第9話 朝食

「おはようございます、兄さん」


朝起きると目の前に凛花の顔があった。

これは毎朝のこと。


情けない事に、僕は毎日凛花に起こされている。


「おはよう」


「はい。よく眠れましたか?」


表情の変化が少ない凛花が、僅かに微笑みながら尋ねてくる。

目鼻立ちがハッキリしている綺麗な顔をしていて、差し込む日光が、黒い髪がキラキラ反射し後光のようになっている。


でも覗き込む顔がいつも近すぎるのは気のせいだろうか。

毎朝の事だから、もう馴れたけどね。


「うん、よく眠れたよ」


昨日はお説教の後、風紀が乱れてないかの確認との事でやんわりとスマホをチェックされた。


連絡を無視して心配させてしまったし、罰は甘んじて受けていたが、おかげで夜寝る時間が遅くなり、若干いつもより寝不足気味だが、わざわざ心配させるような事を言うことはしない。


「寝顔を拝見しておりましたが、顔色がいつもより僅かに悪いですね。念の為お薬もご用意しておきます。朝食は既に出来ていますので、着替えたら降りてきてください。下で待っていますね」


表情が薄い凛花がニコリと笑う。


「はぁい」


さて、学校に行くのは憂鬱だが、凛花の朝食は美味しいので楽しみだ。

早く着替えて降りて行こう。











朝食は卵焼き、ナスのお味噌汁、白身の焼き魚にタコの和物と、とろろと白米。

本当に美味しそうでいい香りがする。


「今日も美味しそうだね。いつもありがとう」


「労わっていただきありがとうございます。ただ私の役目ですから。礼など不要です。体調は大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫だよありがとう」


この料理を用意するのに何時から起きていたのだろう。

以前5時半に目が覚めた時にはもう凛花が起きて台所で作業していたけど。


毎日5時半起きでは、折角学校の近くに住んだ意味がないんじゃ無いかな。


「毎日美味しい朝食でありがたいんだけど、無理してない?」


「無理?」


凛花が無表情ながらも、機嫌が良さそうな声色でわずかに首を傾ける。

傾けただけで綺麗でツヤのある長い髪がサラサラと生き物のように動いた。


「うん。お昼のお弁当や夜もしっかり作ってくれるのは嬉しいんだけど疲れない?朝くらい簡単なものでも良いし、なんなら当番制でも」


「お気に召さない料理が入っていましたか?今からでも作り直しますが、希望があるなら仰ってください」


ニコリと笑いながら凛花が言う。

う、これは少しやばいかもしれない。


普段は、表情豊かとは言えない、凛花と知り合ってまもない人間から見れば、常に無表情だと思われても仕方がない位に表情の変化が乏しい彼女が、わかりやすく微笑んでいる。


一緒に住んでいるのでわかるが、これは彼女が大きく動揺している時にする事だ。

もちろんポジティブな感情でハッキリした表情になる事もあるが、大体の場合はネガティブ。


「そ、そうじゃないくて、この料理は全部美味しかったよ」


「私に気は使わないで下さい。兄さんが不味いと感じる物を、無理して食される方が私も悲しいです」


「・・・」


何だかおかしな伝わり方をしている。

だとしたら失礼すぎるし、もっと噛み砕いて説明しないと。


「いつも朝早くから準備してくれてるでしょ?」


「耳障りでしたか?今度から音には気をつけます」


「ち、違うよ」


「?」


「凛花も休みたいんじゃないかな。僕と同じ高校生で、学校があるのに朝早く起きて疲れない?」


僕が昨日の事で寝不足を感じているのに。

凛花も同じ時間に寝たはずで、僕より数時間先に目覚めているであろう事からも、彼女の方が辛いのは明白だ。


「いいえ」


若干、語気を強めた言葉で否定される。

凛花は無表情に近い表情に戻っていた。


「お世話になりっぱなしだけど、本当に大丈夫?」


「私の役目です。何も辛い事など無いですよ」


役目。

たまに凛花はこの言葉を使う。


もしかしてこの家に居候するって事を重く考えているのかな。

もっと軽い気持ちで良いのに。


でも意思は堅いようで、これ以上は逆に失礼に当たるかもしれないと思い、深く言及するのは避ける事にした。


「疲れてたら、いつでも言ってね」


「気遣って頂きありがとうございます。私は自分の役目をしっかり果たします」


その後、何か言いたそうにしていたが、僕の目をジッと見つめながら黙ってしまった。

まるで、その言葉に続きがあるが、それを言い淀んでいるかのように。











「兄さんネクタイがずれてますよ」


「え」


うちの制服にはネクタイが付いている。

これが面倒で結構な頻度で凛花に指摘される。


1年生の時は毎朝動画サイトでネクタイの巻き方を調べてたっけ。

毎日の事なのでズボラな僕でも流石に馴れたし、何もおかな所はないと鏡で確認したんだけどな。


「どこがずれてるかな」


「失礼いたします。動かないでください」


凛花が真っ正面にたってネクタイを直してくれる。

うう、いつもこうなんだよな。


僕が自分でやると言っても、率先して直してくる。

確かに凛花は器用だけど、毎日妹にネクタイをされてると思うと情けない。


前を見ると凛花の頭が目の前で、朝にシャワーを浴びたのだろうか、リンスと女の子特有の甘い香りがした。


ううん、この時間はいつも気まずいんだよな。

ネクタイを直す時は念入りに行うのが凛花のやり方なのか、時間をかける。


大切に行なってくれているという事で、感謝すべきなんだろうけど。


「はい、兄さん終わりました」


「あ、ありがと」


至近距離で見上げられ顔が近い。


「じゃあ学校行こうか」


「・・・・はい」


凛花の元気がなくなる。


「どうしたの?学校楽しく無い?」


「はい。楽しく無いです」


「ええ」


なんで?

僕と違って友達も多いはずだ。

以前友達に囲まれた凛花の帰り道に遭遇した時があるし。


「友達と喧嘩した?」


「いいえ、学校には兄さんがいないので」


はは、ただ甘えっ子が発動しただけか。

真面目な話だと思って損しちゃったよ。


「はは、相変わらず凛花は甘えん坊だな」


頭にポンと手を置く。

こうすると凛花は喜ぶのだ。


「兄さんも私がいなくて寂しいですよね?」


頭に僕の手があるまま、正面からまっすぐ見つめられ尋ねられる。


「ん、ああ、そうだね」


「そうですよね。同じですね」


少し嬉しそうな顔になる。

大人びた凛花が少女のように見えた。


「今は一緒にいるじゃん」


「ずっと一緒にいましょうね」


「はは」


凛花は何でもできるのに、甘えっ子な所は少し直さなきゃいけない所かも。


いや、成長とともに自然に直っていくんだろうな。

そうなった時きっと寂しく感じるのは僕なんだろう。


「私も役目を果たします、なので兄さんも」


「ん?」


「いいえ、言うまでもありませんでした」


ふふっと微かに凛花が微笑む。

凛花の笑顔はとても絵になる。


こんなに世話してくれる妹がいて、僕は幸せ者だなと改めて感じた朝の時間だった。

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