第2話 経験値

 何かの間違いで異世界に召喚された栗原純太郎。彼は不要な邪魔者として処分されそうになったところをこの国の王子であるエリックに助けられた。


 そして、純太郎は今、エリックと共に兵士の室内訓練場にいた。


「では、『ジャーナル』と唱えてみてください」

「わかった。ジャーナル」


 純太郎がそう唱えると彼の手に一冊の分厚い本が現れた。


「よかった。ちゃんと付与されてる」


 本が現れたことにエリックはホッとしたように息をつく。


「で、これはなんなんだ?」

「この本はジャーナル。魔法の本です。自分のステータスや遭遇した魔物の情報、日記としても使える優れものです」


 とエリックから軽く説明を受けた純太郎はとりあえず本を開いてみた。


「名前、栗原純太郎。性別男。誕生日に、種族――」


 純太郎はページをめくり本当に自分の情報が記載されているのだと驚く。


「ボクも持ってますよ」

「これはこの世界の人間なら全員持ってるのか?」

「いえ。異世界の方には自動的に与えられるみたいですけど、こちらの世界の人間全員ではありません。貴族でも持っていない人はいます。王族は全員ですけど」

「なるほど。結構高いのか?」

「はい、たぶん」

「たぶん?」

「すいません。値段はわからなくて……」


 まあ、そうか。と純太郎は納得する。王族が自分で財布を出して物を買うとは思えないからだ。


「それにしても、レベルに経験値にスキル。ゲームみたいだな」

「ゲーム?」

「ああ、こっちの話だ」


 純太郎はページをめくっていく。だが記載されていたのは最初の数ページだけでほとんどのページは白紙だった。


「ひとつ確認なんだが、レベルってのはどうやって上がるんだ? 経験値を稼げばいいのか?」

「はい、よくわかりましたね」

 

 純太郎の理解力の高さにエリックは驚く。


「異世界人はこの手の理解が早いと聞きますが、あなたたちの世界でもレベルや経験値は常識なのですか?」

「いや、まあ全員じゃないとは思うが。大体理解はできると思うぞ。実際にあるわけじゃないけど」


 さて、そんな話は置いておいて重要なのはレベルと経験値だ。


「経験値は魔物を倒したり、戦いに勝ったりすると獲得できます。他には訓練でも獲得できますが、できないこともあります」

「どうしてだ?」

「わかりません。すべてが解明されているわけではないので」

 

 どういうことだろう、と純太郎は考える。


「レベルとか経験値とかはこの世界の常識なんだろう?」

「はい。ですがまだわからないことが多いんです」

「そうなのか。じゃあわかってることを教えてくれ」


 レベルや経験値は未解明な部分がある。だいぶ気にはなるが、それを今考える時ではない。


「確実にわかっているのは『勝てば』経験値が獲得できると言うことです」

「勝つ? それは勝負に勝つってことか?」

「はい」

「じゃあ、どうして訓練で経験値が得られるんだ?」

「模擬戦で勝利すれば。ですが、模擬戦をしなくても獲得することもあります」

「……ふーん」


 エリックの話を聞いた純太郎は腕組みアゴを撫でながら考えこむ。


「勝ち、ってのはなんでもいいのか?」

「はい。子供の遊びでもわずかにですが」

「それはテーブルゲームでもか?」

「はい。チェスやリバーシ、あとトランプやマージャンでも」

「……麻雀あるの?」

「はい。大昔の異世界人が置いていったという話です」


 なるほどねぇ、と純太郎は納得する。過去に何人も異世界人が召喚されたことは事実のようだ。


「魔物や人を倒さなくても、勝てば経験値が獲得できる。つまり……」


 純太郎はさらに考えをめぐらす。そして、ある疑問が浮かんでくる。


「勝ちはなんでもいいのか?」

「はい。おそらく」

「相手は誰でも?」

「たぶん」

「それは自分でも?」

「自分?」


 どういうことだ? とエリックは首をかしげる。


「ちょっと実験してみるか」


 そう言うと純太郎はあたりを見渡しある物を見つけると、それを取りに壁際に向かう。


「木剣なんてどうするんですか?」


 純太郎は壁にかけられた木剣を手に取る。そしてその感触を確かめながらエリックにこう言った。


「俺は剣術なんてやったことがない。木剣に触るのもこれが初めてだ」


 純太郎はそう言うと木剣を構え、大きく一度だけ振り、こう言った。


「よっしゃ勝った!」


 大きな声でそんなことを叫んだ純太郎を見てエリックはポカンと口を開けている。

 

