第一話
アレックスは、地下資源掘削用コロニーと、その運搬のために建造された軌道エレベーター及び周辺基地の爆破任務に着いている。エレベーターの基部周辺は共和国の所有する一大補給基地となっており、ここを経てば敵基地への補給は一時的に遮断される。エレベーターごと補給基地を襲撃、爆撃機により爆破、倒壊させて、共和国の補給線に大打撃を与える。
「総員第三種戦闘配備、繰り返す!総員第三種戦闘配備!!」
女性士官のアナウンスとサイレンが艦内にけたたましく響き渡る。
「深度オールグリーン、異常なし!」と通信士のエマ。
「錬洋石の補充はバッチリ済ませといたか?」
上官が煙草を手に言う。
「ああ、たっぷり補充しといた。これでいつでも出撃できるぞ」
今回の作戦は空中任務が主だ。錬洋石の補充は必須である。
「打撃空母マレヴォルジュ、及び連合王国航宙軍第七遊撃小隊は、これよりグリトニル大陸、共和国軍輸送エレベーターの爆破作戦を開始する」
乗組員がせわしなく走り回る中、アレックスは数人に肩をぶつけられながら、右手に抱えた連邦軍仕様の漆黒のフルフェイスヘルメットを着用し、艦尾の格納庫兼ウェルドックへと足を速める。
格納庫には、ざっと20機のIGFが整列している。アレックスは、オイルの匂いが作業服に染み付いた眼鏡姿の女性整備員を一瞥し軽くアイコンタクトを交わす。IGFを取り囲む簡易階段を早足で駆け上がり、専用クレーンに乗り移って腹部付近のコクピット部分に乗り移る。重いハッチを少し努力して閉じる。アレックスはシートに深く腰掛け目を閉じ、深く息を吸い、そして静かに吐き出した。
エンジンが熱を帯びてくると同時に、コンソール一式が作動し、周囲のモニターに外観が映るが、その解像度は極めて粗い。
〈アレス・フォール〉のコクピットはお世辞にも乗り心地が良いとは言えないお粗末な出来だ。リニアシートは上部からアームで吊り上げられている。その座り心地は硬く、とても快適とは言えない。安全装置は肩部から伸びる2本のシートベルトのみ。照準器は右側上部に接続されているゴーグル型のヘッドマウントディスプレイ。そしてこの機体を象徴するコクピット装備の極めつけは、パイロットから見て前部にある旧型のコンソールだ。アナログのメーターや丸型のレーダーが所狭しと並ぶ様は、まさに前時代的な代物だ。当機の頭部もごく最低限の設備が施されており、目立った意匠は見られず、モノアイ型のカメラアイ程度にあると言っても過言ではない。
武装は両肩部の対空ミサイルランチャー二基とロケット弾ランチャー二基、頭部の60mm機関砲、腕部と一体化した巨大なリヴォルヴァーカノンやバルカン砲一式である。
「全く、こんなオンボロをいつまで使いまわしてんだかなぁ、俺たちはさ~!」と四号機パイロット、ダン・イーゼルスタンドは思わず愚痴をこぼす。いつも飄々とした態度で、度々上官や同僚の反感や怒りを買っており、しばしば争いの種にもある厄介者である。士官学校時代も教練をサボり、不良生徒として名を轟かせていた。
「確かに、そろそろ新型機を導入するなり、この機体を改修するなりしてくれても、いい筈だよなんだよなぁ」五号機パイロットのリアム・ハルトマン少尉が口を開く。「まあ、でもこんな地方の一小隊に掛ける程の予算が、今の連邦にあるとは到底思えないけどな。多分上層部も余裕が無いんだと思うよ」
連合は先の大戦「聖一二〇年戦争」で莫大な損失を蒙った。共和国を始め、周辺諸国から多額の賠償金を請求され、その結果大幅な軍縮を議決した。新型機開発、研究に掛ける予算もなくなり、既存のIGFと錬洋石を使い回して、その使用量と予算も減らすしか方法が無かった。
「少しは口を慎め、作戦に集中できない―」
