小さな『勝ち』から始める異世界英雄譚

甘栗ののね

第1章

第1話 最悪の異世界召喚

 これは心優しい王子様の成長物語である。


 四人の男が異世界に召喚された。彼らは気が付くと知らない場所に転移しており、そこで怪しげな者たちに取り囲まれていた。


 そこはどこかの城のような場所だった。足元には魔法陣が描かれ、その上に四人の男たちが立っている。


 何が起こったのかわからなかった。そして、何が起こっているのかわからないまま彼らは頭に布袋を被せられ、後ろ手に拘束されると別の場所へと連れていかれた。


 連れていかれたのはいわゆる玉座の間だった。そこの一段高い場所には国王らしき人間が豪奢な椅子に鎮座し、その周りには大臣らしき偉そうな奴らが並んでいた。


 召喚された彼らはそこで自分たちの状況の説明を受けた。そして当然の抗議の声が上がる。


「ふざけるなよ! 俺たちをなんだと思ってんだ!」

「そうだ! 今すぐ元の世界に帰せ!」

「黙れ犬ども」


 黙れ、の一言で彼らの口は塞がれた。物理的にではなく魔法的にである。


 口を塞がれ身動きを封じられた四人の男たち。彼らはこれからある争いに利用されることとなる。


「お前たちにはそれぞれ『武器』を渡す」


 国王を取り巻きの一人が召喚された男たちにそう言うと、別の男たちが彼らに武器を渡していった。


 一人目は剣、二人目は槍、三人目は弓と矢。そして、四人目には。


「おい、足りないぞ」


 四人目には何も渡されなかった。その状況を見た魔法使いらしき人物が申し訳なさそうにこう言った。


「じ、実は、予定にない者が紛れ込んでいまして……」


 予定にない人間。どうやら召喚された人数が一人多いらしい。


「どういうことだ?」

「わかりません。ただ、解放した武器はこれだけでして……」


 理由はわからない。わからないが一人余計な者がいる。


「仕方ない。処分しておけ」


 処分。その言葉を聞いた四人目の男は激しく動揺し抗議しようと口を開く。だか声が出ず身動きも封じられているため暴れることもできなかった。


「ま、待ってください!」


 誰かが声を上げた。その方向を見るとひとりの少年がいた。


「か、彼を、い、いただけないでしょうか?」


 声を上げたのはどこか気弱そうなシルバーグレイの髪と藍色の瞳の少年だった。そんな少年に偉そうな若者三人が口々に非難の声を浴びせた。


「何を考えているんだ、出来損ない」

「まさかお前も加わろうと?」

「はっ、能無しの恥さらしのくせにでしゃばるなよ」


 三人の男たちの声を皮切りに周囲の者たちもひそひそと話し始める。


「スキル無しのはずでは――」

「そもそも王位継承権がないのだから――」

「気でも触れたのか――」


 玉座の間がざわめきだす。それを鎮めるように国王が一喝する。


「黙れ」


 その一言でその場がシンと静まり返る。そして、しばらくの沈黙の後、国王はこう言った。


「好きにしろ。ただし、余計なことはするな」


 こうして余分に召喚された四人目の男は処分されずに命を救われたのである。そして、他の男たちとここで運命がわかれたのだ。


 異世界から召喚された四人の男たち。彼らはとある争いに利用されるために呼び出された。


 王位の争奪戦。その代理人として男たちは召喚された。彼らは王子たちの代理として世界を巡り、国王が納得する物を持ち帰ってくる。


 勝利した王子は次期国王に、代理として旅立った者には褒美が与えられる。と言うことになっている。


 一人を除いて。


「ちくしょう、なんなんだよ一体」


 異世界から召喚された四人の男のうち武器を渡された三人は別室に送られた。そして、一人余計に召喚された男は少年と共に別の部屋へと通された。


「ごめんなさい。あの、怒ってます、よね?」

「ああ、怒ってるよ。本当になんなんだよ」


 と、男は少年に八つ当たりするが、そんなことをしても何も解決しないことはわかっていた。だが、なにか言わなければ男の気持ちは治まらなかった。


「ごめんなさい、本当に。でも、これがこの国のルールだから」

「クソみたいなルールだな。まったく」


 本当にクソみたいなルールだ。まったく無関係な異世界人を召喚して、彼らを危険な場所に送り込む。さらにそれが当たり前のことだときている。


「この国はこんなことを続けてるのか?」

「はい。何か起こるたびに、異世界から召喚を」

「どうなってんだ、この国は」


 異世界召喚というのはもっとこう重大なことのような気もするが、この国では戦争や揉め事、今回のような問題が起こった際はよく異世界人を召喚して問題を解決するらしい。と、男は少年から話を聞いた。


「で、お前は誰なんだ?」


 最悪な状況。最悪な異世界召喚。そんな危機一髪の状況から助けてくれた少年に男は名前をたずねた。


「ボクはエリック・ロイ・マルケス・アインデルン。このアインデルン王国の王子です」


 と少年は名乗った。


「……俺、処刑とかされない?」


 男は今更ながら今までの態度に不安を覚えた。まさか少年が王子様だと知らず無礼な態度を取ってしまったからだ。


 けれどエリックは気にしていないようだった。


「大丈夫です。それよりこれからどうしましょう」


 エリックは困ったようにうつむく。どうやら何も考えずに男を助けたようだ。


「どうするもこうするも帰る方法を探す」

「それは、難しいかと」

「は? なんで……。じゃなくて、どうしてでございましょうか?」


 男は言葉を正そうとする。その不自然さにエリックはおかしそうに吹き出した。


「いいですよ、そんなに畏まらなくても」

「そうはいってもなぁ。王子様だし」

「大丈夫です。なんならボクのことはエリックとお呼びください」


 ということで男はエリックをエリックと呼ぶことにした。


 男はかなり適当な男だった。


「で、どうして難しいんだ?」

「それは、召喚した際の契約のせいです」


 契約。異世界人を召喚する際、様々な契約が自動的に結ばれる。それは召喚された者の意思に関係なく強制的にである。


「今回の契約は次期国王候補の王子たちの命令に従い旅に出て、何かを見つけて戻る。そうすることで自動的に元の世界に戻ることができます」

「じゃあ、俺も」

「その王子が、いません」


 は? と男の頭に疑問符が浮かぶ。


「いないって?」

「次期国王候補は三人だけです」


 はて、おかしなことを言っている。


「いるだろ、目の前に」

「ボクですか? ボクは、候補者じゃ、ありません……」

 

 この国の王子だと名乗った少年。しかし自分には次期国王候補としての資格がないと言っている。


「……なんか事情があるのか?」

「はい。ですがそれは、今は……」


 まあ、確かに今はそれどころじゃない。今はこれからの身の振り方を考えるしかない。


「ま、とりあえず助けてくれてありがとうな、エリック」

「いえ、ボクは自分ができることをしただけで」

「純太郎だ」

「ジュン、タロー?」

「俺の名前だよ」


 栗原純太郎。それが余り物の召喚者である男の名前。


「ジュンでいい。これからよろしくな」

「はい、よろしく……」


 こうして純太郎の異世界での生活が始まった。


 その前途が暗いのか明るいのかは、まだわからない。

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2024年9月24日 18:00
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