 そんなエリックを置いておいて純太郎はジャーナルを呼び出すとそのページをめくってあることを確認する。


「さて、どうだ……。っし、思った通りだ」


 ジャーナルを確認した純太郎は小さくガッツポーズをする。


「あの、何が?」

「見てくれよ、これ」

「これって?」

「経験値だよ経験値。ゼロだったのに増えてるだろ?」


 純太郎のところに来たエリックはジャーナルをのぞき込む。確かに純太郎の言った通り経験値は0ではなく1と記載されていた。


「確かに増えてます。でも、どうして?」

「昨日の自分に勝ったからさ」

「昨日の自分?」


 理解が追い付いていないエリックに純太郎は説明を始める。


「さっきも言った通り俺は剣術なんて未経験。木剣も持ったことがない。素振りはしたことはあるが、それは野球の練習でバットを振ったぐらいだ」

「野球? あのボールを打つ競技ですよね?」

「……もしかして野球もあるの?」

「はい。人気の競技ですよ」

「そうなのか……。と、話が逸れたな」


 気を取り直して純太郎は説明を続ける。


「まあ、簡単に言うと剣の素振りなんて今までしたことがなかった。今日の今さっきまでは」


 そう言うと純太郎はもう一度木剣を振る。


「俺はこの世界に来て木剣を二回振った。つまり素振り二回分だけ昨日の俺よりも成長したってことだ。昨日の俺に勝ったってことだ」

「まあ、確かに、そういうことになる、んでしょうか?」

「なるのさ。事実、経験値が獲得できてる」


 エリックは納得できないようだが事実として経験値が2に増えている。ということは純太郎の屁理屈臭い理論が正しいと言うことだ。


「勝ちってのは二種類ある。客観的な勝ちと主観的な勝ちだ」

「客観的と、主観的」

「そうだ。例えばここで俺とエリックがケンカをしたとする」

「え? ちょっとそれは」

「ああ、実際にやるわけじゃない。例え話だよ」


 警戒するエリックに苦笑しながら純太郎は話を続ける。


「俺たちがケンカをしてエリックが勝ったとする。これが客観的な勝ち。誰が見てもエリックが勝ったとわかる」

「じゃあ、主観的な勝ちは?」

「簡単だよ。自分が勝ったと思えば勝ちだ」

「……は?」


 自分が勝ったと思えば勝ち。それならば何でも勝ちにできてしまうではないか。


「ほら、言ってただろ。訓練でも経験値が獲得できることがあるって」

「はい、確かに」

「それは勝ったと思ったからじゃないのか? 自分に」


 エリックの話を聞いた純太郎は、どうして勝負に勝ってもいないのに経験値が獲得できるのかを疑問に思った。そこから推論を立て実行してみた。


「きつい訓練だとやめたくなることもある。そういう弱い自分に打ち勝った。だから経験値を獲得できた」

「確かにそれだとつじつまが合います」

「だろう? 現に経験値が獲得できてる」


 経験値を獲得する条件は『勝つこと』。そしてそれは敵に勝つということだけではなく、様々なものに勝つことで獲得できる。今の純太郎のように過去の自分に勝つことでも経験値が獲得できる。


「勝ったと思えば勝ち。そうなると、無限に経験値を獲得できる、ということになるのでは……」

「さて、それはわからないが。とにかくやることはわかった」


 純太郎はニヤリと笑うと木剣を握りなおし大きく振った。


「小さな勝ちを積み重ねる。そして経験値を獲得して強くなる。で、エリックを王にする」

「ボクを、王に?」


 純太郎の言葉にエリックは戸惑うがそれを無視して純太郎はつづけた。


「目標があったほうが捗るだろ?」


 そう言いながら純太郎は木剣を振るう。


 振るうたびに経験値が溜まっていく。それを見た純太郎はさらに勝利を感じ、さらに経験値が溜まっていった。


 そして、素振りを百回ほど行った後、改めて純太郎はジャーナルを確認する。

 

「さてと、どれぐらい溜まってるかな……。ん?」


 ジャーナルを開いた純太郎は異変に気が付く。


「スキル『大英雄』? なんだこれ」


 純太郎は首を傾る。様子がおかしい純太郎を不思議に思ったエリックもジャーナルをのぞき込み目を見開き言葉をなくしていた。


 そんなエリックの反応を不思議に思いながらも、純太朗は別のことに関心を示した。


「いやしかし、こうやって努力が可視化されてるってのはいいね。わかりやすいしやる気が出る」


 そう言うと純太郎は木剣を抱えたままその場で屈伸をし、何かを確かめるように右ヒザを撫でる。


「そんじゃその辺走ってくるわ。どんだけ経験値が稼げるか確かめたいしな」


 純太郎は走り去っていく。そんな純太郎の背中をエリックはしばらく眺めてからポツリとこう呟いた。


「小さな、勝利」


 エリックは考える。自分は今まで勝ったことがるのだろうか。勝利を感じたことはあるのだろうかと。


「勝つって、どんな感じなんだろう……」


 エリックは思う。勝ちたい。強くなりたい。


 能無し、出来損ない、王家の恥さらし。そう呼ばれ続けて来た自分を変えたい。


 今まで何度も変えようとしてきた。けれど、そのたびに挫折し、諦めて来た。


 エリックは純太郎が走っていったほうに目を向ける。


「母さま、ボクも頑張れば、強くなれば、いつか父さまに認められる、よね……」


 エリックは胸のあたりをぎゅっと握り締める。諦めていた思いに少しだけ火がついたようなそんな気がしていた。

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