第11話 それぞれの夜

 聖武具のひとつが戻って来たと報告を受けた国王は、ひとつ息をつくと報告に来た部下を下がらせ一人物思いにふけり始める。


「聖弓か。順当だな」


 聖武具が戻ってきた。聖武具は持ち主が死ぬと自動的に城へ戻ってくる魔法が掛けられている。


 と言うことは持ち主が死んだと言うことだ。


 聖弓の持ち主は鶴浜充だ。その聖弓が戻って来たと言うことは充が死んだと言うことだ。


 しかし王はまったく動じない。それどころか呆れてさえいた。


「ひと月程度で死ぬとは軟弱な異世界人だ」


 国王はふうっと小さく息をつく。そして充について考えるのをやめる。


「リオンは王の器ではない。これでよかったのだ」


 第三王子であるリオンが王位継承争いから脱落した。


 残るは二人。国王は二人の王子のことを考えため息をつく。


「シャーロットが男ならばな……」


 アインデイル王国の王子は4人。その誰も王のスキルを持ってはいない。持っているのは王女であるシャーロットなのだが、女は王位につくことができないのかまこの国の決まりだ。


 だからこの異世界人による代理争奪戦を考え出した。王子たちを危険な目に合わせず問題を解決するためにである。


 そして約一ヶ月で最初の脱落者が出た。この調子だと残り2人もどうなるかわからない。


「この間にシャーロットが死ねばどうにかなるかもしれんのだが」


 国王はブツブツと独り言を続ける。その顔は無表情で、その顔には父親らしい優しさやあたたかみが欠片も見当たらない。


「厄介者をまとめて黒の森に送った。運良く死んでくれればよし。そうでなけれは次の手を考えよう」


 冷酷である。娘には対する父親の言動ではない。


 それは王の態度だ。国のことを第一に考え、国のためなら我が子をも捨てる残酷な為政者の態度である。


「あれが死ねば女を国王にしろなどという馬鹿な奴らを黙らせることができる。そうすれば、残り二人のどちらかを王に……」


 さてどちらがふさわしいか、と国王は考える。


 正直、どちらも相応しくない。アルフレットは粗野で浅慮で頭が足りず、ジェイドは頭は切れるが他人を見下し馬鹿にする態度を隠しもしない。どちらにも欠点があり、それを改善できない限りは王の座に座らせることはできない。


「何よりも秩序を。秩序がなければ国は成り立たん」


 掟は守らねばならない。伝統を継承し、歴史を重んじ、それを軽んじる者は排除しなくてはならない。


 秩序が平和をもたらす。アインデルン王国国王ロイエンはそう信じている。


 例外はない。いくら優秀でも女であるシャーロットを王にするわけにはいかない。それは伝統と秩序に反する。


 そして無能はいらない。馬鹿が国を腐らせる。能力に劣る者など王家の人間には必要ない。


 シャーロットとエリックを排除する。そうすれば女を王にしろという者たちはいなくなり、王家の恥をこれ以上晒すこともなくなる。


 すべては国のため。この国の平和と安定のため。それを乱すものは消し去らなければならない。


 秩序を乱すものなどあってはならない。


 国王は考える。秩序を保つにはどうすればよいかを一人じっくりと思案する。


 そんな国王のところに急報が舞い込む。


「陛下! いらっしゃいますでしょうか! お伝えしたいことが!」


 執務室に飛び込んで来た者が国王にあることを告げる。


「ドラゴンが! ドラゴンが西の国境付近に現れました!」


 それは国の一大事だった。魔物の中でも最強種であるドラゴンが現れたのだ。


「詳しい状況を」

「は、はい。現在、西の国境付近で観測されたドラゴンはそのまま南の方角へ飛行しています」

「南か……」


 国王は机の上に地図を広げる。


 国の南。そこには魔物が跋扈する黒い森がある。


「……引き続き監視を続けろ。ただし、こちらに被害が出ないかぎり手を出すな」

「はっ! 承知いたしました!」


 国王は伝令に来た男を下がらせると静かに地図を眺める。


「運命はお前の死を望んでいるようだな、シャーロットよ」


 国王は静かにそう言うと地図を片付け、通常の業務に戻るのだった。


 一方、別の場所では第三王子であるリオンが荒れに荒れていた。


「クソッ! だから別の奴がよかったんだ! 勝手に死にやがって役立たずが!」


 聖弓が戻って来たという報せを受けたリオンは最初は現実を受け入れられなかった。自分が王位争奪戦に負けたのだと言うことが認められなかった。

 

