実戦講習
◆
数日後、実戦講習のためにフィルスたちはギルド前に集まった。
フィルスの腕にはこれまでつけていなかった腕輪が嵌められている。
数はフィルスを含めて5人。それに現役冒険者の講師が加わる。
「おおおおはよう、ふぃ、フィルス」
「ライデルおはよう。参加することにしたんだね」
「うう、うん。おな、同じパーティになる、とはおもわなかったけど。よ、よろしく」
「こちらこそ! ライデルの魔術を見るのが楽しみだな」
フィルスが言うと、ライデルの吃音がやや酷くなり、頬が僅かに赤く染まる。
「おいおいライデル、そっちの趣味でもあるのかい?」
振り向くと生徒が三人、笑顔で立っていた。
エリオ、カレン、ヘイズ。
彼らもフィルスの顔見知りだ。
講習のクラスも時間が経てば自然とグループが出来るが、エリオはよくカレン、ヘイズと一緒に居る。
エリオは講習生の中でも年かさで、頼れるお兄さんポジションといった所だ。
落ち着いた物腰は性別を問わず人気があった。
「やあみんな。そっちってどっち?」
「いや、それは気にしなくていい──でだ、フィルス、君と組めるのは嬉しいな。あの惨劇を見た身からするとね」
冗談めかしていうエリオに、フィルスとしては言い返す事ができない。
──確かに後一歩で本当に惨劇になるところだったからなあ
一応フィルスはフィルスなりに反省はしているのだ。
ただ、もし同じ状況になれば同じ様に冷静さを欠かない自信はなかった。
──だってゲドスの事を……
フィルスの中でゲドスがどれ程大きい存在となっているのかはフィルス自身にも良く分かっていない。
しかし、少し貶されただけでもカチ切れる程度には存在が大きくなっている事は確かだった。
・
・
「皆、集合!」
渋い声が響き渡った。
講師のマカクは中級二位、精悍な顔立ちのイケ親父だ。
日に焼けた肌が健康的に輝いている。
ルーサットの北西60キロ程の商業都市ベジンからやってきた冒険者で、今回はソツなくまじめな仕事ぶりが評価され講師役として声をかけられた。他にも、実戦講習を受ける班がいくつかあり、それぞれ別の講師が引率している。
「今日は実戦講習だ。安全第一だが、実戦さながらの経験をしてもらう。心の準備はいいか?」
マカクが言うと、生徒たちは緊張した面持ちで頷いた。
◆
北の森の入口までは徒歩なら2時間程だ。
直線距離で10km程度である。
朝いちばんの空気は冷たく美味く、ちょっとした距離でも気持ちよく歩け通せそうではあるが──
「ひ、っひっ……ふう……」
ライデルが別だった。額には大粒の汗が滲み、顔色は青白い。
息が切れ、死にかけた野良犬の様な風情だ。
「ライデル平気?」
半死半生のライデルにフィルスが心配そうな様子で尋ねる。
ちなみにライデル以外は平気の平左である。
フィルスは汗一つかかず、周囲の景色を楽しむ余裕さえあった。
魔術師であるという事情を考慮しても、ライデルには体力が無さ過ぎた。
「ライデルはもう少し体力をつけたほうがいいな。フィルスを見ろ。汗もかいてないぞ」
マカクの言葉にライデルは血を吐きそうな返事をする。
「はぁ、はひっ……」
フィルスはライデルの隣に歩み寄り、チー牛を勘違いさせるような優しい笑みを向けて「ライデル、一緒にゆっくり行こう。僕も少し疲れてきたし」なんてことを言う。
ライデルはフィルスの気遣いに感謝しつつも、申し訳なさそうに微笑んだ。
「ご、ごめんね、足を引っ張ってしまって……」
「気にしないで。皆で行くんだから、皆で着かないとね」
マカクは呆れた様子で「もう少しだ、頑張れ」と言った。
カレンは特に関心を示さず、前方の景色に目を向けている。彼女は強い男が好きなのだ。軟弱なライデルは視界にも入らない。
ヘイズは軽くため息をつき、呆れたように呟いた。
