第6話 最恐の姉
三日後。エリックの姉であるシャーロットが城へと帰還した。
「ただいま戻りました、父上」
謁見の間に集まった王族や貴族の面々が緊張した面持ちでシャーロットを出迎える。その表情は恐怖で引きつっている。
「ホワイトワイバーン12体すべて殲滅いたしました」
「そうか」
ひざまずいていたシャーロットが顔を上げる。その顔を見た純太郎は背筋が震えごくりと息をのんだ。
シャーロットは美しい女性だった。だが、その左頬のあたりには大型の獣に付けられたような大きな傷があるり、その青い瞳は知性を持った猛獣のように鋭く、父親である国王と同じ長く美しい金髪は一見すると女性的だが、シャーロットの放つ気迫と合わさるとまるで荒馬のタテガミのように思えた。
「報告は受けている。しかし、この目で確かめなければ信用できん」
「でしたらその目でご確認を。持ってこい」
シャーロットは立ち上がり部下に指示を出す。すると謁見の間の扉が開き、荷車に乗せられた巨大なホワイトワイバーンの頭部が兵士たちの手で運び込まれてきた。
それを見た貴族たちは恐れおののく。ある者は顔を青から白に変え、ある者はその場で失神し倒れこみそうになる者までいた。
「いかがでしょう、これで信じていただけましたか?」
「ああ。ご苦労だった、シャーロット」
国王は一言シャーロットを労うと玉座から立ち上がり謁見の間を後にした。
「相変わらず不愛想な方だ」
そう言ってシャーロットはニヤリと笑うと彼女も玉座に背を向けて謁見の間を出て行った。
残された貴族やエリック達王族の面々はざわつき始める。
「まさか本当に一人で――」
「人間ではない、化け物だ――」
「ああ、女でなければ今頃は――」
周囲の会話に耳を傾けていた純太郎だが、特に興味がある話もなさそうだったのでエリックを連れてさっさと謁見の間から出る。
「あの、ジュンさん」
「ああいう陰口というか噂話はあんまり好きじゃなくてね。それよりも、行くのか?」
純太郎は城の廊下を並んで歩くエリックに目を向ける。
「話は通ってるってことだが」
「わ、わかってます。ここは姉さまが来る前に、ボクのほうから」
「問題ない。すでにここにいる」
二人はビクっと体を震わせ、恐る恐る後ろに振り返った。
「久しぶりだな、エリック」
「シャーロット、姉さま……」
振り返るとそこにはシャーロットがいた。鎧を身にまとい腕組みをしているその姿は見るからに猛将と言った迫力を醸し出している。
身長は純太郎とほぼ変わらない。若干純太郎よりも背が高いようで、おそらく177センチぐらいだろう。だが、身長など関係なくシャーロットはデカかった。
体が大きいわけではない、その存在感がでかいのだ。そこにいるだけで他を圧倒する凄まじい迫力が純太郎とエリックの肌をじりじりと焼くようなそんな錯覚に陥るほどだ。
「話は聞いている。お前たちを私に同行させろという話だが」
シャーロットは純太郎とエリックを交互に睨む。
「国王陛下の命令だ、逆らうわけにもいかんが。まあ、いい」
そう言うとシャーロットは獰猛な笑顔を浮かべる。
「まずは実力を確かめさせてもらおう。ついて来い」
シャーロットはそう言うと二人に背を向け、二人は言われた通りその背中に黙ってついて行った。
そう、黙ってだ。何か会話ができるようなそんな雰囲気ではなかったのだ。
そしてシャーロットに連れられて辿り着いたのは城の敷地内にある野外訓練場だった。
「そっちのお前。お前からだ」
野外訓練場に来たシャーロットは純太郎を指さす。どうやら最初の犠牲者は純太郎のようだった。
「あ、あのう、俺、こっちに来たばかりで全く戦い方とか知らないんですけど」
「知らん。来い」
うわぁ、と純太郎は心の中で嘆く。どうやらシャーロットは話を聞かないタイプの人間らしい。
「え、えっと、じゃあ、行かせて、もらいます」
純太郎はシャーロットに促されて二人で演習場の真ん中あたりに立つ。二人は十メートルほどの距離を取って向かい合い、互いに武器を持たずに睨み合う。
「いいから来い。さっさとしろ」
「では、遠慮なく」
そう言うと純太郎はニヤッと笑った。と、同時にその姿が消えた。
「は、速い!」
現在、純太郎のレベルは200に迫っている。彼はそのレベルによる能力上昇、つまりは純粋な身体能力だけで勝負に挑んだ。
技量も何もない。ただ単に素早く動いただけ。その動きが目で負えないほど速いだけである。
だが、通用しなかった。
超スピードで移動し殴りかかった純太郎の拳がシャーロットに片手で軽々と受け止められたのである。
「ほう、なかなかやるな」
「うそじゃん、そんなの……」
純太郎は距離を取ろうとする。しかし、シャーロットに握り締められた右手が離れない。
「動きは悪くない。威力も十分。では、防御力はどうかな?」
