第10話 保健室
「やー!久しぶり」
保健室で掃除をしていると、ベッドのある方から突然声をかけられる。
友達も少なく、部活にも入っていない僕が、唯一行っている事があるとすれば、この保健委員の仕事。
何気に中学1年の時からずっとだ。
最初は内申点が良くなるかもと思って始めたけど、サッカー部をサボる口実になると気が付いて、今はその惰性で続けている。
保健委員はペアになったり、会議もなく持ち回りせいで保健室を掃除するだけで友達もできないけど。
まぁ保健室の掃除やら手伝いもするが、保健室に来るのは別空間のようで嫌いでは無い。
「久しぶりだね。具合が良さそうでなにより」
彼女に声をかける。
「はは、私は具合良さそうに見えるのか。でも精神状態は良く無いかな。うん。先輩が最近会いにきてくれないから、もしかして嫌われたんじゃ無いかと心配して自分の何がダメだったか、1人反省会を最近は毎日のように開催していて眠れなかったんだ。開催するごとに睡眠時間が削られるので、いつか永遠に眠れない日が来てしまうのかとハラハラしてた所なんだ」
「さいですか」
この饒舌に喋る子は後輩の影島由希奈(かげしまゆきな)。
男みたいな喋り方をするが立派な女の子で、保健室の常連さん。
今時珍しく、髪は背中まで伸びているロングヘアーで、いつも室内にいるせいか凛花と同じくらい肌は白いが、凛花のように透き通るような肌の白さではなく、若干顔色が悪そうな白。
顔立ちは自体は、俗に言うたぬき顔っぽい感じの顔をしていて、綺麗なんだが極度の人見知りで誰かと会話している所を見た事がない。
まぁ僕が言えた話では無いけど。
「シンプルに委員の仕事が最近なかったんだよ」
「仕事がなくても保健室に来る事は出来るはずだ。会いに来てくれても良かったのに、委員がなくても来てくれた事は何回かあったはずだろ?いや、別に責めてる訳じゃないんだ、勘違いしないでほしい。私は言葉足らずで、よく自分の言葉が本来の意図とは別の伝わり方をしてしまうんだ。それとも『仕事が無かった』というのは建前で、本当は私に腹を立てていて、来てくれなかったのかな。であれば、私は深く突っ込むべきではなく受け流すべきなんだろうな」
「嘘は言ってない。僕も由希奈と会えなくて寂しかった」
饒舌な彼女をBGMがわりにしながら、保健室のガーゼを整理していく。
僕と彼女は、実は中学からの仲。彼女は基本保健室にいる。
身体が弱いというのもあるが、中学生の頃から実質不登校なのだ。
通信の高校に入ると話を聞いたので、てっきり中学でお別れだと思ったけど、この高校に進学してきた。
由希奈は異様に賢いから、受験自体は簡単だろうけど。
ただ入学した2週目から保健室出勤だそうだ。深くは突っ込むまい。
「お世辞でも嬉しいよ。ふふ、救われた気分だ。サウナに入った後の水風呂のような、冬が辛いほど春が来た時には嬉しい物だしね。先輩と久々に会えて私も嬉しい感無量だ。まぁ私はサウナには入った事がないんだが」
「大袈裟だなぁ」
「大袈裟なものか、いやショックだよ。うん。私はだいぶ喜びを抑えてるつもりなんだ。引かれないようにね。だけどその表現ですら大袈裟となると、私が感情のまま話したら、やはり先輩に引かれてしまうな。なのでこれくらいの温度感で改めて接するようにするよ。こういうバランスが取れるのも育ての親が私に人間関係のいろはを教えてくれたおかげだ。欲をいうならもっと色々教えてくれれば良かった」
「友達の作り方とか」と言って由希奈は持っていた文庫本をパタンと閉じる。育ての親か・・・
由希奈はよく苗字が変わる。
センシティブな部分だし、勿論彼女が深刻な相談をしてきたら受け止めて相談に乗るのはやぶさかではないが、自分から話さないのであれば、あえて深くは聞かないようにして接している。
対等に接するのが礼儀だと思うから。
・・・・っと、よし。
今日はこの机の上を整理して掃除は終わり。
「また会いに来るよ。僕も話し相手が欲しいし、また話そう」
「ありがとう待っているよ。毎日とは言わない。たまにで良いんだ。でも忘れないでほしい。先輩が『今日は良いか』と軽い気持ちで保健室に寄らない事で、ひどく落ち込む1人の少女がいるという事をね」
何やら重たい事を言われた気がする。
変わっているが決して悪い子ではない。
たまに面倒な時があるだけで、僕も彼女は嫌いでは無い。
「はいよ」
♢
書道部のドアをノックする。
今日も行くって言ったし、昨日のあれで顔を出さなければ本当に負け犬みたいで嫌だった。
凛花には事前に今日は遅くなると連絡した。
部活が終わって直帰すれば昨日ほど遅くはならないだろうし、連絡さえ絶やさなければ怒られもしないだろう・・・・多分。
「・・・」
ノックしても返事がない。
彼女は集中力がすごいので音に気がつかないのかも。
少しおっかないけど恐る恐るドアを開ける事にした。
「こ、こんにちは」
部活は3人いると聞いていたので、今日は複数人いるかもと思ったが今日も彼女は1人だった。
「あ?ああ泣き虫か」
僕と目が合った彼女第一声がそれ。
若干いじめっ子のようなニヤつき方をしている。
「変なあだ名つけないでよ」
「ぴったりじゃん。くく」
意地悪そうに笑う。
ちくしょう。傷口に塩を塗り込みやがって。
昨日のことはあえて触れないでおくのが大人の対応じゃないのか。
「僕にもプライドとか、一応、あるんだ」
「無い奴なんていない。小さいか大きいかだけでしょ」
「・・・ま、僕は元気一杯!」
「空元気って下手な奴がすると痛々しいだけよね」
何を言っても叩き潰される気分。
僕をまた泣かす気なのかこの子は。
「ほら、やるならさっさと用意しな」
彼女が小さな顔をクイっとする。
見ると僕が昨日使っていた用具が準備されていた。
準備してくれたの?
僕が昨日行くって言ったから。
「準備してくれたの。ありがと」
「別に。目の前でタラタラ準備されて私の気が散るのが嫌だっただけ」
意外に面倒見が良いのかな。
というかやはり、彼女は年上なのかもしれない。
「ありがとう、っていうか自己紹介まだだよね?僕は2年の本田凛夜・・・です」
後輩だとわかっているのに何故か敬語になってしまう。
「1年、空見夏希(そらみなつき)」
「はは、やっぱ後輩なんだ。」
良いながらチラッと彼女の顔をみる。
もしかして僕が先輩だと気が付いていないのでこういう口調の可能性もあるからだ。
「で?さっさとしろよ」
力強い瞳でギロリと睨まれる。
「う、うん」
彼女は先輩後輩関係なく、みなにこうらしい。
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