第二話

コクピットの椅子で頭を打って気絶していたアレックスは、2時間ほどしてから意識を取り戻した。重い瞼を開きながら目を覚ます。操縦桿を倒し、ジェットが故障して飛行不可能となったIGFを、地面に足を突き立てて、どうにかして立ち上がる。しばらくして砂嵐が流れていたモニターが回復する。不時着した地点は、軌道エレベーター付近では無く、そこからやや離れた湖に、半分水没した熱帯マングローブ林の浅瀬だった。機体頭部のセンサーで周囲を見回す。


「補給や街は当分なさそう……か」

困惑していたアレックスはようやく現状を呑み込んだが、部下に裏切られたショックは彼にとって大きかった。その真実に彼はただ打ちひしがれていた。

「突然背後から狙い撃ちしてくるなんて、一体なんのつもりなんだ。味方じゃなかったのか」


数十メートル移動すると、茂みが消えて視界が開けてきた。しかしそこに広がっていたのは信じられない光景だった。無数の巨大な鉄の残骸が辺り一面に埋まっている。近づいて見て分かったことだが、それは廃棄された航宙軍艦の残骸だった。そこら中に無数の鉄くずや残骸が広がる空虚な光景はまさに船の墓場と呼ぶには相応しい場所だった。


「これは凄い……IGF一機どころか、下手すれば何十機、いや何百機でも搭載できる代物だぞ。昔の連合にこんな代物があったとはな」


「ここで一夜を明かすとするか、上手く身も隠せそうだ」アレックスは一番近場の強襲揚陸艦クラスの廃墟船に近づき、艦尾のウェルドックのゲートの下部に手を突っ込み、こじ開ける。ゲートが音を立てながら、開いていく。


ウェルドックの内部には、おそらく百機はくだらないであろう大量のIGFが並んでいた。その多くは現行の機体と大きく違い、肩部や頭部に突起があり、全体的に曲線を描いたような、華奢ながらも、未来的かつ優美なフォルムをしていた。特筆すべきは普通のIGFにあって然るべき"足"が存在しないことだ。いや厳密にいうと足らしきものはあるが、腰部のスラスターと一体化し、尻の部分に向かって細く直線形の"足"が伸びている。


元来、宇宙戦には足など必要ない筈だ――。しかし、「兵器の初歩的かつ最終的な移動手段として足を無くすとは何事だ!」、「足の無い兵器など下らない!取るに足らないデカブツだ!!」と抜かす技術班の戯言を鵜呑みにした連中が、こぞってIGFから足を取っ払わなかった。言ってみれば老害共の多い連邦軍の旧い体勢が此処ぞとばかりに裏目に出ているようなものだ――。


「すごい。これが旧連邦軍の機体なのか……、改修すればもしかして今でも使えるかもしれないな」そうぼやきながら開いたゲートを再び閉じて、上手く機体を隠せる空間を探す。


艦の中央あたりに、天井が一段と高く大きく開けた空間が現れ、アレックスは機体の足を止める。

操縦桿を倒してしゃがみ、ハッチを開け腹部コクピットからバックパックを背負いながらハシゴ状のロープを使って降りる。バックパックから医療キットとシュラフを出す。


医療キットの小箱から包帯と鎮痛剤、絆創膏を取り出して、負傷したふくらはぎと顔に、適切な処置を施す。「暗くなるまでまだ時間がある。それまで艦内を散策するのもアリだな」

ウェルドックの階段を昇り、無機質な廊下を進み、長い階段を昇りブリッジの最上階に出る。

CICは現在の連邦宇宙軍が使用している軍艦とは比べ物にならない程に広大だった。


正面の大型スクリーンは元より、レーダー機器も全て見慣れないような形状をしていた。


「しかしおかしいな、舵がどこにも見当たらない」

アレックスは疑問に思う。現在の連邦軍艦隊の軍艦は基本的に人間の操舵によって航行している。


「いや待てよ。もしかしたらこの艦自動制御なのか」

士官学校時代に小耳に挟んだことがあるが、大戦初期の頃は「エーアイ」とかいうコンピューターによる、完全自動制御システムがあったらしい。


「しかし驚いたな、この星にはこんな代物がごまんとあるのか」

他にも何か掘り出し物が無いかと、くまなく探索を続ける。


艦長の席であろう半六角形のモニター付きスペースに進み、一冊の本を見つける。

「っと、これは…航海日誌か。しかし今はあまり時間が無いな、後で読むか」とアレックスは航海日誌をバックパックにしまう。


アレックスは戻り、再び自機を隠しているウェルドックへと足を早める。ひしゃげたゲートの隙間から真っ赤な夕陽が顔を覗かせる。アレックスはシュラフに身を包み、眠りにつく。「久々の休養だ。しっかり休むか」