純太郎の腕を掴んだままシャーロットは彼に殴りかかり、その腹に拳をめり込ませる。
「おぼうっ!?」
「これで気を失わないか。ふむ」
手を離された純太郎は腹を抱えてその場にうずくまる。
「岩山を砕くつもりで殴ったが。まあ、これなら合格だな」
純太郎は顔を真っ青にしながらその場で何度も吐く。明らかに彼を殺そうとした一撃に戦慄し言葉を失う。
「次だ」
そう言うとシャーロットは離れた場所にいるエリックに目を向ける。
「お前も少しは強くなっているようだな」
エリックの体が硬直し全身から汗が噴き出す。それもそのはずでエリックはまだレベルが100を超えたぐらい。レベルが200に届きそうな純太郎が簡単にあしらわれた姿を見てあらためて自分の姉のデタラメさに恐怖しているのだ。
一体、シャーロットはレベルいくつなのか。とエリックは震える。王族のジャーナルは本人と国王以外に見る事ができない仕様になっているため、エリックは彼女のレベルを知らなかった。
「どうした、早く来い」
「は、はい」
殺される。そう思うと足が動かない。しかし、そんな動かない脚を無理矢理に動かしてエリックは前に進む。
エリックの今のレベルは100を超えている。普通ならば到達できないレベルに達しているはずだ。それなのにシャーロットに勝てるビジョンが浮かんでこない。。
化け物。目の前に立ちはだかる存在にエリックの心は折れそうになる。
そんな時、エリックの脳裏にある言葉が浮かぶ。
「生きてるだけで、えらい……」
生きててえらい。人間はいつ死ぬかわからない。
そう、いつ死ぬかわからないのだから生きているだけで勝ち。
今もそうだ。シャーロットという理不尽と死が鎧を着て歩いているような存在に立ち向かおうとしているのだ。
以前のエリックなら泣いて逃げ出していただろう。その場で失禁して立つこともできなくなっていただろう。
けれど、今は違う。しっかりと自分の足で前に進み、立ち向かおうとしている。
そうだ。それだけで勝ちだ。昔の自分に勝っている。
「よ、よろしく、お願いします」
エリックは拳を握りシャーロットと向かい合う。そんなエリックを見たシャーロットはなんだか楽しそうに笑みをこぼした。
その笑顔の恐ろしいこと恐ろしいこと。笑っているはずなのにそれだけで心臓が止まりそうなほどだ。
「武器は?」
「い、いりません」
「そうか」
短いやり取り。それだけで口の中が渇き呼吸が苦しくなる。
「さあ、来い」
シャーロットはエリックを迎え入れるように両手を広げる。
エリックは拳を構える。震えを意思で押さえ込み、弱い自分をかみ殺して一歩踏み出した。
「やあ!」
シャーロットに向けて体を放り出すように突撃する。そのスピードは純太郎には劣るが十分な速さだった。
エリックはそのスピードのままシャーロットに殴りかかる。だが、その拳がシャーロットに触れる直前にエリックは方向を変え、素早く彼女の背後に回った。
「なかなかいい動きだ。しかし」
読まれている。背後にいるエリックと振り返ったシャーロットと目が合う。
「終わりだ」
シャーロットが拳を放つ。エリックに向けて攻撃を加える。
その時だった。
「エリック!」
純太郎だ。シャーロットの攻撃のダメージから回復した純太郎が彼女の背後から攻撃を加えようとしたのだ。
一瞬、シャーロットは純太郎に気を取れた。その一瞬のスキをエリックは見逃さなかった。
二人の攻撃がほぼ同時にシャーロットに激突する。その体を捉える。
しかし、届かなかった。
「やるじゃないか」
シャーロットは二人の拳を手で受け止めたままニンマリと笑っていた。
そして。
「ぎゅぶっ!?」
「ぽひっ!?」
二人とも一撃で地面に沈んだ。
「うむ、合格だ」
地面に転がるエリックと純太郎。それを見下ろしながらシャーロットは上機嫌でそう言った。
負けた。完敗である。
けれどエリックは清々しいかった。負けたけれど満足していた。
「合格……」
エリックはシャーロットの言葉を噛み締める。
認められた。あの恐ろしく厳しい姉が合格と言ってくれた。エリックはそれが嬉しくかった。
この調子なら、もしかしたら、いつか周りの人々や父さまも自分を認めてくれるかもしれない、とエリックは少しだけそう思った。
だがそんな感傷に浸っている時間はなさそうだ。
「いつまで寝ている。立て」
エリックと純太朗はシャーロットに蹴り飛ばされ慌てて立ち上がる。
そして地獄が始める。
「喜べ。私が直々に鍛えてやる」
二人はこの世の終わりのような顔で戦慄する。
本当の地獄はここから。二人は旅立つまでの間、徹底的にシャーロットにしごかれたのだった。
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