第9話 初陣
食料を調達しに森のほうへと歩いていたエリックと純太郎に危機が迫っていた。
「なんだ、この音?」
ガシャガシャと金属がこすれる様な耳障りな音が聞こえてくる。それも一つや二つではない。
二人は音の聞こえてくる方向に目を向ける。そして、そこに赤褐色の集団を見た。
「あ、あれは……!?」
砦から歩いて一時間程度の場所に二人は立っている。砦の周囲は魔物が現れてもすぐに気が付けるように整備されており、砦から森の間には起伏の少ない平坦な草原が広がっている。その草原にはいくつかの小さな石造りの見張り塔が置かれており、その砦を目印に魔物たちの大体の位置と砦までの当着時間を測ることができるようになっている。
二人がいる位置は砦から歩いて一つ目の見張り塔の近くである。音が聞こえる方角は森に入るにはまだ歩いて二時間程度はかかるだろう。
しかし、それは歩いてである。全速力で走ってくる場合はその限りではない。
「なんだあの赤茶色の集団は?」
「め、メタルリザードですよ! しかもあんなにたくさん!」
鉄の鱗を持つトカゲの魔物がメタルリザードだ。その全長は様々だが、今まで発見された中には20メートルを超える大型の物も存在する凶暴な肉食の魔物である。
まだ距離があるので数や大きさはわからないが色はわかる。赤茶色に錆びた鉄の色、中には黒く変色したものも混じっているようだ。
「レッドメタルに、ブラックメタル……」
「それがどうしたんだ?」
エリックは冷や汗を流す。
「メタルリザードは年齢を重ねるほど体が錆びていくんです」
「それって、ヤバいの?」
「長く生きていると言うことは、歴戦の強個体ということです……」
「それは……」
純太朗は状況を理解し、改めて音の聞こえてくる方向を見る。
赤茶色の津波が押し寄せてくる。その様子をみるにメタルリザードの数は十や二十ではなさそうだ。
「に、逃げましょう」
エリックは迫り来るメタルリザードに背を向ける。だが、そんなエリックを純太朗は肩を掴んで引き止めた。
「逃げ帰ったら、どうなる?」
さて、どうなるか、と考えたエリックは恐ろしさで震え上がる。
もし敵を目の前にして逃げ帰ったらシャーロットに何をされるか……。
「とにかく逃げてもあれが砦に来るのは確実だ。なら、ここで戦っても同じだろうよ」
純太朗は腰の刀に触れる。どうやらここでメタルリザードの一団を迎え撃つつもりのようだ。
「で、でも」
「逃げたければ一人で逃げろ」
「そんな、ずるいですよ」
エリックは恐怖を抑え込むように背負っているスコップを手に取る。ミスリル合金の冷たく感触が少しだけエリックの恐怖を和らげてくれる。ような気がしていた。
「……でも、ボクはどうやって戦えば?」
確かにその通り。一応、木材などで試し斬りはしているのでエリックのスコップが武器として使えるのはわかっている。というか、スコップとは思えない切れ味をしており、その形状から鈍器としても使用することができる。
だが、使い勝手がいいとは限らない。それにエリックはレベルが高く武器の性能がよくても実戦はこれが初めてなのだ。
それに対して純太朗はスキルのおかげで達人級の実力が発揮できる。
さて、どうする、と純太郎は考える。そして、エリックにある指示を出す。
「穴だ、穴を掘ってくれ」
スコップは本来は武器ではなく穴を掘る道具だ。ならば穴を掘ればいい。
「まだ時間はある。堀を作るんだ」
「あ、足止めですね。わかりました」
エリックはミスリルスコップを両手で握る。そして、勢いよくスコップを突き立てた。
「よい、しょっ!」
エリックは穴を掘る。ただし普通の穴掘りではない。エリックはスコップの一振りで深く広く地面をえぐり、まるで巨人が掘り返したような大穴を掘り上げたのだ。
「よし、その調子だ!」
エリックは次々と地面を掘っていく。掘りながら前進し、あっという間に空堀を広げていく。
それを確認した純太郎は問題ないと判断し前に出た。彼はひとりメタルリザードの大群のほうへと走り出したのである。
「さて、どんなもんかね」
眼前に赤錆び色の大群が迫る。その中の一匹が群れの中から飛び出してきた。
その大きさは少なくとも10メートル以上。純太郎はその巨体を前にしても怯まず素早く刀を抜き放った。
一閃。太陽の光を反射した刀身の軌跡が走る。そして、次の瞬間、純太郎に突撃してきたレッドメタルリザードが頭から尻尾にかけて縦に両断された。
「いいじゃない」
金属の鎧を身にまとった巨大トカゲが脳天から真っ二つに切り裂かれた。その様子が純太郎の刀の凄まじい切れ味を物語っている。
