第4話 嵐の知らせ
エリックは自分のジャーナルを開く。
「……増えてる」
経験値が増えている。そのことにエリックは呆然としている。
「当たり前だ。勝ったんだからな、起きたくない自分に」
朝。部屋に現れた純太郎はエリックに言った。「起きれてえらい!」とそう言った。
「起きたくない、まだ寝ていたい、少しだけならいいだろう。そういう自分に打ち勝ってエリックは起きたんだ。つまりは勝ち」
「そんな無茶苦茶な」
そう無茶苦茶である。しかし経験値は確かに増えている。その数値は本当にわずかだが確実に経験値は増えているのだ。
「朝から元気ですね」
「エリックのおかげでよく眠れたからな。野宿するつもりだから助かった」
「そんなことさせるわけないでしょう」
エリックはあくびをしながらベッドから出ると、ベッドの脇に置いてある小さなテーブルの上にあるベルを手に取ってチリンチリンと鳴らした。
そのベルの音を合図にメイドが数人部屋に入ってくる。
「おはようございます、殿下」
「うん」
「おい、エリック」
純太郎はエリックを睨む。その視線に気が付いたエリックは最初はポカンとしていたが、すぐに純太郎が何を言いたいのか理解して慌てた様子でこう言った。
「おはよう、みんな」
とエリックは笑顔でメイドたちに朝の挨拶をしたのだ。
「お、おはよう、ございます」
「うん、今日もよろしくね」
「よし、二勝目だな」
純太郎はエリックを見て嬉しそうに笑う。
その後、エリックはメイドたちと共に朝の支度を済ませていく。そしてその都度エリックはしっかりと笑顔でお礼を言った。
「いいか、こういう小さな勝ちを積み重ねていくんだ」
「それはわかりますけど」
「意味があるのか、って言いたいんだろう?」
着替えを終えたエリックは純太郎と一緒に朝食の場所へと向かう。
「勝つとテストステロンが出る。それが鍵だ」
「テスト、なんです?」
「テストステロン。通称、やる気ホルモン」
何を言っているんだ? とエリックは眉根を寄せる。
「テストステロンていうのは男性ホルモンの一種だ。筋肉を強くしたりひげを生やしたりいろいろな効果がある。その効果のひとつがやる気アップだ」
「えっと、そのテストステロンが出るとやる気が出る?」
「その通り。そして、テストステロンは何かに勝った時や運動をしたときにたくさん出てくる。あと禁欲」
「禁欲?」
純太郎は笑顔で誤魔化す。
「ま、それはいいとして。とにかくやる気を出すには勝つことだ。なんでもいいから小さな勝利を積み重ねる。これが重要なんだ」
「それは何でもいいんですか?」
「なんでもいいぞ。例えば毎日トレーニングを続けるとか、人に親切にするとか、自分が勝ったと思えば出てくる」
「経験値と同じですね」
「そうだな。勝てばやる気も出てくるし経験値も稼げる。いい事づくめだ」
そんな都合のいいことがあるのだろうか、とエリックは疑うが、純太郎は真面目に真剣にそれを信じているようだった。
「そう、勝てばいいのさ。勝てばね」
「そう、ですね?」
純太郎は意味深に笑う。何か隠しているようだ。
「それじゃあ、ボクはここで」
「おう、いっぱい食べろよ」
並んで歩いていた二人はある扉の前で別れる。そこはエリックがほぼ毎日家族と共に食事をする食堂で、部外者である純太郎は入ることができない。なのでエリックが朝食を食べ終えるまで一時お別れということなった。
「残さず食べる。それも勝ち」
そう言うと純太郎は手を振って自分も朝食へと向かった。
その時だった。
「伝令! 伝令!」
廊下の向こうから兵士らしき人物が走ってくる。その兵士は国王や兄ちがアツマル朝食の間に通され、どさくさに紛れて純太郎も一緒に部屋に入る。
そして兵士はあることを告げ、それを聞いたエリックは驚き声を上げた。
「ね、姉さまが帰ってくる!?」
そこでエリック達は姉が戻ってくることを知った。
「じゃ、シャーロットが戻ってくるのか」
「誰だあれは?」
「一番上のアルベルト兄さまです」
エリックから説明を受けた純太郎はアルベルトを見る。アルベルトは赤髪の体つきの良い男だが、そんなアルベルトが何やらひどく怯えていた。
「自室に戻る。誰も入ってこないように」
と言って部屋を出て行ったのは次男のジェイド。美しい銀髪の青年だ。そんな彼も表情は変わらないが目が怯えていた。
「い、嫌だ。姉さまが、姉さまが、戻ってくる」
と明らかにビビりまくっているのが三男のリオン。エリックよりも二つほど年上の金髪の可愛らしい少年だが、そんな美少年が真っ青な顔をしてガタガタと震えている。
そんな中、一番堂々としているのがエリック達の父親、国王ロイエンである。立派なひげを蓄えたいかにも王様と言った風貌の壮年の男性は、動揺する兄弟たちを諫めるように厳しい声で言った。
「うろたえるな。各自、朝食を済ませたら出迎えの準備をするように」
そう一言告げると国王は純太郎をジロリと睨む。
「なぜここにいる?」
「あんたたちがこの世界に呼んだからだろ?」
「無礼者! 言葉を慎め駄犬が!」
純太郎の態度を見たアルベルトが怒鳴り声をあげるが、国王はそれをひと睨みで黙らせる。
「威勢だけはいいようだな」
「それが取り柄なんでね」
「そうか……。ちょうどいい」
国王はひげをゆっくりと撫で、それからこう言った。
「エリック。シャーロットの相手をしろ」
「……はい?」
エリックは国王の言葉を理解するのに数秒かかった。
「えっと、ボクが、姉さまの?」
「そうだ。ついでにその余り者も連れていけ」
「ははは、よかったな、出来損ない! 姉さまに遊んでもらえよ!」
リオンが馬鹿にするような笑い声をあげると、意地の悪い笑みを浮かべてエリックにこう言った。
「姉さまが戻ってくる前に俺がしごいてやるよ。ああ、そうだ。ボロボロになってたらさすがの姉さまも出来損ないのクズにも優しくしてくれるかもしれないぞ?」
そう言うとリオンはまた笑いだそうとするが、そんな彼を国王はジロリと睨み、それだけでリオンは笑うのをやめて怯えた表情で口を閉ざした。
「いいな、エリック」
「わかり、ました……」
断るという選択肢はない。国王の命令なのだ。拒否することなどできるわけがない。
「以上だ」
その言葉により朝食が再開される。その中にちゃっかり純太郎も混じっていたが、国王は何も言わなかったので誰も文句を言わず、重たい空気の中で朝食は進んでいった。
「なんだあの王子は。性格悪すぎるだろ」
朝食を終えたエリックと純太郎は部屋に向かった。
純太郎は不機嫌だった。リオンの言動に腹が立っていた。しかし馬鹿にされた本人であるエリックはそれどころではないようだった。
「どうしよう、どうしよう。姉さまの相手なんて、できるわけが……」
まあ、馬鹿にされて落ち込んでいるよりはいいか、と純太郎はエリックの肩をポンと叩いて彼を労う。
「大丈夫大丈夫。それにそんな情けない顔したら余計に大変なことになるんじゃないか?」
「で、でも、ボクなんかが姉さまの前に立ったらどっちにしろ大変なことに」
エリックは姉の顔を思い浮かべる。それだけで体の奥底から震えが止まらなかった。
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