面倒くさいフィルス
◆
フィルスは冒険者ギルドの一室で新人講習を受けていた。
部屋には新人冒険者たちが並んで座り、前方では一人の女が立っている。
鋭い目つきの凛とした女だ。
肩まで伸ばした黒髪はまるで黒牙虎の毛皮の様に艶がある。
シンプルな革の胸当てと動きやすい軽装のズボンから見るに、本職は斥候か弓師だろうか。
腰には短剣が一本差してあった。
「初めまして。私はリンベル。 『逆牙』という冒険者チームに所属しています──まあそれはともかく、今日は皆さんが最初に挑むであろう北の森についての座学を行います。それでは早速はじめますね」
リンベルが前方の黒板に白墨でルーサットを中心とする周辺地域の簡単な地図を描いた。
{IMG204421}
「今日の講義は『北の森林地帯』についてです。この地域は新人向けですが、油断は禁物。これから簡単に当該地域の概要と出現する魔物について説明をしますので、メモを取っておくように。討伐依頼にせよ採取依頼にせよ、魔物と遭遇する可能性は常にあります」
フィルスはノートを取りながら耳を傾けていた──隣からのチクチクとした視線を努めて無視しながら。
講師はちらとフィルスの方を見て、それから森林地帯の地理と特徴について話しはじめた。
「北の森林地帯で探索をするならば、最初は森の入口付近で行うといいでしょう。中域より奥は湿度が高く、霧が頻繁に発生します。木々が生い茂り視界も悪いため、それなりに難易度はあがりますよ。目安として次に説明する森林狼を余裕をもって撃退か討伐ができれば……といった所ですね」
──余裕をもって、かぁ
フィルスは森林狼を見た事がないが、似たような種類の荒地狼というものなら見た事があった。
砂色をした巨大な狼で、瞳は真っ赤に染まって見るも恐ろしい外見だった。
まあ、ゲドスがあっという間に一刀両断にしてしまったが。
『本来は脅して散らすのですがな。仲間を潜ませているようで、逃がすと少々厄介でした』と言いながら血糊を拭き取るゲドスは、フィルスの目にどれ程頼もしく映った事か。
──あの時のゲドスはかっこよかったな。……って、うーん隣の……
チクとした視線がまるで物理的圧力を持っているかのように、フィルスの頬を刺す。
{IMG204422}
「まず最初に、この地域に多く出現する『森林狼』から。これは通常の狼と外見は似ていますが、通常の狼の様に群れで行動する事がありません。ほぼ単体、ごくまれに二頭で行動をします。ただの狼だと侮ってはいけませんよ。身体能力そのものは狼と似たようなものですが、牙は別です。大きく、そして鋭い。非常に危険です──木製の盾くらいでしたら平気でかみ砕いてきますからね。対処法は攻撃を受けないように。ようするに避ける事です。動き自体は直線的なので見極め安いでしょう」
隣の席からは視線だけじゃなく、ついには「チッ」という舌打ちまで聞こえてくるではないか。
{IMG204423}
「次は『岩豚』です。この魔物は岩のような硬い外殻を持つ魔物で、しかも素早い。突進はまともに受ければ大の大人でも骨折は免れないでしょう。ただ、突進を武器とするくせに頭部が非常に打たれ弱く、あなた方の力でもハンマーか何かで殴りつけてしまえばたちまち昏倒させることができます。ハンマーがなければ木か岩を背にして、ぎりぎりで躱すと良いでしょう。次は────」
そうこうしている内に座学が終わりに近づく。
「最後に強調しておきますが、この地域は新人向けの場所です。しかし人が死ぬには十分すぎる程の危険を孕んでいます。冷静に行動し、仲間と協力して危険を回避してください。それとなるべく講義は真剣に聞いておくといいでしょう。というよりは、聞く気がないなら帰って頂いてもかまいませんからね。それでは本日の座学は終了いたします」
・
・
「ちょっとアンタなんでこんなトコいるわけ。アンタのどこが初心者冒険者よ、すっかり騙されたわ」
講習が終わり、帰ろうとするフィルスにそんな声がかけられる。
見れば先日、半殺しにした紫色の髪の少女剣士だった。
「なんでって……あ、この前は」
ここまで言った所で、ゲドスの言葉が脳裏によみがえる。
──『もし次、舐めた真似をすれば骨折じゃすませない』と優しく声をかけてやるといいでしょう
これまでフィルスはゲドスから様々な助言を受けてきたが、そのどれ一つとて無駄なものはなかった。
だから──
「もし、次……この前みたいに絡んでくるなら──次は骨折だけじゃ済まさない」
見開かれた目は狂熱を孕み。
全身から発された暴の気配は、毒気の様に少女剣士の周囲の空気に浸食していった。
「なっ……、なっななな……なっ、なによ! なに! なんなのっ! 機嫌悪いってわけ!? この前の事は謝るわよ! ごめんね! じゃ、じゃあね! 私帰る!」
脱兎のごとく逃げ出す少女剣士の背を見送り、フィルスは大きく一つ溜息をついた。
◆
「ただいまぁ──って留守だ」
宿に戻ったフィルスは、ゲドスがいない事に気付いて僅かに頬をふくらませた。
「いや、別に僕の帰りをまっていないといけないわけじゃないけど」
別にね、と言いながらもフィルスの機嫌は確かに降下していた。
「どっかいくなら教えてくれても良かったよね、朝とか」
などと、面倒くさい彼女みたいな事を言うフィルスであった。
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