魔装刀『銀河』。刀身に混ぜ込まれた細かな魔法石が星のようにきらめくその様子から、純太郎は天の川を連想しそこから自分の刀に銀河と名付けた。
一匹のメタルリザードを仕留めた純太郎はさらに前に出ると刀を振り回し、一匹また一匹とメタルリザードを両断していく。
だが、数が多い。しかもでかい。いくら純太郎が達人級の腕前だとしても数十匹の10メートルを超える巨大トカゲのすべてを相手にするのは不可能だった。
「エリック! 行ったぞ!」
メタルリザードを叩き斬りながら純太郎はエリックの名を呼び、彼のいる方に視線を向ける。するとそこには先ほどまではなかった巨大な堀と掘り返した土を積み上げた土壁が出来上がっていた。
「よし、いいぞ。あとはどれだけ足止めできるかだ」
純太郎は銀河を握りなおしてメタルリザードの群れと対峙する。
一方、エリックのほうはと言うとひたすら穴を掘り続け、堀の拡張を進めていた。
「く、来るぞ……!」
穴の中で作業をしているエリックの耳に地面を伝わってメタルリザードたちの足音が聞こえてくる。それを耳にしたエリックは堀の中から飛び出ると土壁の上に立ち迫りくるメタルリザードの群れをその目で確認した。
メタルリザードの群れが迫る。エリックの掘った堀を前にしても止まる気配がない。
エリックは視線を下に向ける。そこには自分の掘った深さ10メートル、幅20メートル、全長400メートルほどの空堀があった。
メタルリザードの群れが接近する。止まる様子が全くない。
そして、落ちる。メタルリザードの群れが次々と空堀の中に落ちていった。
「よ、よし!」
次々と堀にはまるメタルリザードを見てエリックはグッと拳を握る。だが、もちろんこれで終わりではない。
「い、行くぞ。行くんだ」
エリックは深呼吸をしてから堀の中に飛び込む。そして、メタルリザードの一体の背に飛び乗ると思い切りスコップを脳天に突き刺した。
「まずは、ひとつ」
メタルリザードの動きが止まる。エリックはスコップを引き抜くと素早く次のメタルリザードの背に飛び乗りスコップでメタルリザードの首を切り裂く。
スコップとは穴を掘る道具である。しかし使い方によっては万能の武器となる。
先を鋭くすれば刃として、突き刺せば槍として、振り下ろせば鈍器として、あらゆる局面で使用できる恐ろしい凶器となるのだ。
エリックは堀に落ちたメタルリザードを次々と倒していく。戦闘には不慣れで魔物との戦いの経験もなく純太郎のような戦闘スキルもないエリックだが、レベル200の身体能力でメタルリザードを仕留めていく。
そんなエリックの動きがだんだんと良くなっていく。一体、また一体と倒していくうちに動きが洗練されていく。
だがそれでもすべてを倒しきれない。堀の中に積みあがった死体を足場にして何匹かのメタルリザードが堀から脱出し砦へと向かって行った。
しかし、それも無駄だった。
「まあ、思っていたよりはやるようだな」
シャーロットだ。堀を越え砦に向かって行くメタルリザードを前にして彼女は仁王立ちしていた。
そして、そんなシャーロットは迫りくるメタルリザードを前にして片手を突き出しこう言った。
「消し飛べ」
爆発が巻き起こる。シャーロットの放った爆裂魔法がメタルリザードを吹き飛ばす。その威力は凄まじい物で、鋼の鱗を持つメタルリザードの群れが木っ端みじんに吹き飛んでしまうほどだった。
「……しまったな。これでは肉が食えん」
黒焦げになり爆発四散したメタルリザードたちを見てシャーロットは顔をしかめ、次にあまりにも理不尽なことを言い出した。
「まったく軟弱な。この程度でやられるとは」
この程度の魔法で消し飛ばされるメタルリザードが悪いとシャーロットは言い出したのである。
理不尽。あまりにも理不尽である。逆にメタルリザードが可哀そうになってくるほどだ。
そんなシャーロットは純太郎とエリックが討ち漏らしたメタルリザードを次々と黒こげの消し炭にしていく。
そして、メタルリザードの群れを発見してから一時間ほどですべての討伐を完了した。
勝った。やりきった。エリックと純太朗は疲労を忘れてしまうほどの達成感を覚えていた。
二人は互いを称え合い喜びに浸る。そんな二人の近くにいつの間にか移動していたシャーロットは二人を一喝した。
「何をもたもたしている! 早く獲物を運べ!」
「はっ、はいっ!」
二人は焦った様子で姿勢を正して敬礼すると、シャーロットの命令に従い倒したメタルリザードの回収作業を始めたのだった。
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