第10話 王命
肉を焼くいい匂いが砦内を満たしていく。
「うめえ。塩をふっただけなのに」
「臭みもないし、適度な噛み応えもあって美味しいです!」
夜。一仕事終えた兵士たちはメタルリザードの肉で宴会を開き、その中にエリックと純太郎も混じっていた。
宴会と言ってもバカ騒ぎをしているわけではない。節度を守って羽目を外しすぎないように注意しながらである。なにせ、シャーロットの目が光っているのだから。
「しっかし、到着早々大変だった」
「はい。まさか100体以上の群れだったなんて」
積み上げられた大量のメタルリザードの素材に二人は目を向ける。倉庫に収まり切らない皮や牙、骨なども武器や防具の素材となる物が山となっている。
もちろん肉もある。数日分の肉を残し、他は塩漬けやハーブ漬け、干し肉などに回される。一度に食べきるにはさすがに量が多いのだ。
それだけの数のメタルリザードが押し寄せて来た。エリックと純太郎はメタルリザードの肉を味わいながらもなんだか嫌な予感を覚えていた。
そして、その予感は的中する。
「お前たち。それを食い終わったら私の部屋に来い」
広場で兵士たちに混ざって食事をしていた二人のところにシャーロットがやってきてそう告げると彼女は部屋に戻っていった。二人はその背中が見えなくなると大きなため息をつき、残りの肉を食べ終えるとすぐにシャーロットの部屋に向かった。
「失礼します」
「入れ」
エリックはノックをしてからシャーロットの執務室の扉を開けると部屋に入り、その後ろに純太郎が続く。そして二人はシャーロットに促され彼女が座っているデスクの前まで行くと、シャーロットは二人の顔を鋭く睨んだ。
「美味かったか?」
「は、はい」
「大変美味しゅうございました」
「そうか。おい、異世界人」
「な、なんでございましょうか?」
シャーロットは純太郎の顔をじっと見つめる。
「他国の者から聞いたが、異世界人は料理が上手いと聞く。トカゲ肉の美味い調理法を考えろ」
「え、あ、いや」
「返事は?」
「はい、了解しました」
拒否権はない。純太郎は、はい、と答えるしかなかった。
「さて、それはいいとして。お前たちを呼んだのはこれからのことを伝えるためだ」
何だろう、とエリックと純太郎は顔を見合わせる。
「お前たちには黙っていたが、私は国王陛下から命令を受けている」
嫌な予感がする。二人はごくりと息を飲み身構える。
「まずそれを説明する前にどうして私に同行するよう国王が命じたのか、その理由をお前たちは理解しているか?」
そう言えば、と二人は今頃になって気が付く。最初の頃はなぜだと疑っていたが、出発の準備や移動のあわただしさの中ですっかり忘れてしまっていた。
「私も直接本人に確かめたわけではない。だが、あの人の考えることは大体わかる」
そう言うとシャーロットは大きなため息をつき、それから二人に嫌な現実を突きつけた。
「これから我々は黒の森の調査に赴くことになっている」
「調査? 魔物の討伐だけのはずじゃ……」
「この砦にいる全員でか?」
「いいや。警戒監視の任務もある。私が選抜した者たちで行く予定だ。もちろんお前たちも含まれている」
「おいおい、無茶言ってくれるね……」
今日だけでも大変だったというのに、と純太朗はげんなりする。
「でも、それだと大した人数にはならないんじゃないですか?」
「そうだ。せいぜい、20人程度だ」
「そんな……」
シャーロットは忌々し気に顔をしかめギリッと奥歯を噛みしめる。
「厄介払いしたいのさ。あの人は、私たちを」
エリックと純太郎は言葉を失う。
「私は生まれながらにしてスキルを五つ所持していた。その中に『騎士王』というスキルがある」
「王の名を持つ、スキル……」
「エリック、お前にはその意味が分かるな?」
「はい。王の名を持つ者が王となる。それがこの国の掟です」
「そうだ。その通りだ」
エリック達の世界には様々なスキルが存在している。その中には国や地域、大陸や世界に一人だけしか持っていないとされている珍しい物もある。
