第5話 生きててえらい

 朝食を終えて部屋に戻ったエリックと純太郎は今後のことを話うことにした。


 のだが、エリックはそれどころではなさそうだった。


「姉さまの相手なんてできるわけがないよ……」


 三日後、姉が戻ってくる。そのことを考えるだけでエリックはため息と震えが止まらなかった。


「どうしよう、なんで父さまはボクに……」


 シャーロットが帰ってくる。兄弟全員が恐れる最恐の姉が。


「そんなに怖いのか?」

「怖いなんてものじゃないですよ! 鬼ですよ鬼!」


 そんなにか? と純太郎は疑問を抱くがエリックや他の兄弟たちの態度を見るに本当に怖い人なのだろう。


「姉さまは、ボク達の中で一番強いんです。生まれながらにスキルを五つも持っていて、魔法も得意で」

「へえ、すごいんだな」

「そうなんです! でも、王位継承権がなくて……」

 

 この国、アインデルン王国の王位継承権を持つのは王家の血を引く男性に限られている。つまりどんなに優秀であっても女であるシャーロットには国王になる資格がないのだ。


 だが、そんなことでは諦めない。それがシャーロットという人物なのである。


「シャーロット姉さまには王位継承権がありません。でも、それに納得できないらしくて」

「何かあるのか?」

「はい。武勲を上げて女だからと言う馬鹿共を黙らせてやる、と」

「おーう、それはまた豪気な」


 どうやら女だから王になれないという常識をぶち壊そうとしているようだ。


「姉さまは確かに怖い人ですけど、すごいんです。強くて、カッコよくて、でも、ものすごく怖い……」


 エリックはブルっと身震いする。どうやら本当にシャーロットという女性は恐ろしい存在のようだ。


「どうしよう、今から逃げるにしても、どこに逃げれば」

「おいおいそんなにか? 殺されるわけでもなし」

「こ、殺されるかもしれないでしょう!」

 

 そんなに危険な人物なのか、とエリックの鬼気迫る表情に純太郎は驚く。


「と、とにかく姉さまが戻ってくるまでに準備をしないと」

「準備って?」

「み、身だしなみを整えたり、祝勝会の準備をしたり、かな?」

「祝勝会?」

「はい。今回姉さまは北の山脈に出現したホワイトワイバーンの群れの討伐に向かったんです。帰ってくると言うことは討伐に成功したということですから」


 ホワイトワイバーン。名前からしてヤバそうな魔物である。その群れを討伐してきたとしたなら確かに相当の実力者のようだ。


「さ、さあ、準備を」

「必要なのはそれじゃないだろ?」


 エリックは純太郎の顔を見上げる。純太郎はいつものようにニヤリと笑う。


「お姉さんが帰ってくるのは三日後だよな?」

「はい。そうですけど」


 何を考えているのか、とエリックは身構える。


「ま、見てもらったほうが手っ取り早いな」


 そう言いうと純太郎はジャーナルを呼び出してページを開きエリックに見せる。


「あの、言い忘れてたんですけど、ジャーナルを人に見せるのは危険ですよ」

「大丈夫大丈夫、エリックは悪い奴じゃないからな」


 純太郎は屈託なく笑う。完全にエリックを信用しているようで、そんな純太郎を見たエリックは少しだけ顔を赤くする。


「ま、とにかくこれを見てくれ」

「これって……。はあ!?」


 エリックは驚愕の声を上げる。


「な、なんですかこれ! すごい勢いで経験値が!」


 エリックは驚きながら指をさす。


「ずばり! 『生きててえらい!』作戦だ!」


 エリックは目を見開いてジャーナルを凝視する。その視線の先では純太郎の経験値が凄まじい勢いで増えている。


「俺は気が付いたのさ。生きているだけで勝ちなのでは? と」


 純太郎は説明する。


「俺はこの世界の人間じゃない。偶然事故で呼び出された異世界人だ。しかもエリックに助けられなかったら処分されていたかもしれない。ということは、ここにいるだけで勝ってる」

「そんなデタラメな。屁理屈ですよ」

「確かに。だが、実際に増えている」


 そう、確かに経験値は増えている。目にも止まらない速さで増加している。


「生きているだけで勝っている。勝てば経験値が得られる。しかも」


 純太郎はページをめくりスキルを指さす。

 

 スキル『大英雄』。その効果を説明する。


「このスキルは自動発動。その効果のひとつに『経験値獲得量を四倍にする』ってのがある。この効果で通常は1しか獲得でいない経験値が4獲得できる」


 経験値四倍。生きててえらい作戦で獲得できる経験値は通常1。それが4になったところで大したことはなさそうだが、その獲得スピードが異常だった。


「計算したら1秒間に400経験値だ」

「400!?」

「で、一日は24時間……。24時間だよな?」


 そう言えば、と純太郎は思い出す。ここは異世界だったと。


「はい、24時間です」

「一年は?」

「えっと、387日です」

「なるほど。自転速度は同じで公転速度は違うのか」


 まあしかし一日の時間は同じ。となれば純太郎の計算は正しいと言うことになる。


「一日は24時間。一分間で稼げる経験値は24000。一時間なら576000経験値で、一日は24時間だから34560000経験値だ」

「さ、さんぜんまん……」


 あまりのデタラメさにエリックはめまいを覚え、純太郎のレベルを確認して卒倒しそうになる。


「れ、レベル100!? 嘘だこんなの!」


 おかしい。明らかに異常だ。


「すごいのかこれ?」

「こんなレベル見たことないですよ! 王国騎士団長でもレベル60なんですから!」


 比較対象があるとやはりわかりやすい。だが実際に戦ったことがないので、自分がどの程度強くなっているのか純太郎はよくわかっていなかった。


「で、でも、レベルが上がると必要な経験値も増えていきますから、これ以上はそう簡単には」

「でさ、このLPとMPってのはなに? MPが魔力なのはわかるけど」

「話聞いてます?」

 

