第8話 それぞれの旅立ち
旅立ちの時が来た。三人の異世界人たちは集めた仲間たちと共に、王子や周りの者たちに盛大に送り出された。
それとは反対に純太郎たちのところに見送りはなかった。すべては淡々と行われ、予定通りに出発の準備が進められていた。
「あの、姉さま。いつもこんな感じなのですか?」
「そうだ。何か問題が?」
「いえ。寂しいな、と思って」
エリックは馬車に積まれた荷物と馬に乗る兵士たちを眺める。誰も彼も真剣な表情で作業を行っており声をかける隙も無い。
「戦にでも出るなら出陣式でもあるだろうが、魔物討伐だからな」
「でも、それも大切なことです。見送りがないのは」
「必要ない。もう別れは済ませてある」
どうやらシャーロットは部下たちに休暇を与え出発前に家族と会うように命じたようだ。なのですでに別れは済ませ、あとは目的地に向かうだけということなのだろう。
「心残りでも?」
「いえ、ボクは」
「俺もないですよ。こっちの人間じゃないんでね」
シャーロットとエリックは声のした方に顔を向ける。そこには馬に跨った純太郎がいた。
「馬、乗れるんですね」
「いいや、乗ったことなんて一度もない」
「え? じゃあ初めてで」
「ああ。たぶんスキルの効果だな」
スキル『大英雄』。純太郎が馬に乗れているのはその効果のおかげだ。大英雄のスキルは経験値を四倍にする以外にも、様々な武器を達人レベルに扱えるようになり、さらには馬やそれ以外の動物への騎乗も熟練者レベルとなる破格の性能をしている。
「便利だな、スキルって」
「そう、ですね……」
馬に跨る純太郎を見上げるエリックは複雑な表情を浮かべる。
「大丈夫だよ。エリックもすぐにスキルを身に着けられるさ」
「そう、でしょうか」
「ああ。それにスキルがなくても強くなれる」
純太郎は馬から下りるとエリックの肩をぽんと叩く。
「ない物を嘆くよりもある物を生かす。それが重要だと思うぞ」
「そう、ですね。その通りです」
エリックは顔を上げる。その表情は少しだけ明るくなっていた。
「話は終わったか? そろそろ出発する」
シャーロットは部下たちに命令を出す。それに従い隊列が動き始める。
「エリックはどうする? 俺は馬で行くつもりだけど」
「あの、後ろに乗せてもらえますか?」
「ああ、いいぞ。でも馬車のほうが」
「いえ、その、二人は、ちょっと……」
エリックはシャーロットのほうをちらりと見る。それだけで純太郎はエリックの気持ちを察した。
「あの人と二人は、確かになぁ」
「何か言ったか?」
「いえ、別になにも?」
二人は顔を引きつらせて笑うとそそくさと馬に跨る。そして、二人は他の兵士たちと混じって移動し始めようとした。
その時だ。誰かがエリックの名を呼んだ。
「エリック様! お待ちください!」
エリックは声の方に顔向けると、メイドのアリエッタがエリックたちのもとに走ってくるのが見えた。
エリックは馬から下りる。アリエッタは馬から下りたエリックに駆け寄ると息を切らしながら言った。
「え、エリック様。お気をつけて」
そう言うとアリエッタは汗のにじむ顔で笑う。
エリックは言葉が出てこなかった。そんなエリックの肩を馬から下りた純太朗がぽんと叩く。
「ほら、何か言ってやれ」
エリックは純太朗の顔を見上げる。それから改めてアリエッタに向き合直るとエリックは笑顔を浮かべてこう言った。
「行ってくるよ、アリエッタ」
「はい。ご無事でお戻りください」
アリエッタはエリックやシャーロットに深く一礼してからまた走り去って行った。エリックたちはその背中が見えなくなるまで見送ってから再び馬にまたがり出発した。
そんな中、シャーロットは馬に跨ったままアリエッタが去って行ったほうを見つめていたシャーロットは、近くにいた部下に何やら指示を出していた。
「あの娘にも声をかけておけ」
シャーロットは部下にそう指示を出すと他の者たちと同じように城を出発した。
彼らの目的地は黒の森。その近くにある拠点だ。
そこまでは馬車で約一カ月。かなり長い道のりである。
一団は王都を旅だった。それからいくつもの町や村を経由し、何度も野営を行った。雨にうたれ風に吹かれ、時には魔物の襲撃もあった。
そして一ヶ月の長い道のりの果てに黒の森近くの砦に辿り着いたのである。
「な、長かった……」
「大変、でしたね……」
砦に到着したエリックと純太朗はすでに疲れ切っていた。反対になぜかシャーロットは元気いっぱいで生き生きとしている。
「さあ、お前たち。もたもたしている暇はないぞ! 魔物は待ってくれんからな!」
シャーロットはテキパキと部下に指示を出し、部下たちは到着したばかりで疲れているはずなのに文句も言わず動き出す。