その一つが『王』の名を持つスキルである。王の名を持つスキルを持つ者は王者としての力を与えられ、アインデイル王国でも歴代の王は王のスキルを所持していた。
その王のスキルをシャーロットは所持している。しかし、シャーロットは女性だ。
「女は王にはなれん。それがこの国の掟だ」
「だから功績をあげて周りを黙らせると、姉さまは」
「認めると思うか? 頭の固い馬鹿どもが」
馬鹿どもとはこの国の王や貴族たちのことだろう。
「私がいくら手柄を立てようと奴らは私を認めないだろう。いくら優秀でも女である限りはな」
「馬鹿馬鹿しい」
「そうだ、馬鹿馬鹿しい話だよ、異世界人」
純太郎の生まれた世界には女王が存在していたし、歴史上には何人もの女性が王の座に君臨していた。それに純太郎が生きていた時代にはトップが女性という国がいくつもあった。
だが、ここは異世界。純太郎の世界の常識が通じるわけではない。
「私は女だ。王にはなれない。だから死んでほしいのさ」
「そんな無茶苦茶な!」
「それほど鬱陶しいのさ、王にとって私という存在は」
ひどい話である。シャーロットは自分が王になるためとはいえこの国に貢献してきたことは事実だ。それが認められず、さらには厄介者として扱われるなどあっていいわけがない。
「そして、私と同じぐらいお前たちも鬱陶しがられている」
「ボク達も……」
「あー、まあ、処分されそうになったしな」
エリックはうつむき拳を震わせ、純太郎は苦笑しながら頭をかく。
「エリックは王族でありながらスキルをひとつも持たずに生まれた。さらには魔法の才もなかった。特段頭がいいわけでもなく、武芸に秀でているわけでもない」
「無能の、出来損ない、ですね……」
「そうだ。無能の出来損ないの王家の恥。王や周りの者たちはお前をそう認識している」
「で、俺は招かれざる客の余り物」
「そうだ。理解が早くて助かるよ、異世界人」
「その異世界人ってのやめてくれるか? ちゃんと名前があるんだ。純太郎っていう」
「ふん、生意気な。名前を呼ばれたかったらもっと手柄を立てろ」
「言ってくれますねぇ」
純太郎とシャーロットは互いの目を見つめ合いながらニヤリと笑い合う。
「とにかくだ。私たちは王や周囲の者たちにとって目の上のタンコブ、不用品のしゃべる生ごみというわけだ」
「その三人を黒の森に放り込んであわよくば処分してやろうと」
「ああ。腹の立つ話だ」
シャーロットは怒りの籠った目で遠くを見つめる。その視線は遥か遠くにいる国王や王都に暮らす貴族たちに向けられているようだった。
「だが、奴らの思い通りにはならん。私には夢があるからな」
夢。そう言うとシャーロットはデスクの上に地図を広げて二人に見せた。
「これは過去の調査で判明した黒の森の地図だ。あまり詳しい物ではないがな」
三人はデスクに広げた地図に視線を落とす。
「エリック、メタルリザードは何を食べる?」
「えっと、基本的には肉食で、肉の他には金属を食べます」
「そうだ。黒の森には100体のメタルリザードが暮らしていけるだけの肉と金属が存在している」
「なるほど。あんたはそれを狙ってるわけか」
鉄を手に入れる。もしかしたらそれ以外にも黒の森には豊富な資源が眠っているかもしれない。シャーロットはそれが狙いなのだろうと純太郎は考えた。
だが、そんな純太郎の考えよりもシャーロットの計画は大きなものだった。
「いいや、それだけではない。私はこの森を切り開き、国を作ろうと考えている」
エリックと純太郎は地図から顔を上げて驚いた表情でシャーロットの顔を見た。
「いずれはと考えてはいたが、今回の命令を言い渡されてほとほとこの国に愛想が尽きた」
「だから自分の国を作って王になろうと?」
「そうだ。面白そうだろう?」
シャーロットは笑う。その笑顔は本当に楽しそうで生き生きとしている。
「私は以前にも何度かこの地を訪れたことがある。その際に水源や地質の調査も行った。その結果、この地はとても豊かで気候も穏やかで農地には最適らしい」