 だが、すべて現実だと知るとリオンは暴れ始めた。部屋にある物を手当たり次第に壁に投げつけ、机を蹴り倒し、剣でベッドや椅子を斬りつけた。


「なんで俺が、俺があんな馬鹿兄貴どもに負けなきゃならないんだ!」


 リオンは大声を上げて叫ぶ。そして、一通り叫び終わると少しだけ落ち着いたのか荒い息をしながらも暴れるのを止めた。


 しかし怒りはまだ治まっていない。リオンは爪を噛みながら何やらブツブツと独り言を話しはじめた。


「認めない。絶対に認めないぞ」


 リオンは爪を噛みちぎる。親指から血が滲み出る。


「……そうだ。まだいるじゃないか」


 リオンはニヤリと笑う。その笑顔は悪魔のようだった。


「あの無能のところにいるじゃないか。あいつを使えばいい」


 まだ終わっていない。リオンはそう思った。


「終わりじゃない。まだ終わってない。まだ、まだ、まだ――」


 リオンは計画を立てる。純太郎を下僕にして自分が王になる計画を。


「おい! 誰かいないのか! さっさと来い!」


 終わっている。すでに国王の中ではリオンは王位継承者ではなくなっている。

 

 だがリオンはまだ諦めていなかった。諦めようとしなかった。


「どいつもこいつも役立たずが! 来いと言ったらさっさと来い!」


 リオンは諦めていない。けれど、その声は誰にも届かない。


「どうして誰も来ないんだ! ふざけやがって! 俺を誰だと――」


 城にリオンの声が虚しく響き渡る。


 もう誰もリオンを助けようという人間はいなかった。


 そして同じ頃、黒の森の近くの砦でエリックが一人悩んでいた。


「母さま、ボクは、どうしたらいいんでしょうか……」


 エリックは砦を取り囲む城壁の上に座り込んで満天の星空を見上げるながら母を思い出す。八歳の頃に亡くなった優しい母親に思いをはせる。


 生まれてからの鑑定でスキル無しの判定を受けたエリックを見捨てず、周囲から心ない言葉を投げつけられるエリックを励まし、父や兄弟たちに見放されてもエリックを勇気づけようとした母親。


