第3話 異世界人たち

 夜。三人の男たちがひとつの部屋に集まっている。


 その一人、剣崎和人は不満げな表情だった。


「くそっ、なんで俺がこんなことを」


 宗谷仁は呆れたようにため息をついた。


「文句を言っていても仕方がないだろう」


 鶴浜充は二人とは違いなんだか楽しそうだった。


「そうそう。楽しまなくっちゃ、こんな経験滅多にできないし」


 和人、仁、充。この三人が純太郎以外の異世界からの召喚者である。三人はひとつの部屋で顔を合わせ、何やら話し合いをしていた。


「どんな魔物がいるんだろ。ドラゴンとかいるかな?」


 充はこの状況を楽しんでいるようだった。その表情には深刻さの欠片もない。


「のん気なもんだな」

 

 そう言って和人は充を睨む。


「こっちに八つ当たりしても何にも解決しないよ」

「そうだ。それよりもこれからのことだ、剣崎」


 三人ともそれぞれ程度は違うが今の状況に怒りを覚えていた。ただ、和人以外は怒っていても前向きで、その怒りをどこにぶつけていいのかもちゃんと理解できていた。


「それにしてもこの国の王子はなんなんだ?」

「そうだねぇ、アレじゃあ、この国は……」


 三人はそれぞれ自分の主となった王子たちのことを考えてため息をつく。


 今回、三人が異世界に召喚されたのは王子たちの代理として利用するためだ。その王子たちと顔合わせをしたが、その態度に三人は嫌気がさしていた。


 剣崎和人の主は第一王子のアルベルトだ。その性格は粗野で荒っぽく傍若無人で、何が気に入らないことがあるとすぐに暴力を振るう男である。実際に和人も目の前でアルベルトが部下を殴って罵声を浴びせる姿を見た。


 宗谷仁の主は第二王子のジェイドだ。その性格は正直わからないが、無口で無表情で全く愛想がなく、その目は他人を見下すような冷たい目をしており、仁たち異世界人を見る目はまるで家畜か何かを見る様な蔑んだ目をしていた。


 鶴浜充の主は第三王子のリオンだ。その性格は一言で言うとワガママ。リオンは充を見るなり、弱そうだの頼りなさそうだの、こいつじゃなくて別のがいいとお付きの者に文句を言って駄々をこねていた。


 そんな三人の王子が彼らの主である。


「あんなののために命をかけなきゃいけないのか」

「そうしなければ元の世界に帰れない」

「それも本当かどうか怪しいけどね」


 三人はいろいろな説明を受けた。その中で目的を果たせば全員元の世界に帰ることができるという説明も受けた。


 しかし、三人ともその言葉には半信半疑だ。これまでの王子や周囲の人間たちの言動、今の自分たちの扱いからこの世界の者たちの言葉を信用できなくなっていた。


 だがやるしかない。現状、彼らの言葉に従うしか道はない


「それにしてもあの男はどうなったんだ?」

「ああ、あいつか」

「王子様に助けられたみたいだけど、どうなったんだろうね」


 いろいろと話をしているとその話題が純太郎のことに移る。


「一応話によると第四王子のところにいるらしいが」

「事故なんでしょ? 運が悪いよねぇ」

「そうだな。武器も無しでどうやってこれから生きていくのか」


 武器。三人は自分たちの左手の甲に目を向ける。そこには三人それぞれ別々の紋章が刻まれている。


 『聖武具』。それが三人に与えられた力だ。三人はそれぞれ、和人は『聖剣』、仁は『聖槍』、充は『聖弓』を与えられた。その武器は魔法の武器であり、様々な条件で成長し進化させることができる。


「しかも、ねぇ」

「王位を継げない無能か」

「助かったとはいえ、さてどうなるか」


 三人は第四王子であるエリックのことも知っていた。他の兄弟たちと比べて頭が悪く、力も弱く、何か才能に秀でているわけでもなく、父である国王や兄弟たち、周囲の者たちからも蔑まれ見放されているという出来損ない王子であると三人は聞いていた。


 そんな王子に助けられたとしてこの先やっていけるのか、と三人は考えた。


 だが、正直考えても無駄である。


「まあ、他人のことはどうでもいいか」

「そうだな。まずは自分たちのことだ」

「さてさて、どんな武器にしようかな」


 三人はそれぞれいろいろな思惑を抱いていた。


 そんなことを話し合っているのと同じ時、城の別の部屋では純太朗とエリックがジャーナルを確認していた。


「……おかしいですよこんなの」


 エリックは不機嫌そうだった。あまりにも理不尽というか納得できない結果に不満を抱いていた。


「おかしいも何も結果は結果だ」


 不機嫌そうなエリックに対して純太朗はご機嫌だった。自分の考えが正しいことが証明され、その結果として経験値が大量に獲得できたからだ。


「それに、もうスキルを獲得して……」

「スキル? ああ、なんだかよくわからないあれか」


 なんだかよくわからないあれとは今日獲得したスキル『大英雄』のことだ。


「これって珍しいのか?」

「珍しいも何も、過去にそのスキルを持っていたのは闘技場で無敗を誇った剣闘士と伝説の大戦士だけです。それを、こんなにも簡単に」

「じゃあ、エリックも簡単に手に入れられるな」

「そんなわけないでしょう!」


 エリックは怒りで声を上げた。


「そんなに簡単なら、ボクだって、スキルや魔法を……」

「エリックは持ってないのか? スキル」


 悔しそうにエリックはうつむギュッとこぶしを握り締める。


「……王族や貴族は生まれながらにスキルを最低でも一つ持って生まれるんです」


 エリックはぽつりぽつりと自分のことを語り始め、純太郎はそれを黙って聞く。


「それが当たり前で、常識なんです。でも、ボクには何もなかった。だから、ボクには王位継承権がないんです。ボクが、スキル無しの能無しだから……」

「悪かったな。知らなかったとはいえ」

「いえ、ボクも大人げなかったです」


 そう言えば、と純太郎は思い至りエリックに年齢をたずねると、彼は12歳だと答える。見た目通りの年齢だがエリックはどこか12歳とは思えない苦悩に満ちた雰囲気を持っていた。