ここのところ訓練に次ぐ訓練の日々でまともに睡眠すらとれていない。入隊時から仮眠はせいぜい10~20分くらいで、時間外に寝ている者は、体にむち打たれ強制的に叩き起こされる。


睡眠時間を極端に削り神経が高ぶらせた上に、ヘロインなどの薬物による洗脳教育を施し、極端な肉体労働により肉体を極限まで搾り取られる。まさに苛烈を極めた絵に描いた地獄のような日々だった。幸いアレックスは薬物に対して謎の耐性があったため、洗脳には至らなかったが、それからやっと解放される時が来たと知れたアレックスは、言葉にできない密かな喜びに包まれていた。


―そう思いながらアレックスは深い眠りにつく。


アレックスはシャッターの隙間から差し込む陽の光で目を覚ます。機体からハシゴ状のロープを降ろし、コクピットによじ登る。


「いい朝だ、少しふねの外を見てみるのも良さそうだな。どうせ誰も来ないだろう」

アレックスはコクピットのハッチを閉じてIGF〈アレス・フォール〉で強襲揚陸艦の外へと飛び立つ。外は清々しい程の快晴だ。雲ひとつ無い青空に、広大な砂漠の風景と、砂に埋まる軍艦の巨大な残骸が見える。あたりは至って静かで物音は全くしない。今のところ、何かが起きる気配はない。


艦内で確保した工具を使い修理が完了したIGFのジェットを駆使して、徐々に砂漠の地面から浮かび上がる。少しずつ高度を上げていき、遠くにそびえる揚陸艦の甲板くらいの高さでホバリングする。機体が治った証として自機の飛行実験に成功したアレックスは微笑を浮かべる。


コクピット右斜め上の双眼鏡を兼ねたカメラアイ用のゴーグルをアームを引っ張って右手で目元まで持っていき、覗き込む。目盛を調整し遠くを拡大する。


「あれは…街だ、街を見つけたぞ」

やっと街を見つけた。しかし、その規模は小さい。人口は推測するにそこまで多くはないだろう。


「あそこに向けて飛んでいくか」

レバーを握る手に少しだけ力を込める。

機体が加速していく。


街から少し離れた崖の、岩の裏側に着陸する。機体から降りて、崖の坂道を慎重に降りて街を目指して歩いていく。

街の入口に門が構えている。どうやら現地の言葉で「ようこそ」と書かれているようだ。アレックスは士官学校時代にグリトニル語を選考していたので、全てとまでは言わないが、読めるものもある。


街並みは木組みの横長な2階建て家屋や、角張った作りの商店の長屋が多く目立ち、やや茶色や黄色がかったシックな外壁に彩られている、いかにもな西部劇風の田舎町だ。店先の吊り下げ看板が山脈から吹き下ろす乾いた風に吹かれて「キィキィ」と音をたてて揺れている。


アレックスの胃と喉は、苦痛な訓練と作戦失敗によって溜まりに溜まった鬱憤を晴らすためのアルコールを強烈に欲していた。ここ一、ニヶ月以上はまともな酒を全く飲めていない、禁断症状が既に限界突破していた。商店街を歩きながら酒場を探す。


街は外見こそ寂れて見えるものの、そこそこ人通りは見られた。

通りかかった果物屋や古着屋、骨董品店には人だかりができていた。

アレックスは大通りから一つ入った通りにあった、山小屋風の屋根の崩れかかった、ボロい酒場に迷わず入った。店名は「saloonサルーン」というらしい。


酒場の中には大きな樽が複数置かれ、天井は木の骨組みが丸見えになっており、その天井を大型のファンが悠々と回っている。何から何までもが木で作られ、傷が刻まれて傷んで年季が入っているのが絶妙な西部劇風チープ感を演出している。店の中は非常に広く、テーブルが多く置かれており、その多くをどう見ても気質(かたぎ)ではない連中が陣取っていた。そして耳障りな大声で会話を続けている。


「ちっ、うるせぇな…」アレックスは大人しく一番奥のカウンター席に向かっていき座り「テキーラのショットを一杯」と注文する。頼りなさげな見た目の痩せこけた、弱々しそうな顔の店主は「は…はい」とだけ答える。少ししてグラスにテキーラが注がれ、上にレモンが乗ったショットが出てくる。


テキーラが入ったグラスに口をつけようとすると、後ろからやたらデカイ男の声が聞こえてくる。

「おいあんた。見ねぇ顔だな、余所者か」

「そうだったら、どうするんだ?」

アレックスはせっかくの一杯を邪魔され、ややキレ気味で返した。しかし無視して飲み続ける。


「だったらぶっ殺すまでだ!!やっちまえ野郎ども!!」

拳銃の弾がグラスに当たり、砕けてテキーラが溢れ出す。振り向くと、でっぷりした体型に顔にぼうぼうと髭を生やしたガタイの良い大男と、その取り巻きであろう集団がナイフや猟銃、刀を手にして今にもアレックスを襲わんとしている。