「全く、こんなペースで大丈夫なのかよ」
声色的には蔑み半分呆れ半分といった所だろうか。
ただヘイズも少しは心配しているのか、ちらりとライデルの方を見る。
・
・
エリオは後ろを振り返り、荷袋から革の水袋を取り出し、器に注いでライデルに手渡した。
「ライデル、大丈夫かい? ほら」
「え、エリ、エリオ。ありが、ととう。って、ここれ、紫色だけど……」
「ああ、活力が出る実を溶かしこんでいるのさ。僕の実家は薬屋を営んでるんだ」
「そ、そそそうなのかい」
ライデルが一息に飲み干して数分もすると、「すす、すごいねこれ」とエリオに笑顔を向けた。
明らかに足取りが軽やかになっている。
「折角だしフィルスもどう?」
エリオはライデルの隣を歩いていたフィルスにも勧める。
「ふぃ、フィルス、ものみな、よ。凄い、ここ効果だ。さ、ささすが薬屋!」
ライデルは先ほどのへばっている様子が嘘のようだった。
「え? 僕はそんなに疲れていないから……うーん、どうしようかな」
フィルスは自分でも思ったより体が軽い事に驚いていた。
──最近は走っても気絶しないようになってるし。僕も体力がついてきてるのかな。それともゲドスの……
ここ最近、フィルスは毎晩の様にゲドスの慰み者になっていた。
時に優しく、時に乱暴に、まるで恋人同士の様にむつみ合っているのだ。
そのせいでフィルスは自分の性別というものが良く分からなくなっている。
男なのか、女なのか。
「……最近、どっちでもいいやみたいに思ってる自分がいるんだよなあ」
柔らかな春の芽の様な緑の髪の毛をかきむしり、フィルスは性自認の沼に嵌って苦悶する。
「ん? どっちでもいいっていうのは?」
内心の声が漏れてしまっていたのか、器を持ったままエリオが聞き返してくる。
「ああ、ごめん、なんでもないんだ。うん、僕もいただくよ、ありがとう……あ、結構おいしい」
「見た目はちょっと怪しいけどまずまずだろ? ひ弱なライデルが元気になっちゃうんだから、効果は抜群だよ」
「ちぃ、ちょ、ちょっと、ひどいことをいうな、あ」
そんな会話をしているうちに──
「よし、ついたぞ」
マカクの大きな声が響いた。
北の森についたのだ。
◆
「よし。ここが北の森の入口だ。森がおおまかに分けて浅域、中域、深域に別れている事は習ったな? それぞれの領域を見極め方だが、樹の色を見るんだ。では魔物を探しつつ、依頼の対象となる植物を教えていく」
マカクはそう言って、森の中へと足を踏み入れた。
歩く事暫し。
マカクは足元の草に視線を落とした。
「これが『星花草』だ。夜になると星のように光る。打撲の治療薬の材料としてそれなりに有用で、常に採取の依頼が出ている。ただ、昼間は見つけにくい。夜なら簡単だが夜は魔物共が活発に活動する。最初の内はやめておくことだ。葉の形と茎の色を覚えておくといい」
「次はこっちだ」
少し進んだ先で、マカクは紫色の実を指差した。
「これは『紫尾の実』。これは睡眠薬の原料だ。といっても眠気をもたらすのではなく、時間をかけて弱い麻痺を齎す。体は脱力し、思うように力をだせなくなるが、この脱力状態が良い眠りを与えてくれるんだ。睡眠不足は冒険者の宿病だぞ。探索帰りなんていうのは緊張が体に残っていて、眠れなかったりするからな」
森の奥へ進むにつれ、生徒たちは次々と新しい植物や地形の特徴を学んでいった。
マカクの説明は的確で、生徒たちの疑問にも丁寧に答えてくれる。
・
・
突然、マカクが手を挙げて制止の合図を出した。
「静かに」
全員が息を呑んで立ち止まる。
「匂うな、獣の匂いだ。森林狼で間違いないだろう。俺たちを見ている」
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