第8話 嵐の後

「兄さん!!!!!!!」


満足するまで泣いて家に帰ってきたら制服姿の少女に抱きつかれる。


「私、とっても心配したんですよ!私の事1人にして一体どこ行ってたんですか!?」


もう少しで警察呼ぶ所でした、との事。

普段寄り道したとしても、暗くなる前に帰るからなぁ。


今日は暗くなってから学校を出たし、その後あんな事が起きたし。


「とにかく話は聞かせてもらいます。早く家にあがってください」


手を引かれながら言われる。


先ほどまでの心配している雰囲気が、怒気を孕む雰囲気に若干変化しているのを感じる。


ただ怒られるのは覚悟していたのでしょうがないという気持ちだ。

学校から出る時ですら何十件もLINE来てたし。


今自分のスマホをチラッと見ると通知がすごい事になっていた。


ずっと連絡送ってきてくれてたのか、悪い事しちゃったな。


ただ返す気になれなかったんだ。


部活の見学行って、楽しかったのに最後の最後であんな情けなく泣きじゃくって。

知り合いに見られていたら嫌だな。















「部活?兄さんが?それは良いですね」


この子は本田凛花(ほんだりんか)。

僕の妹、ではなく厳密には一個下の従妹で高校1年生。


身長こそ僕より小さいが、髪が長く、透き通る位に白い肌、黒目が大きく目鼻だちがハッキリしていて、品のある顔立ちや振る舞いをするため大人っぽくも見える。


肌が白いので漆黒の長い髪がよく似合う、贔屓目にみてもとても綺麗な、ここら辺ではかなり有名な名門高校に通っている自慢の従妹。


本人から、そういう話はきないが人づてには、やはり非常に男子にモテるらしい。

うちの高校でも知っている男子がいるくらいには。


ただ彼氏は今まで一回もできた事がないらしく、理由を聞いても「魅力的だと感じる男性は兄さんだけ」とおべっかで交わされるだけで、本当の理由は教えてくれない。


まだ高校1年だし早いと感じているのかもしれない。

凛花に弱点があるとすれば高校生になっても、やや甘えん坊な所かな。


「うん。文化部なら前の部活のように時間もかからないしさ、学校生活ももっと楽しみたいし」


「そうですね。部活に入れば様々な出会いもあるでしょう。ただ部活に入らなくても、楽しい学校生活は送れないでしょうか」


「そ、それが友達が減っていっている気がするんだ、だから」


「友達も大切ですね。ただ学校生活は人生において些細な時間です。兄さんを遅くまで連れまわすご友人が多いと、私は少し心配に感じるかもしれません。部活も良いですが家には勝手ながら私がいますから」


遠回しに部活に入るのを反対しているようだった。


・・・うーん、この子は昔から甘えっ子だったけど、

改善するどころか、年齢を重ねる事に酷くなっている気がする。


「ですから、部活に無理して入る必要はないと私は考えますが、兄さんはいかがでしょう」


弱ったな、いつも凛花の言う事を聞いてるけど、僕は結構本気で部活に入りたいのに。


事情があって僕と凛花は一緒に住んでいる。


凛花が僕の家に近い高校に通っているから、土日は実家に帰るという約束で中学3年の途中から、この家に住むようになった。


僕は片親で父親も泊まりの仕事をしているため、最近は土日もそのまま泊まって、実質二人暮らしで掃除も洗濯も食事も凛花に甘えている。


変に気を使わず、凜花には家でもリラックスしてほしいので、何度も手伝う旨を申し出ているが、人が僕の家でお世話になっている恩返しをしたいのだそう。


「話は終わりましたか?では」


「え?」


「いえ、部活動の話も良いですが、他にも弁明はあれなば、お伺い致します」


弁明・・・・


やっぱり怒っているんだな。

基本凛花は優しいし、大体の事は許してくれる。


ただどうしても許せない事もあるらしく、特に僕が連絡を返さない事が我慢ならないようだ。


以前、凛花の連絡を忙しくてシカトしていたら、高校まで押しかけてきた事があるくらい。


当時の凛花は中学3年生。

教室にまで入ってきてあの時は少し騒ぎになった。


「私は、いつも兄さんにお伝えしているはずです。遅くなる時は連絡してください、と。食事の準備もございます。ですが今日は連絡もいただけませんし、通話にも出ていただけませんでした。心の底から心配しておりました。それに加えて、遅くに戻られて遅れた理由をお伺いすると、部活に入りたい、ですか。失礼ながら、私の苦しむ表情が見たいがために、わざと行っているのであれば直接言っていただければ、『そいういう物』として受け入れますが、そうでない場合は、私に至らない部分があれば仰ってください。改善いたします」


そう言いながら、凛花に正面からゆっくり抱きつかれる。

凛花のシャンプーの匂いと、女性特有の柔らかい感触がする。


ハグされるくらいは、よくある事なんだが今回は不思議と蛇に絡まれたような、縄で手足を縛られたような感覚になった。


「そんな事ないよ。連絡できなかったのはごめん、でも僕も都合があるんだ」


「都合?」


ピクっと妹の体が動く。

身体が密着しているので、反応をより感じられた。


「兄さんには、私よりも優先するべき都合がある、という事でしょうか?兄さん、私の事お嫌いですか?」


「き、嫌いじゃないよ」


「じゃあ好きですか?」


「う、うん」


「そうですか。私もです。兄さんのこと愛してます。ですから私より重要な都合など兄さんにはございません」


僕に絡みつく力がより強まる。

ただ怒りは若干引いたようで、凛花は嬉しそうだった。


よくわからないけど、機嫌を治してくれているなら良かった。


「今回は特別に連絡がなかった件は許してあげます。ですが」


『次はありませんよ』耳元で優しく囁かれた。

僕は僕で疲れていて、この場を収めたくて適当に返事をした。


だから気づくことができなかったんだ。

殺意のこもった従妹の瞳に。

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