 自分の話をさっさと進めようとする純太郎に呆れながらもエリックは彼の質問に答える。


「その通りMPは魔力です。魔法を使うのに必要な力ですね」

「LPは?」

「生命力です。これはスキルを使う際に消費されます」

「じゃあ、大英雄もか?」

「いえ。スキルによってはLPが必要ないものもあるので」

 

 純太郎はLPを確認する。LPは全く減っていないのでどうやら大英雄はLPを使用しなくても使えるようだ。


「ジュンさんはどちらかと言うと戦士寄りの数値ですね」

「やっと名前呼んでくれたか」

「はい?」


 純太郎はエリックを見て嬉しそうににこにこと笑っている。


「ジュンって呼んだだろ?」

「はい、呼びました、けど」

「ま、そういうことだ」

「はあ……?」


 何を言ってるんだこいつ? といった表情でエリックは純太郎の顔をしばらく眺めていたが、わけがわからないので考えることをやめた。


「とにかくあなたはMPよりもLPのほうが高い。この数値からボク達は魔法使いより戦士に適性があると判断します」

「なるほどねぇ」

「それにしても……」


 デタラメである。常識外れにもほどがある。昨日こちらの世界に来たばかりだと言うのにすでに有り得ないレベルに到達している。


「そんじゃエリックもやってみるか」

「やってみるって……」

「生きててえらい!」


 本気かこいつ? と言いたげな顔でエリックは純太郎を見上げる。


「いや、これは本当だぞ? 生きてるだけでえらいんだ」


 そう言うと純太郎は寂し気な表情でこう続けた。


「……野良猫がいたんだ。そいつはさ、地域の人気者で、俺もよく見かけたことがあるんだ」


 エリックは純太郎の態度の変化に表情を改め彼の話に真剣に耳を傾ける。


「ある日の朝な、道路の脇で死んでたんだよ。前の日も元気にエサを貰ってたのにさ……」


 前日まで元気だった野良猫が死んでいた。原因はわからない。


「目立った傷もないし、苦しんだ様子もない。病気だったのか、それとも突然死なのか。俺にはわからなかった」

 

 野良猫は同じ時間に近くを通りかかった住人によって動物病院に連れていかれた。まだ助かるかもしれないからと、明らかに息絶え冷たくなっている猫を抱えて。


「俺は連れていかれる猫を見送るだけで、手を合わせることもできなかった。まあ、それほど深い付き合いじゃないし、エサをやったこともないけどさ。でも、そこで気づいたんだよ。生き物は死ぬって」


 生きている物は死ぬ。ごく自然の当たり前のことを純太郎は野良猫の死で改めて実感した。昨日まで生きていたものが翌日には死んでいる。そう言うこともあるのだと。


 純太朗は自分の右ヒザにちらりと視線を向け、それからまた語り始める。


「俺やエリックも突然死ぬかもしれない。それは誰にも予測できない。だから生きてるだけですごいんだよ」


 そう言うと純太郎は二ッと歯を見せて笑った。


「エリック、ありがとうな。お前が助けてくれたおかげで俺は生きてる」

「そ、それは、その」

「ここはありがとうでいいんだよ、素直にさ」

「……ありがとう、ございます」


 エリックはうつむいて照れながらそう言うと少しだけ嬉しそうに笑みをこぼした。


「エリックは命の恩人だ。だからえらい。生きててえらい。生きてるだけで勝ち。そうだろう?」

「そう、なんでしょうか?」

「そうなんだよ。ほら、こうやって」


 純太郎は拳を握り両手を空へと突き上げる。


「生きててえらい! エリックもやってみろ」

「え、えっと……」


 エリックも最初は恥ずかしがりながらもマネをする。


「生きてて、えらい」

「そうだ。生きてるだけで勝ち!」

「か、勝ち!」

「勝ち勝ちの勝ちだ!」


 恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい。


 けれど、なんだか上を向いているだけで、少しだけやる気が出てくるような気がした。


「さて、どうなった?」

「ちょっとまってください……。うわぁ……」


 エリックは顔を引きつらせる。まさか本当にと驚き呆れる。


「増えてますね、自動的に……」


 エリックは何度も何度もジャーナルを確認するが、何度確認しても間違いはなかった。


 エリックの経験値がどんどんと増え始めていた。


 それから三日間、二人の経験値は自動的に増加していき、普通ではありえないスピードでレベルが上昇していった。


 けれどスキルは目覚めなかった。経験値も増えレベルが上がっても、スキルは覚えなかったのだった。

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