走れフィルス
◆
まだ朝日が昇り切らない時間、ルーサットの街は少しだけ賑わい始めていた。
早起きの冒険者たちが装備を整えながら街道を歩き、市場の商人たちも店の準備に忙しそうだ。
街全体が目を覚ましつつあるような街の雰囲気。
空はうっすら明るく、しかしまだ夜の冷たさが残っていて、ひんやりとした風が街を通り抜けている。
そんな目覚め始めの時刻に街の郊外でやかましく走る影が2つあった。
そう、ゲドスとフィルスだ。
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「ほれ!顎をあげてはなりませぬぞ!このように!ガンと前を向いて!腕を振るのです!」
たぷんたぷんと 肉を揺らし ながら ゲドスが叫ぶ。
走っているのだ。
その肥えた肉体の 重さを感じさせない 実に軽やかな 足取りで。
遅れて 十数歩、 フィルスが 半死半生 といった ていでゲドスの 背を追う。
足元は フラフラで いかにも 頼りない。
「な、あん、で……!ぼ、僕だっ……て!む、らでは……いちばん……」
僕だって 村では一番 足が速かった、 と言いたかったのだが 息が切れ、 まともに声を発することもできない。
「 全ての基本は 体力ですぞ!魔族と戦うのならば 体力がなくては話になりませぬ!ふっふっ! 三日三晩 剣を振り続け、 三日三晩 魔術を放ち続ける事ができなくては魔族など倒せませぬぞ!ふっふっ!獣です!復讐の獣になるのです、フィルス殿!ふっふ!村を滅ぼしたのは魔族ですぞ!村には親しい人たちはいなかったのですかな!?ふっふっ!当然いたでしょう!ご家族も! 仇を討たなければ!弱音など吐いてる暇はありませぬ!走るのです!走れ!走れ!獣は弱音を吐きませぬ!死ぬまで走るのです!死んでも走るのです!」
そうだ、とフィルスは思う。
──ゲドスの言う通りだ、父さんと母さんの、か、だきをうづ……で、でも足が!
──うぶっ
フィルスは嘔吐し、口の端から胃液を垂らしながらも──足を動かし続けた。
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「まあ最初にしては上出来ですな。まさか走り切るとは」
あっさりとした言い様だが、それなりに驚いているゲドスだ。
──本当なら弱音を吐かせるつもりだったんですがな。まさか「村では一番足が早いのに、負けてくやしい」などと言うとは思わなんだ
フィルスは地面に倒れ込んでいた。
全身は汗でびっしょりで、息をするたびに胸が大きく上下している。
両腕は大きく広げられ、足は痙攣するように震えていた。
口の端からは胃液が垂れ落ちているが、それを拭う力すら残っていないようだ。
「帰って一休みし、朝食を食べてその後は新人講習ですな」
「うん……」
フィルスの声には張りがない。
厭うているというよりは、単に会話をする気力がない様だった。
「さて、そろそろ立ち上がりましょう」
ゲドスが声をかけると、フィルスは生まれたての子山羊のような震える脚で立ち上がり──
「おっと」
倒れるフィルスをゲドスが抱きとめた。
それなりに高級品である魔術師用の黒いローブに胃液がつくが、ゲドスは気にした様子もない。
「まあ仕方ありませんな」
ゲドスは苦笑を浮かべてフィルスを背負うと、街の賑わいが少しずつ増していく中、宿への帰路を進んでいった。
◆
フィルスは夢を見ている。
ナタ村は恐怖と混乱に包まれていた。
空には黒煙が立ち込め、家々は炎に包まれて崩れ落ちていく。
村人たちの悲鳴が響き渡り、逃げ惑う姿が至るところに見られる。
禍々しい漆黒の鎧に身を包んだ騎士が指揮を執り、青い肌を持つ魔族の戦士たちが村を蹂躙していた。
剣が閃き、瞬く間に村人の命が奪われていく。
地面には倒れた沢山の村人たちが、大地を血で染めていた。
フィルスは動けずにその光景を見つめている。
村の中央には死体が集められていたが、黒い炎がまたたくまに死体の山を灰にしていった。
・
・
「っ──は!はぁッ……はあ……夢……」
フィルスは飛び起き、周囲を見回した。
──宿?
しかしゲドスが居ない。
「僕は、朝の訓練に……」
何か忘れてるのかもしれないと必死で朝からの事を思い出そうとすると、不意に部屋の扉が開かれた。
「おお。もう目覚めたのですな。といっても一刻程も眠っておりませんでしたが」
ゲドスは手にパンと木製の食器を持っている。
「朝食を貰ってきました。食べるとよろしい。なに、講習まではまだかなり余裕があります」
「ありがとう……なんだか、お父さんみたいだね……」
フィルスは自分でも何を言っているんだろうと赤面してしまった。
疲労のせいで心が緩んでいるのだろう。
「儂が貴殿のお父上に似ていると?なるほど、それはそれは男らしい御仁だったのでしょうな」
するとフィルスは僅かに苦笑を浮かべて「うーん、普通のおじさんだったけどね」などと言う。
「でも優しい人だったよ。それと、まあ……よくお母さんのお尻を触ったりして怒られてた。エッチなところが似てるのかも」
それを聞いたゲドスは何も言わなかったが、頭の中で『今度抱く時はパパと言わせよう』などと考えていた。
◆
「って……なんか、その……恥ずかしいというかなんというか……」
フィルスの声は弱弱しい。
無理もないだろう、彼はいま男体でありながら一糸まとわぬ姿となり、ベッドでうつ伏せに横たわっているのだから。
といってもゲドスは別にこの明るい時間にフィルスとホモセックスするつもりはなかった。
「まあまあ、力を抜いてくだされ」
ゲドスはフィルスの背中を掌で撫で、時折指圧を加えながら揉みほぐしていく。
熟練の手さばきだ。
ただ揉み解すのみならず、ゲドスは指先に魔力が込め、フィルスの体に凝り固まったり偏ったりしている魔力の
これがまた性的な快感にも似たものをフィルスに与え、彼は声を抑えるのが精いっぱいだった。
──うあ……これ凄い……
今まで味わったことのない感覚だ。
まるで自分が溶けていくかのような錯覚すら覚える。
フィルスは知らず知らずのうちに蕩けた表情になり、口からは熱い吐息が漏れていた。
そんなマッサージを暫く続けていると──
フィルスの体は全身汗まみれで火照っており、顔は上気し目は潤んでいる。
呼吸も荒くなっており、まるで事後のようだ。
──うう……なんか変な気分……
フィルスは自分の体の変化に戸惑っていた。
疲労はもはや一片たりとも残っていない。
だのに、何かが足りない感覚。
かゆい場所を掻いてみたら、何も感じなかったというような肩透かし感。
これはゲドスでさえも知りえない事だが、
つまり、フィルスが感じているムズムズを解消するには、雌となって男根を受けるしかない!
それを知らないフィルスは、落ち着かないままゲドスの施術を受ける事になった。
・
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「じゃあ行ってくるね!」
フィルスは元気よく手を振って宿を出ていく。
疲労は全く残っていない様子で、これはゲドスの経験がものを言った形だ。
何せホラズム王国時代のゲドスは部下の騎士を扱きに扱きぬく鬼団長だったのだが、訓練後は率先して部下を慰撫していたのだから。
そしてゲドスの慰みを受ける者が女だった場合、合意の上で行為に至り、ついでに言えば男であっても美青年であった場合はモノにしてしまっていた。
ゲドスがローレンツに「男も女もイケる口」と言った事は嘘ではない。
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