 そんなエリックの母は言っていた。頑張ればきっと認めてくれる人が現れると。


 エリックはその言葉を信じてここまで来た。諦めず前を向いて、必死に頑張ろうとしてきた。


 けれどどうにもならなかった。何をしてもスキルは目覚めず、魔法もまったく使えず、勉学でも運動でも兄たちに敵わなかった。


 自分には価値がない。エリックはそう思った。母が死んでからはより強くそう感じるようになった。


 でもいつか、いつかは。そんな想いがずっと心の中にある。捨てられない小さな希望が心に張り付いていた。


 そんなエリックも諦めそうになっていた。自分が王位継承争いに選ばれなかったことでもう終わりだと思った。


 誰も認めてくれない。父も周りの人たちも自分を見てくれない。そう絶望しすべてを投げ出してしまいそうになっていた。


 そんな時だ。エリックは純太郎に出会った。そして、純太郎のおかげで見違えるほどに強くなった。


 けれど、それも無駄だ。父はエリックを本当の意味で捨てたのだ。黒の森に送り込み、あわよくば死んでくれとそう願っているのだ。


 家族。頑張れば家族として迎え入れてくれるとエリックは思っていた。しかし、もう無理なのだろう。


 エリックは立ち上がり城壁の淵に立ち下をのぞき込む。


 ここから飛び降りれば、とエリックは思った。そうすれば大好きな母の元に行けるかもしれないとそう思った。


 その時だった。


「キレイだな、星」


 エリックはハッとして後ろを振り返ると、そこには空を見上げる純太郎の姿が月明かりではっきりと見えた。


「オリオン座は……。あるわけないか。異世界だもんな」


 そう言って純太郎は笑った。そんな純太郎を見てエリックはバツが悪そうに下を向く。


「何しに来たんですか?」

「星を見に来たんだよ。お前と同じだ」

「……わかってるくせに」


 エリックはうつむいたまま唇をかむ。そんなエリックの様子を見て純太郎は優しい笑顔を浮かべる。


「ここから飛び降りても死ねないと思うぞ」

「どうして、ですか?」

「いや、レベル200超えてんだよ? この程度で死ねるわけないでしょ」

「……確かに」


 その通り。純太郎の言う通りだ。高さ20メートル程度の城壁から飛び降りたところで死ぬことができないぐらいにエリックの肉体強度は上がっている。


「そう簡単に死ねない体になってんのよ、俺たちは」


 そう言うと純太郎はその場に座り込むと自分の横をポンポンと手で叩く。


「座れよ」


 エリックは純太郎に促されて彼の隣に腰を下ろす。


「イヤでもホント、強くなってんだよな、俺たち」


 純太郎はそう言いながら自分の右ひざを撫でる。


「俺さ、あっちの世界で野球やってたんだよ」


 エリックは興味深げに純太郎の顔を見る。


「それなりに上手かったんだ。足も速かったしな」


 純太郎は自分の過去を語る。


「プロになろうと思ってたんだ。野球で生活していこうって考えてだ」


 純太郎は星空を見上げる。その横顔は少し寂しそうだった。


「事故で膝をケガしてな。野球ができなくなった」


 そう言いながら純太郎は右ひざをさする。


「絶望したよ。ずっとプロを夢見てきて、生活を全部費やしてきたんだ。それがダメになった。まあ、今思えばやり方はいくらでもあったような気もするけどな」


 そう言って純太郎は苦笑いを浮かべる。


「死のうかとも考えた。でも、死ねなかった。野球を失って心も体もボロボロなのに、生きたいと思ったんだ」


 そう言って純太郎は笑う。今は吹っ切れているのか、それとも笑って無理矢理明るくしようとしているのかはわからないが、純太郎は笑っていた。


「まだ終わりじゃないのに、終わった気になってた。今のエリックみたいにな」

「それは……」


 エリックは不貞腐れたように顔をしかめる。純太郎はそんなエリックの頭を撫でる。


「これじゃダメだって思ったんだよ。負けたままじゃダメだってな」


 負け。純太郎の夢は破れた。しかも野球で敗れたわけではなく関係のない事故でダメになった。


 野球で負けるならまだ納得できる。実力が足りずプロになれなかったと言うのならそれは仕方がないことだ。


 けれどそうではない。別の理由で夢が絶たれた。だから納得できず純太郎は落ち込み、心が荒れて自暴自棄になりかけた。


「俺の入ってたクラブの監督が変な人でな。なんというか、身も蓋もない人で、容赦がない人だったんだよ」


 純太郎は楽しそうだった。昔のことを思い出しているのだろう。


「その監督が言ってたんだ。この世界は理不尽でどうしようもなく不公平だ。納得できないことも起きるし、どこにぶつけていいのかわからない怒りもわいてくることもある。それが世の中なんだって」

「それは確かに容赦がないというか」

「だろ? でもその通りなんだよ。この世は理不尽で不公平で、どうしようもない。そして非情なんだ」


 非情。どんなに頑張っても報われないということもある。逆に何の努力もしていないのに成功する人間もいる。


「勝利者効果ってのがある」

「勝利者、効果?」


 純太郎は自分の手のひらを眺める。そこに何かあるようにじっと見つめながら語る。


「簡単な話だ。勝った人間は勝ち続けて負けた人間は負け続ける」

「そんなことは」

「あるのさ。それが」


 これではいけないと思った純太郎はいろいろなことを調べた。負けそうになっている自分を奮い立たせるため、やる気を呼び起こすためにいろいろなことを学んだ。


 その時知ったのが『勝利者効果』だった。


「前にも説明しただろ。勝つとテストステロンてのが出るって」

「はい、聞きました。テストステロンが出るとやる気が出るんですよね?」

「そうだ。勝つとやる気が出る。そうするとさらに強くなろうと努力する。そして、次の戦いにも勝ってまたやる気が出て努力する。これが勝利のスパイラルだ」


 勝った者が次も勝つ。そしてその次も勝ち、その次も勝ち、勝ち続けることで自信を得てさらに強くなる。そして勝者は勝者であり続ける。


「その逆もある。負けることでやる気をなくして次も負ける。そうなるとさらにやる気が失われて次も負ける。そうやって負け続けることで自信を無くしてさらに負け続ける。これが敗北のスパイラルだ」


 純太郎の言葉を聞いたエリックはハッとする。まさに自分のことではないのかと。


 能無し、出来損ない、恥さらし。そう言われ続けることで自分に自信を無くし、どんなに頑張っても心のどこかで自分が敗者だと感じていた。負けたままではいたくないと思いながら、周りを見返してやりたいと願いながら、どこかでそれを諦めて自分は敗者であると納得してしまっていた。


 敗北のスパイラル。自分はそれに陥っていたのだとエリックは悟った。そして、今は違うのだとも感じた。


「やる気を出すにはどんな小さな勝ちでも構わない。とにかく小さな小さな勝ちを積み重ねて自分が勝者だと、勝っているんだという自信を築き上げる。それが大事なんだ」


 そう言うと純太郎は立ち上がりエリックに手を差し伸べる。


 エリックはその手を取る。純太郎の手を握り彼に引き上げられながら自分の足で立ち上がった。


「今、エリックはすべてを投げ出そうとした自分に勝った」

「勝ち勝ちの、勝ちですね」

「なんだそれ?」

「じ、自分で言ったことじゃないですか!」


 恥ずかしそうに顔を赤らめるエリックを見て純太郎は声をあげて笑う。そんな純太郎を睨んでいたエリックだったが、彼も純太郎につられて笑い始めた。


 二人の笑い声が夜空に響く。


「そういえば、あの、膝は大丈夫なんですか?」

「ん? ああ、レベルが上がったおかげかな。痛くもかゆくもない」

「そうですか。よかった」


 エリックは安心したように微笑む。そんなエリックの肩をポンと叩き純太郎も笑顔を浮かべた。


 月明かりが二人を明るく照らしている。二人を優しく見守るように照らしていた。

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