豊かな土地。水資源もあり、土壌は肥沃。森の中には金属資源も眠っている可能性があり、木材などの資源も豊富にある。ただし、ここには凶暴な魔物が多数生息している。その魔物たちのおかげで黒の森周辺には集落はない。あまりにも危険で人が住めないのだ。
そんな場所を開墾して国を作るとシャーロットは言っている。はっきり言って無謀だ。
「この計画のために私は様々な者たちに声をかけた。お前たちが武器を手に入れたあの武器屋の主人もその一人だ」
なるほど、そういう繋がりか。とエリックと純太郎は納得する。ということはいずれドルガンもここに来る予定だということだろう。
だがそれはこの場所に人が住めるようになることが前提だ。
「この地に豊かな国を作る。それが私の夢であり目標であり野望だ」
「なんでそんな無茶なことするんだよ? あんたならよその国に亡命でもして、そこで暮らせばいい。あんたの実力ならどこの国に言っても問題なく生きていけるはずだろ」
「ああ、そうだろうな」
「だったら」
「それのどこが面白いんだ?」
ダメだこりゃ、と純太郎は頭を抱える。このシャーロットという王女様はイカレているらしい。
「さてお前たちにはこれから私の手足としてたっぷりと働いてもらう」
「拒否権は?」
「ない」
「だろうねぇ……」
純太郎は大きなため息をつき頭をガシガシとかくと諦めたような笑みを浮かべてシャーロットに言った。
「せいぜい足手まといにならないように頑張らせていただきますよ」
「ああ、そうしてくれ。エリック、お前は?」
「ボクは……」
エリックは言葉を詰まらせる。シャーロットの言葉が頭の中でまとめられず、すぐに言葉が出てこなかった。
「すぐに答えを出せとは言わん。だが、ひとつ覚悟してもらいたいことはある」
シャーロットの表情が引き締まり、そんな彼女は地図を指さしてこういった。
「今までの調査で鉱山や鉱脈は見つかっていない。つまりメタルリザードは我々がまだ調査していない森の奥に生息していると言うことになる」
シャーロットはそう言うと地図の黒塗りの部分を指し示す。
「その森の奥に棲むメタルリザードがなぜ森の外に出て来た? しかも群れをなして」
「確かに……」
エリックと純太郎も真剣なまなざしで地図を眺める。
「森で何かが起こっている。メタルリザードたちが、森から出なくてはならない何か……」
異変が起こっている。黒の森に何かが。
「魔物の氾濫の前兆かもしれん」
「
「なんだよそのヤバそうなやつは」
万魔行。その名の通り万に届くほどの魔物の大群が押し寄せてくる現象である。原因は不明であり、いつどのタイミングで発生するのかもわからない。
「以前に発生したのは100年ほど前だ。記録によるとその時は旧王都にまで魔物が押し寄せて来たらしい」
「そのせいで都を別の場所に移さなくてはならなくなったという話です」
「無茶苦茶ヤバいじゃねえか……」
危険すぎる。もしそれが発生したら手の打ちようがない。
「どうすんだよ、そんなことが起こったら」
「まあ、死ぬしかないだろうな」
「そんな簡単に言うなよ……」
確かに死ぬしかないだろう。けれど、死にたくはない。
「それは私も同じだ。そう簡単に死んでたまるか」
シャーロットの力強い言葉に勇気づけられた純太郎はニヤリと笑みをこぼしこう言った。
「そうだな。簡単になんて死んでやらねえってんだよ」
決意を固めた純太郎。シャーロットはとっくの昔に覚悟はできていた。そんな二人に対してエリックはまだ迷いがあるようだった。
「ボクは、父さまに……」
父親である国王に自分の死を望まれている。それは完全に親に捨てられたということだ。
頑張ればいつか認められるかもしれない。無能な自分を変えることができれば父さまや兄たちに家族として迎え入れてくれるかもしれない。そんなエリックの淡い期待は完全に打ち砕かれてしまった。
エリックは拳を握る。涙があふれてきそうになるのを必死でこらえながらエリックは唇をかんでいた。
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