「はいはい、わかりましたよー」
ダンは済ました顔で首と手を振る大げさなジェスチャーをとり、鼻で笑った。
そこには、これから実際の戦場に赴く者とは取れない余裕が感じられた。
本当にわかっているのだろうか―、アレックスは心の中で疑問に思った。結成僅か五年とはいえ、この部隊の士気は本当にしっかり保たれているだろうか―。
アレックスからのイヤーカフの通信を一時的に遮断したエドワードは「何ていうかあいつ……レオがいなくなってから変わっちまったよなあ」と過去を振り返りながら言う。
「まあでも、あのぶっきらぼうで話しかけても何の反応も示さなさかったアレックス君が、ここまでリーダーシップを発揮するとは思わなかったよ」リアム・ハルトマンが口を挟む。「あの時と比べたら彼は感情表現が良くも悪くも増えたし」
「ザザッ…ザザッ……」と言うノイズに続いて耳元の無線イヤーカフに艦内の
「諸君に告ぐっ!!」アーネスト・ヘッジホッグ二等宙佐はドックのIGFパイロットに呼び掛ける。
「諸君が今回向かうミッションは、敵地への補給を経ち戦力の持続を遮断する重要な任務だ!つまり、我が軍の戦略にとって、ひいては我ら連邦の栄誉が掛かっている!!敵前逃亡は死に値する、命を投げ打ってでも任務を全うせよ!!諸君らの健闘を祈る!!」と檄を飛ばす。
「
ーある者は故郷に置いてきた家族の顔を思い浮かべながら、ある者は階級特進を夢見て、この任務に従事している。その大半がきっと笑顔で喜んで戦場へと送り出している訳では無いだろう、とアレックスはふと思った。アレックスの両親は、比較的彼に冷たく過干渉とは程遠かったが、入隊に対しては強く反対された。だが無理やり入隊してやった。
CICからの通信が切れた途端に「……全くよぉ、軍のお偉いさん方は脳筋野郎しかいねえかっつうのー!」と二号機パイロットのエドワード・エドモンド二等兵曹が口を開く。エドワードは第四衛星フィオスの生まれで、IGFパイロット士官学校の出だ。アレックスとは同期であったが、彼が成績の上でアレックスに勝る事はなかった。このことを未だに根に持っている節があり、彼に対して度々侮辱的な言動を繰り返している。
「アレックス、お前はいいよなぁ~っ!前回の大規模演習でトップの成績だったもんなぁ~!!!!」エドワードは調子に乗って更にまくし立てる。相変わらず態度だけ一丁前で口の減らない連中だ。後々痛い目を見ればいい。
「っ……!」
アレックスは歯ぎしりした。
「それで少佐に目を付けられて、昇進一歩手前だってぇ??羨ましいなぁ!…おい!!」他の士官もつられて愚痴をこぼす。「俺たちにもそのコツを今度レクチャーしてくれよ!なぁ!!」
頭に血が上ったアレックスは「黙れ!少しは任務に集中させてくれ!」コクピットのコンソールを叩く。
「はいよっ!次世代のエースパイロットさん」
アーネストは清々しい程の満面の笑みを浮かべている。
まるでこれから戦闘に行くものの顔とは思えないくらいだ。
「全機、射出準備完了!」
隊の間に緊張が若干緩んだ空気が流れる中、それを遮るようにして司令が入る。
「おっと、そろそろだな」とダン
「総員出撃!!」との司令と共に、赤いサイレンが点滅し、ドックのゲートが開く。目下にはウルスラグナの荒れ果てた赤茶色の大地と、そして丸い地平線が広がる。
「30分後に大気圏へと突入する!各自備えよ」
「
「イシュタリア連邦王国に名誉のあらんことを!!」
威勢の良い掛け声が緊迫した艦内に響き渡る。
カタパルトのピストンをつなぐアーム部分を機体の脚部に引っ掛ける。
「出撃!」の司令とともにピストンが作動し、機体は順に宇宙空間へと放り出されていく―。
「まもなく大気圏に突入する!各自備えろ!」