「というかスキルがないといけないのか?」

「スキルを持たない人間には王位継承権が与えられません。そういう掟です」

「そんな決まりがあるのか」

「はい。それに王は国民に対して力を示さなければなりません。そのために魔物を倒して経験値を稼いでレベルを上げなければいけないんです。それにはスキルを持っている方が有利なんです」

「レベルか。それなら別に魔物を倒さなくてもいいんじゃないか?」

「もっとも経験値効率がいいのが魔物の討伐なんです。ボク達人間の敵である魔物を倒すことが」


 人間の敵。こちらの世界では魔物はそういう立ち位置らしい。


「効率なんてどうでもいいだろ。とにかく魔物を倒す以外に経験値を得る方法があるんだからそっちでやればいい」

「それがなかったから魔物を倒してたんですけどね」


 勝つことで経験値が得られる。エリック達この世界の人間は今まで魔物を倒したり、誰かとの勝負に勝ったりして経験値を獲得してきた。それが唯一はっきりとわかっている方法で、それ以外は不確実性が高く実用的ではなかった。


 だが、今は純太郎がその謎を解明してしまった。すべてではないにしても、『自分に勝つ』ことでも経験値を獲得できることが判明したのだ。


 これは大きな一歩である。ただし、やはりエリックは納得できていないらしい。


 それにエリックは少し怖がっているようにも見えた。


「姉さまが知ったら、どうなっちゃうんだろう……」

「姉さま?」

「はい、一番上の姉です。アルベルト兄様の双子の姉で、えっと、その、いろいろと……」


 何か訳ありのようだ。エリックが言葉を濁すように黙り込んでしまった。


「んー、まあとにかくだ。魔物を倒したり勝負に勝ったりしなくても経験値が得られる。それはいいことじゃないか」

「まあ、そうです、けど」

「ならそれでいい。エリックだって強くなりたいだろ?」


 強くなりたい。それはそうだ。能無しだの役立たずだの出来損ないだの言われ続けるのは誰だって嫌だ。


 そう、エリックはそういう状況だった。スキルを持たずに生まれた能無し、王家の恥さらし。それが今のエリックの評価なのである。


 それでもエリックは何とかしようと努力はしてきた。だが、何をやってもうまくいかず、兄弟から馬鹿にされ父である国王には見向きもされず、そのせいで自分に自信が持てずにいた。


 それを変えたい。ずっとエリックはそう思っている。父や兄弟に認められて、自分も王家の者としてふさわしい人間になりたいと、立派な人間になりたいと。


 父が認める立派な人間になればきっと天国の母親も安心できるはずだと、エリックはそう思っていた。


「殿下、そろそろお休みの時間です」


 二人が話し込んでいると就寝時間を告げるためにメイドが入室し、それに対しエリックは返事をした。


「ああ、うん」


 簡単な返事をするとそれを聞いたメイドが部屋を出て行こうとした。


 その時だ。純太郎が険しい顔でエリックに言った。 


「おいこらなんだ今のは」

「な、なんですか?」


 突然叱られたエリックは戸惑いながらも真剣な表情の純太郎の顔を見る。


「ありがとうは?」

「へ?」

「ちゃんとお礼を言え」

「え、えっと……」


 理由がわからない。エリックは純太郎の言葉にさらに混乱する。


「お前は日ごろ周囲の人たちに感謝を伝えてるか?」


 感謝をしているか、という言葉にエリックはさらに困惑する。なぜ今それを注意されなければならないのかと戸惑いながらいつもの自分を思い出してみる。


 エリックは思い出して、自分があまり周囲の人たちに感謝していないことに気付くが、なんとなく純太郎に言いづらくて答えを濁した。

 

「……いえ、それは、その」

「していないんだな?」


 純太郎はエリックを厳しい目で見つめる。


「……あまり、してません」

「ならちゃんと感謝しろ。王子だからってしなくていいなんてことはないんだ」


 そうなのかもしれないとエリックは考える。今までの自分は周りの人たちのことなど見ていなかった。こんな自分の世話をしてくれているのに感謝の言葉を伝えていなかった。


 今まで、とエリックは考え、そこでハッとする。


「昨日の自分に、勝つ」


 その言葉を聞いた純太郎は笑顔を浮かべる。


「これから毎日、挨拶と感謝の言葉を忘れるなよ。今までの自分との勝負だ」

「自分との、勝負」


 まだ納得はできないし納得もしたくない。けれど、今までの自分に勝つという言葉にエリックは少しだけやる気を覚えていた。


「当たり前のことは全然当たり前じゃない。だから、ちゃんと感謝するんだ」


 エリックは真剣な表情で純太郎にうなずく。


「いいか、感謝を伝える時は笑顔を忘れるなよ」

「わかりました」


 エリックは部屋に入って来たメイドのほうへ顔を向けると笑顔で言った。


「ありがとう、アリエッタ」


 エリックはメイドに感謝の言葉を伝えた。その言葉に戸惑ったメイドは慌てた様子で「失礼します」と言って部屋を出て行ってしまった。


 こうしてエリックの行動は少しずつ変わっていった。そして、そのことで少しずつ彼への評価が変わっていくのだった。

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