぱい声を張り上げた。


「ボクがその歪みをなんとかします! だから、ジュンさんを連れて行かないでください!」

「エリック、お前……」


 純太郎はアルデバランを真っ直ぐ見上げるエリックを見つめる。その瞳は息子の成長を喜ぶ父親のようだった。


「よく言った、我が弟よ」


 エリックと純太郎は後ろを振り返る。そこには満足そうな顔で腕組みをしたシャーロットがいた。


「ドラゴンよ! お前の脅しに屈するつもりはない!」

「うむ、そうか。ならば勝手にするがよい」


 ドラゴンはどういうわけかあっさりと引き下がった。


 いや、引き下がったように見えた。


「小僧、お前は己でどうにかすると言ったな?」


 エリックはごくりと息を飲む。


「歪みはあらゆる形で現れる。しのいでみせよ、人間」


 ドラゴンが吠える。その声が夜を震わせる。


 そして、しばらくするとそれを合図にでもしたかのように地響きが聞こえ始めた。


「万魔夜行である」


 地響きと共に黒の森が激しくざわめき始めた。

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