アレックスは下を向いて深く溜息をつき、舌打ちする。

「ったく、どいつもこいつも、そうやって俺の休みを奪いたがるんだな。久々に一発かますとするか」と言い放ち首や肩をポキポキ鳴らし、拳を前に突き出し臨戦態勢に入る。


大男は銃の引き金を引き、銃口から煙が吹き出て、銃弾が地面に転がる。避けたアレックスは拳で顔面を殴るだろうという相手の予想に反し、膝を折り、うつむき加減になりながら、大男の股間にキックをお見舞いする。


大男は股を抑えて、「ウオォォぉぉーーー!!!!痛えぇぇぇぇーーー!!!」と叫びながら地面を転げ回って悶絶する。


「お、お頭ー!!貴様、よくもぉぉぉおおーーーー!!!!」

アレックスは、襲いかかってくる取り巻き連中を振り払い、その中のヒョロガリなカウボーイハットの男に飛びかかり、背後から羽交い締めにして男が手元に持つ自動小銃を奪い、後ろのその他大勢に向けて連射する。


店の窓や壁、樽に銃弾が直撃して割れる。

割れた樽から酒が流れてくる。


「あ……あわぁああ、わ、私の店が……」

店主が顔面蒼白になっている、まあ無理もないだろう。

お気の毒に


銃弾が連中の体に当たるたびに、その勢いで仰け反り、傷跡から勢いよく血が吹き出す。

店の床に薬莢がカランコロンと落ちて転がっていく。


「なんだよお前ら。大層な口聞いといて大したことないじゃないか」

「こ、この化け物が!!」


「まあその怪我はあとで医者にでも行って治してもらうんだな。有り難く思え、急所は外しといた」


連中が喚いていると、店の奥から女性の声が聞こえてくる。

「まぁ、あんた達。またやってくれちゃって!!まったく、とんだ御迷惑だよ!」

店の奥から出てきたふくよかな年配の女性は顔をしかめる。

「うわ、女将さん!!」

「いい加減にしろよ、エイドリアン」

さっきまで尊大な態度をとっていた、エイドリアンと呼ばれた大男は、女性の顔を見るなり正座して大人しくなる。


「はぁ?」アレックスは大男の態度の変わりっぷりに首をかしげる。


「悪いね。お客さん、騒がせちゃって。私はここの店主の内儀だ。こいつらと来たら、いつも私の店に来てはどんちゃん騒ぎして荒らして帰っていくのよ!こいつらは後で私がこっぴどく叱ってやるから安心しとき!!」


「は…はぁ」現状を上手く呑み込めないがアレックスは適当に頷いておく。


「この人ら、一体なんなんだ」

アレックスはエイドリアンらを指差して聞く。


「あ、あっしらはゲリラ兵よ」

エイドリアンは答える。


「ゲリラ?」

「そ、そうよ。あっしらは共和国や連邦の脱走兵がほとんどよ!最近この辺りに出没する"海賊"と戦っているんすよ!!」

「海賊だぁ?何言ってんだ、ここは内地だろうがよ」

アレックスは素っ頓狂な声を出す。

「まあねぇ、ここは確かに内地だけど、あいつらは"陸の海賊"だ」

「へぇ、陸の海賊…ねえ」


「あっしらは、そこの砂漠に転がっている大戦時代の軍艦や兵器のガラクタから使えそうなもんを見つけて、闇市の武器商人を名乗る連中に売り捌いて生計を立てているッ!だが!ある日突然、その海賊とやらがやってきて、ガラクタを掻っ攫って持って行っちまったッ!!」


「でも、俺ら一応軍にいたから、いざあいつらが来ても戦えるっすよ!」

さっきのヒョロガリが意気揚々と言う。

アレックスは自分も軍隊にいたと言う事は隠しておくことにした。


「まあ、俺はもう帰るよ。ほら、これはお礼のチップだ」

アレックスはジャケットのポケットに手を突っ込みながら、酒場を後にする。


日が傾き、アレックスは宿を探すことにした。

とりあえず通りを歩きながら一軒一軒ずつあたっていく。


五軒目くらいでやっと空き部屋があるという寂れた宿を見つけて、そこに泊まることにした。

通された部屋は簡素な作りだった。小さな丸形テーブルと、ベッド一式、そしてラジカセが置かれている。ベッド上に転がり、眠るわけでもなくただボーッとする。近くのラジカセのスイッチを入れて音量ミキサーを上げていく。


ノイズが混じりながら、DJの軽快なトークと共に、古いディキシー・ソングが流れてくる。ゆったりとしたストリングスのメロディーにアコースティックギターの軽やかなサウンドが重なり、ノスタルジックな響きを醸し出している。

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