第7話 王都観光
純太郎は馬車の窓から王都の景色を眺めていた。
「……もう、二度と拝めないかもしれないんだよな」
その馬車にはエリックも乗っている。出発前に王都を楽しんでおけ、というシャーロットのありがたい配慮により、二人は王都観光に出ていた。
「大丈夫ですよ、今以上の地獄はそうそうは」
「だって『黒の森』だろ?」
「まあ、そうですけど……」
黒の森。シャーロットが次に向かう場所のことだ。アインデルン王国の南にある森で、そこは凶暴な魔物が生息する超危険地帯だという。その森から魔物があふれ出さないように定期的に魔物の討伐が行われ、今回はシャーロットがそこへ向かうという話だ。
「それに、ボク達だけが大変なわけじゃないですし文句は言えませんよ」
「そうだなぁ。もうすぐ旅立つんだっけ? 大変だよなぁ……」
旅立ち。純太郎が黒の森へと旅立つのと同じ時期に純太郎と共に異世界に召喚されたあの三人も旅に出る。王子たちの代わりに国王が気に入る何かを探しにである。
そんな彼らも一人では旅立たない。すでに仲間を集めてパーティーを組み、訓練もしているらしい。
らしい、というのは純太郎は最近彼らと顔を合わせていないからだ。偶然なのか意図的なのか、純太郎と他の三人は召喚されてから今まで会話もしていない。
「大丈夫かねぇ」
「心配なんですか?」
「俺と同じ境遇だからな。同郷だし」
純太郎は他の三人のことを思い出す。純太郎と同じ大学生ぐらいの三人の顔を思い浮かべる。
「まあ、他人のことを心配している暇なんてないわけだけど」
「ですねぇ……」
はあ、と二人は同時にため息をつく。その脳裏にはシャーロットの顔が浮かんでいる。
「旅に出たほうが、楽だったかも」
「かもしれませんね」
シャーロットが帰還してから早一週間。純太郎とエリックは彼女の元で徹底的にしごかれていた。足手まといになったら殺す、と脅されて毎日気を失うまで鍛錬を続けている。
正直、辛い。辛すぎる。今すぐにでも逃げ出したい。だが、逃げられる気がしない。逃げたら連れ戻されて殺されるような気がする。
「祈ろう」
「何にですか?」
「神様に」
「どの神様にですか?」
「どのって、この世界には神様がたくさんいるのか?」
「はい。太陽の神、月の神、火や土や水や風、戦の神もいますね」
「なるほど、多神教なのね。俺の国と似てるな」
「そうなんですね。あ、それよりもうすぐみたいです」
エリックは話の途中で馬車の窓から顔を出す。もうすぐ二人の目的地に到着するようだ。
「姉さまの指示で来たけど。ここ、なんだよね?」
馬車を降りた二人は目的地である『武器屋』の看板を見上げる。その看板はボロボロで看板だけでなく店構えも怪しく、そもそも看板を見なければ武器屋であるとわからず、店がある場所も裏通りに入ってさらに奥に言った場所にあるという、いかにも怪しい店である。
「ま、入ってみるか。逆らっても怖いし」
二人は扉を開けて店の中に入る。そして、入ってみると思った通り店の中にも怪しい空気が充満していた。
純太郎はさらに疑いを深める。しかし、エリックのほうは違った。
「これ『魔装具』だ……!」
エリックは壁にかけられた剣に目を向ける。純太郎もその剣に目を向ける。
「魔装具? なんだそれ?」
「魔装具は『魔法石』を装着した武器や防具のことです。ほら、召喚された三人に渡された聖武具も魔装具の一種です」
「なるほど。それって珍しいのか?」
「はい。作製にはかなりの技術が必要だと聞きました、けど……!?」
エリックは話の途中で言葉を詰まらせる。店の中にある物を見て気が付いたからだ。
「こ、ここにあるの全部魔装具ですよ!」
「うるせえな、誰だ」
エリックが驚き騒いでいるとその声を聞きつけて店の奥から背の低い長いひげの男が現れる。
「……ドワーフ?」
「ああ? そうだが?」
「そうなんですか!?」
純太郎の何気ない発言が偶然にも正解してしまい、エリックはその事実に驚く。
「ドワーフ、初めて見ました」
「まあ、王都じゃ珍しいからな。俺ぐらいだろうよ」
店の主人らしきドワーフはエリックと純太郎をじっくりと眺める。
「あ、あのシャーロット姉さまの紹介で」
「ああ、お嬢のか。で、何が欲しいんだ?」
お嬢、とはシャーロットのことだろう。どうやらこの店の主人とシャーロットは知り合いのようだ。
「いえ、その、何が欲しいとかではなく、ここに行けと言われただけで」
「そうか。まあいい、適当に選んでけ」
店の主人は興味なさげに椅子に座ると大きなあくびをする。
「適当にって」
「金は後でお嬢に請求しとく。心配するな」
シャーロットと店の主人がどういう関係かはしらないが、あの恐ろしい姉に武器の代金を請求できるぐらいの間柄ではあるらしい。
「ここにある物は全部あんたが?」
「そうだ」
「あ、あの、おすすめとかは」
「ねえよ。自分で選べ」
愛想のない主人である。おそらくこの主人は商売人ではなく職人なのだろう。
「じゃあ、好きにさせてもらうよ」
そう言うと純太郎は店内にある武器を物色し始める。
「じゅ、ジュンさん」
「エリックもさっさと選べよ。持って帰らないとあの鬼になんて言われるかわからないぞ」
確かに、とエリックも慌てて武器を探し始める。
そんな中、純太郎はある物を見つける。
「こいつは、刀か?」
樽の中に他の武器と一緒に混じっていた細身の武器。それは見るからに黒い鞘の刀だった。見た目も拵えも純太郎の知っているに本当によく似ている。