「
機体が大気の赤い炎に包まれ、暗い宇宙空間を地表に向け重力に任せて降下していく。
降下していくにつれて、その視界は黒から青へ、みるみる明るくなってくる―。
しばらくして眼下に巨大な塔が現れてきた―、アーカディア共和国軍が保有する錬洋石輸送用の軌道エレベーターである。
二本の円筒形の巨塔が並行して隣接し、その上部に、ドーナツ型の3階建て軌道ステーションが悠々と旋回している。底部と上部軌道ステーションの間を、ボールのような球体が縦にずらりと並んで行ったり来たりを繰り返している、周辺にある補給基地から物資を調達するコンテナを積んだカゴだ。底部には、四つの柱に囲まれた施設がある。現在の高度からだとそのディテールは定かではないが、補給基地かなんかだろう――。
連合王国航宙軍第七遊撃小隊、通称「アレックス小隊」のIGFは空中で編隊を組みながら、エレベーターの地上部分に向かっていき、エレベーターのコンテナの外壁に向かって対空ミサイルやロケット弾、銃弾を一斉に投射した。コンテナが強く横に揺れて、外壁が火花を立てながら抉れて落下していく。やがて自動安全装置が稼働し、エレベーターはやがて沈黙、完全停止する。
「戦略爆撃機部隊一~三番機、射出準備完了!!射出!!」
強襲揚陸艦艦内から司令とともに爆撃機が発進し、停止した軌道エレベーターの上空に接近し、コンテナが上昇する塔や基部に、空中発射弾道ミサイルを打ち放って再び空の彼方へと舞い戻っていく。嵐のような数の弾頭が炸裂したエレベーターの塔は爆発し、音を立てて基部の補給基地と、中間あたりで見事に二つに分断されて崩れ落ちていく―。
支えを失った軌道エレベーターの柱が、ガラガラと崩れ落ちていく様はまさに壮観そのものだった。まさにバベルの塔が神の怒りを買い、天から雷を落とされて破壊されたかの如く――。それを見たアレックス小隊は感嘆の声を上げた。
「す、すげぇ!!あの巨大な軌道エレベーターが崩れていくぞ……!!」
「あぁ、作戦は成功だな!!」
「やりましたね!!」マーレヴォルジュの艦内でも歓喜と安寧のムードが流れる。「ああ」アーネスト二等宙佐もモニターを眺めながら、その表情を笑みの形に歪める。
しかしその時士官の一人が異変を感じ取った。
「目標地点の上空に接近する飛翔体らしきものを確認!」
「何だとっ!?」
「飛翔体がアレックス小隊に向かって急接近しています!!」
「かっ…会敵までおよそ30分!」
エレベーターの静止軌道部付近に、10機程度のIGFが飛んでくる。全身が茶色と緑の迷彩柄に彩られ、角張った頭部に三つ目のカメラアイが顔を覗かせる。両肩部に対空ミサイルランチャー四基が装備されており、ショルダーアーマーには共和国旗が刻まれている。手元のマシンガンと巨大な
そのうちの一機がアレックス率いる小隊の三号機に対して奇襲をかけてきた。
「なにっ……?!」
槍先がIGFの頭部カメラアイを貫通し破壊して、コクピットのモニターは砂嵐になる。マシンガンの銃口から放たれた銃弾が胸部に向かって勢いよく撃ち込まれる。パイロットは必死に手探りで操縦桿をガチャガチャ動かし抵抗しようとするが、悲しいかな―、敵機の残りのランチャーから発射された空対空ミサイルの弾頭が、三号機の胸部に直撃する―。
「三号機!おい、どうした三号機?応答せよ!繰り返す!三号機応答せよ!!」
士官が必死に呼び掛けるが、返事は一向に返ってこない。機体の通信機器が完全にイカれてしまった。パイロットは死を悟った。故郷に置いてきた妹や家族の顔が走馬灯のように彼の頭の中を流れていく―。やがてその走馬灯も意識が薄れていくにつれて、見えなくなった。