「さて、俺たちも荷物を」
「そう言えば、ボクたちの荷物ってどこにあるんですか?」
砦内には人がひしめき合い慌ただしく兵士たちが動いている。シャーロット達が連れて来た者たちはこれからここで生活するための準備に、もともと警戒にあたっていた兵士たちは帰還のために急いで支度を済ませている。
そんな中、エリックと純太郎は自分たちの荷物を探すようにきょろきょろと周囲を見渡す。
「あの、姉さま。ボク達の荷物は?」
「ない」
「はい……?」
エリックはシャーロットの言葉の意味がわからず呆けたようにポカンと口を開ける。
「え、でも、だって、持ち物は必要ないっていうから、てっきり、姉さまが」
「私は必要ないと言っただけだ。私が用意するとは一言も言っていないはずだが?」
確かにその通りだ。エリックがシャーロットに何が必要かをたずねたとき、荷物は必要ないと確かに言った。それは確実に覚えている。
「で、でも、それじゃあ、ボク達は」
「食料を渡すつもりもない。お前たちは自分たちでどうにかしろ」
「ちょ、それはないんじゃないか!?」
シャーロットのあまりの言い草にさすがの純太郎も講義の声を上げた。だが、それが聞き入れられることはない。
「お前は私の部下ではない。ただ父上に連れて行けと命じられただけだ。だから連れて来た」
「部下じゃないから面倒を見る責任はないってことか?」
「そうだ。理解が早くて助かるよ」
シャーロットはニヤリと笑う。その笑顔の意地の悪いことと言ったら。
「なに、問題ない。魔物の肉は美味いぞ」
「そういう問題じゃ」
「うるさい黙れ」
シャーロットは文句を言う純太郎を睨みつける。その目には明らかに殺気が籠められており、睨まれた純太郎は黙るしかなかった。
「まあ、さすがに寝床ぐらいは貸してやる。感謝するんだな」
そう言うとシャーロットは連絡事項を交換するため砦の警備にあたっていた前任の司令官の元へと言ってっしまった。
残されたエリックと純太郎。二人は顔を見合わせ大きなため息をついた。
「……しゃーない、やるか」
純太郎は諦めた。シャーロットに助けを求めるのは諦め、自分でどうにかする道を探すことにした。
「で、でも、ボク、魔物と戦ったことなんて」
エリックはまだ諦めきれていないようだった。さすがにいきなり魔物であふれかえっている危険な場所に準備も無しに向かうのは怖いのだろう。
そんな不安そうなエリックに純太郎は声をかけた。
「大丈夫だ。鬼姉さんより怖い物なんてそうそういない」
純太郎の言葉を聞いたエリックは、まあ、確かにな、と納得してしまった。シャーロットとやり合うより魔物と戦ったほうがまだマシかもしれないと思えた。
「ま、何とかなるだろ。武器もあるし、レベルも十分に上がってる」
レベル。生きててえらい作戦のおかげで生きているだけで経験値が獲得できる状態の二人のレベルはかなり上がってる。純太郎は300近く、エリックも200を少し超えたぐらいにまで成長していた。
だが、エリックはまだスキルをひとつも獲得していなかった。それに魔法も使えない。
準備は明らかに足りていない。しかし森の近くにまで言って魔物を倒して戻ってくるぐらいはできるだろう。いや、それぐらいできなくてはここでは生きていけない。
「覚悟を決めるか、エリック」
純太郎はエリックの肩をポンと叩く。
「武器の試し切りもしたいし、やってみよう」
「……わかりました」
エリックは不安をグッと飲み込む。
「が、がんばりましょう」
「おう」
こうして二人のサバイバル生活が始まったのだった。
だがしかし、物事はそう順調にはいかないわけで……。
「行ったか。まあ、何かあれば手を貸してやるか」
話し合いを終えたシャーロットは砦内の見回りをしている途中、兵士たちからエリック達が何をしているかを確認し、一時間ほど前に砦から出て行ったことを知った。
「奴らの実力なら死ぬことはないだろう」
さて、こちらも仕事をするか、とシャーロットは自室へと戻ろうとする。
その時だった。
「伝令! 境界線付近にメタルリザードの群れを確認!」
慌てた様子で現れた兵士。その兵士により緊急事態がシャーロットに告げられた。
だが、シャーロットに慌てた様子はなかった。むしろどこか楽し気だった。
「いいじゃないか。お手並み拝見と行こう」
シャーロットは部下たちに指示を出す。メタルリザードを迎え撃つための準備をするようにと兵士たちに命令を下す。
「さあ、今日はトカゲ肉で宴会だ! 気張れよ!」
シャーロットの檄が飛ぶ。兵士たちはそれに応えるように動き始めた。
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