「見てもいいか?」
「好きにしろって言っただろうが」
「なら遠慮なく」
純太郎は鞘から刀を抜いてみる。そして、その刀身を見て息をのむ。
「こいつには他の武器と違って魔法石は装着されてないんだな」
「いいや。刀身に砕いた魔法石を混ぜてある」
「じゃあ、このたくさん散ってる星みたいなのは」
「魔法石だ」
純太郎は刀身をじっくりと眺める。砕いた魔法石を混ぜたという刃にはまるでキラキラと星のような光が散っており、それはまるで天の川のようだった。
「……これにするよ」
「そうかい」
純太郎は刀を鞘に納める。
「エリック、そっちはどうだ?」
「いえ、ボクは、まだ」
エリックはまだ自分に合う武器を見つけていないようで、店の中をうろうろしながらあれでもないこれでもないと探し回る。
「大丈夫か?」
「ごめんなさい。全然わからなくて」
早くしなくてはと焦るエリックだったが小一時間探してもピンとくる武器が見つけられなかった。そして、探すのに疲れたエリックはその手を止めてふうっと息をついてから何気なく天井を見た。
「……あれ、何ですか?」
エリックが天井を指さす。純太郎も天井に目を向ける。
「スコップだな。あれも魔装具なのか?」
「ああ、そうだ。魔法石がついてるだろう?」
それは見るからにスコップだった。農作業や土木作業に使う先のとがったタイプのスコップで、柄のとことに魔法石がはめ込まれている。
エリックは天井に備え付けられたスコップを眺める。なぜだかそのスコップから目が離せなかった。
「まさかそいつに目が行くとはな」
主人は感心したように天井に目を向ける。
「それにはこの店で一番上等な魔法石を使ってる。材質もミスリル合金製だ」
「ミスリルって貴重じゃないのか?」
「ああ」
「なんでそんなもんでスコップを?」
「金属がそれを望んだからだ」
何を言ってるんだろう、と純太郎は理解できなかったが、おそらく職人としての何かがあのスコップを作らせたのだろう。
「坊主、そいつにするか?」
「いいんですか?」
エリックは店の主人に顔を向けると主人はニヤリと笑う。
「ああ、好きにしろと言ったからな」
「なら、これにします。これがいいです」
決まった。エリックは純太郎に手伝ってもらって梯子を用意するとそれに上り、天井に取り付けてあったスコップを取り外して手に取った。
純太郎とエリックはそれぞれ選んだ武器を眺める。初めて手にした物のはずなのにずっと使っていたと錯覚するほど手によくなじんでいた。
それと同時に不思議な感覚もあった。まるで何かが体の中から武器に流れ込んでいるような感覚である。
「魔装具は持ち主と共に成長する。俺のは特に大食らいだ。稼いだ経験値を全部吸われないように気を付けろよ」
「それは大丈夫だと思います」
「ああ、経験値ならいくらでも稼げるしな」
魔装具は持ち主の経験値を吸収して成長する。強度が増し、時には姿を変えることもある。魔装具の一種である聖武具も同じだ。
ただし聖武具と魔装具には違いもある。
「聖武具は経験値だけでなく魔物の素材なんかも吸収して成長します。でも魔装具はそれができません。それが違いですね」
「よく知ってるなボウズ」
「へへ、ありがとうございます。いろいろと勉強はしているので」
強くなるための勉強。いつかみんなに認められるためにいろいろとエリックは学んでいる。その成果は今のところ出てきてはいないが、きっといつかはとエリックはそう信じていた。
そう信じるしかなかった。
「じゃあひとつアドバイスだ。その魔装具は魔力や生命力を与えると一時的に力を増すことができる。だが、気をつけないと吸いつくされて最悪死ぬ。使うときは慎重にな。特にボウズ、ミスリルは特にだ」
店主はエリックの持つミスリル性のスコップを指さしてその危険性を指摘する。
「ミスリルは魔力や生命力を内部で増幅する性質を持つ。そのおかげで能力上昇も通常の魔装具よりも高い。だが、かなりの大喰らいだ。あっという間に命まで吸われちまう」
恐ろしい忠告である。けれど、エリックには恐怖はなくそのスコップを手放す気も起きなかった。
「ありがとうよ、えっと」
「ドルガンだ」
「ありがとうございます、ドルガンさん」
二人は店主のドルガンに礼を言うと入り口のほうへと向かう。
「またな、おっさん」
「また来ますね、ドルガンさん」
純太郎は手を振り、エリックは一礼して店を出て行った。
「……なかなか面白い奴らじゃないか」
店主ドルガンは二人が出て行った入り口を眺め楽しそうに笑みをこぼす。
「生きて帰って来いよ」
そう言うとドルガンは椅子から腰を上げ店の奥へと消えていった。
さて、武器を手に入れたエリック達は城へと戻ったわけだが。
「おかえりなさいませ、殿下」
城に戻ったエリック達をアリエッタが出迎えてくれた。それを見たエリックは驚いて少しの間ポカンと口を開けていた。
「どうかなさいましたか?」
「え、ああ、ううん。ただいま、アリエッタ」
嬉しかった。エリックはアリエッタが出迎えてくれたのが本当に嬉しかった。今までは誰もそんなことはしてくれなかったから。
「ありがとう」
「い、いえ。当然のことですので」
少しずつ、本当に少しずつだが状況は変わってきている。エリックはそのことをわずかにだが実感し始めていた。
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