「クソ、一体何が起きたって言うんだ…」エドワードはこの絶望的な状況にただただ打ちひしがれる。こちらの機体はあくまで「量産機」――連邦の軍縮計画により機体のコストと性能は計画的に弱化させられていった。元から量産機なんて使い捨ての片道切符みたいな代物である。正直、命が幾らあったってこの戦場では足りないだろう―。
「チクショー、動かねえ!操縦不能だクソッタレ!!」と吐き捨てて手元のレバーを引っ張り、脱出を試みる。脱出ポットがパラシュートを伴いコクピットから離散する。
機体本体の錬洋石の力も既に尽きた―。
束の間、上空を舞った脱出ポットを待ち受けていたのは、敵機ミサイルの一撃だったー。ポットは旋回する弾頭によって装甲が削られていき、弾薬が内部の燃料に反応し引火、爆発し、一瞬にして粉塵に帰す。
「三号機、消滅しました!」
「?!」
アレックスは目の前で起きた凄惨な光景を目の当たりにした途端たじろぐ。三号機の機体はそのまま地上めがけて勢いよく落下し、爆発する。目下の地表は砂漠とはいえ、この高さから落下したらコンクリート並の衝撃が機体に伝わってくる。願わずとも、衝撃をモロに受けた装甲は原型を留めてはいられないだろう。
「クソ―!!」
上官は苦悶の表情を浮かべる。
「これが……共和国のIGFか」
「そうだ、これが我々の機体性能だ。あと10分気が付くのが早かったら良かっただろう―己の不幸を呪うがよい!」
「てめぇっ…!!」
四号機は敵機に狙いを定めて、ランチャーからロケット弾を発射する。
うち二発が、弾頭の軌道を読んだ敵機がスラスターを他所に噴射したお陰で狙いを外し、そのまま近場の味方機へと突っ込んでいった―。
残りのロケット弾は敵機の胸部装甲を焼き払い、コクピット内のパイロットに傷を負わせた。
「くっそ!狙いを外した!!」
「味方機をまた失ってしまった!」
「ええい気にせず進め!進軍あるのみ!!」
しびれを切らした上官がレーダー型モニター越しに怒鳴る声がイヤーカフから嫌というほど聞こえる―。アレックスはちょいとばかり煩く感じて歯ぎしりをしながら、カフの音量を絞る。
刹那、アレックス機から二時の方向に敵影が迫る。いや、正確に言えばそれは敵機ではない。先程まで彼の小隊で戦っていたエドワード、そしてリアムが操縦する機体だった。油断していた隙に自機の背中にライフルの射撃をお見舞いされた。
「……貴様裏切ったのか……!?」
襲ってきたのはエドワードの搭乗する二号機だった。
慌てて問いかけるが、返事は返ってこない。
―通信を切っているのか?
「なっ!やめろ!貴様、自分が何をしているか分かっているのか!?」一号機は足蹴りを喰らい、仰け反る。アレックスは叫ぶが届く筈も無く、スラスターにカノン砲の乱射を喰らう。
「くそっ!ここまでかよ……!!」スラスターから黒煙が上がり、上昇不可能となり、機体は落下していく。ドン!という大きい音と共にコクピットが大きく揺れ、膨らんだエアバッグに顔を埋める。
「おい一号機!三〇分後に帰投するぞ!聞こえているか!?おい、一号機応答せよ!」
「放っとけ、どうせそのうち息絶えているだろう」
信じられない言葉がイヤーカフ越しに流れる。しかしその声も次第に不鮮明になっていく。
体が……傷がジンジン疼く……、顔に触れた手についていたもの、それは「血」だった。
アレックスは「死」を覚悟した。視線の遥か彼方には、空へと舞い戻っていく僚機の姿が見える……。砂塵が風に巻かれ無情にも巻き上がる。「はは、嘘だよな…………この俺が…………」アレックスは自分の置かれた状況を理解できないままただ、呆然としていた。
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