月に咲く花、散り逝く花

 ◆


 ──『シェルミ殿。貴殿はそのローレンツという男には勝てませぬ。上級の冒険者であり勇者選定を受けている剣士──少なくともでシェルミ殿が勝利する事は不可能ですな。与えられて一撃、その一撃にしても命を脅かすものは防がれてしまうでしょう。どうしても一矢報いたいというのなら何を使いどこを狙うかよくよく考えることです』


 ゲドスの忠告が頭を過ぎるが、この時点ではシェルミにいささかの気おくれも無かった。


 ──ゲドスがわたくしを守ってくれています


 ただでさえ時間を掛けなければいけなかった。今は心の扉を完全に閉ざし、さらにはゲドスのあれを存分に受けた身であるなら再度の支配を受ける事はまずない。支配さえされなければ負ける謂れはない──そういう目算がシェルミにはあった。


 しかしローレンツから放たれた支配の楔は再びシェルミの肉体を縛鎖する。


 本来時間をかけて全身と全霊を掌握する支配の楔は、一点に集中させて金縛る事も出来る。


 ──でも、弱い!


 ほんの1秒か2秒あれば破れる脆さだとシェルミは気付いた。


 同時に、1秒か2秒という時間を剣士に与えてしまえば、ただ斬られるのみだという事にも。


 "麗剣の"ローレンツの由来はそこにある。


 そう、麗しい程に洗練された剣技が敵を魅了するのではなく──


 ・

 ・


 殺意でギラつく両眼より更に鋭い突きが、空気を引き裂きながらシェルミの喉に迫った。


 シェルミは動けない。


 ──情けない限りです……


 今少し時間があれば、尖った耳がしなしなと折れる所が見れただろう。


 それだけシェルミは自分に落胆していた。


 勝てると息巻いて、結句このザマなのだから。


 しかし絶望はしていない──なぜなら。


 ◆


 ──魔剣"月輪返しがちりんがえし"


 まるで鞭をしならせるように剣先を一瞬で回転させ、相手の剣撃を巻き取る。


 同時に自らの剣先で"陣"を描き出す。


 陣とは魔術の行使手段の一つだ。


 詠唱や陣、所作などによって魔術は形を成す。


 接触した剣を通じて、相手の腕に陣により成された冷波を伝播させるこの剣技は、ホラズム王国に伝わりし由緒正しい月の魔剣技だ。


「なにッ」


 ぎゃりりと刃と刃が不協和音をたて、ローレンツは一足飛びに後ろへ飛びのいた。


「貴様、いつの間に」


「なに、貴殿が気が付かなかっただけの事です。注意力は散漫──しかしもう数舜剣を引くのが遅ければ、貴殿の指は何本か落ちていたでしょうね。お見事です」


 ローレンツの眼前で、シェルミを守る様にして立つ男の名は、ゲドス。


 空に太陽が輝いていたとしても、実は月は其処にある。


 見えないだけで存在するのだ。


 これもまた月の魔術であった。


 ・

 ・


「醜い姿だ、しかしただ者ではなさそうです。あなたはそこの耳長とどういう関係ですか?」


 ローレンツは身構えたまま、隙を見せようとはしなかった。


 ここで油断をするようでは上級冒険者に認定されてはいない。


 ローレンツの問いにゲドスは待ってましたとばかりに答える。


「ぐぶぶぶ……無論、愛人です。貴殿より儂のほうが魅力的だと仰るのでね」


 ゲドスが言うと、ローレンツのこめかみにびしりと青筋が浮いた。


「戯言を」


 外見に限った話ならば、控えめに見てもローレンツは美形でゲドスは論外だ。


 ゲドスのいい様は面白いくらいにローレンツのプライドを傷つけた。


「戯言?そうですかな?シェルミ殿、儂とあの男女、どちらが男の魅力があるでしょう?」


「お前です、ゲドス。分かり切っている事を言わせないでください。それと、助けてくれてありがとうございます……やはり私一人では荷が重かったようです」


「ぐぶぶ、そうですか!ではその詫びの証として、この豚の如き首に愛の証をつけていただけますかな?さすればこのゲドス、あのような末成うらなりなど鎧袖一触に片付けてみせましょうぞ」


 愛の証とは要するにキスマークの事だ。


「構いませんが……しかし……」


 シェルミはローレンツの方をちらと見る。


 そんな事してる場合なの?というのが彼女の本音だった。


「ご安心めされよ、あの男女の剣は恐るるに足りませぬ。なぜなら、ほうら」


 ゲドスがニタリと嗤い、視線をローレンツの右腕に注いだ。


「何……?な、これは!」


 ローレンツが驚愕の声をあげた。


「わ、私の腕が!」


 先刻シェルミがローレンツのペニスをアレしたように、ローレンツの右手首に真っ白に霜が張って……そしてガランと床に落ちた。


 魔剣"月輪返しがちりんがえし"から発される冷波は月光の如し。


 どれほど冷たい月の光であっても、浴びる者はそれと気付かないだろう。


「儂は男も女もイケる口でしてな」


 ぐぶ、ぐぶと嗤うゲドスのペニスはローブを押し上げて雄々しく隆起していた。


「貴様、まさか、私を」


 ローレンツは顔色が真っ青だ。


 ただでさえプライドが高い男なので、豚にホモレイプされるというのは殺されるより苦痛であることは想像に難くない。


 恐怖か、あるいは他の理由か──ローレンツにはゲドスの太々しい体躯が先ほどより大きく見えていた。


「左様。しかしシェルミ殿の様に美しいおなごへは喜んで挿しますが、貴殿の如き卑劣漢に対してはさすはさすでも──」


「……は?」


 ローレンツの胸をゲドスの仕込み剣が刺し貫いていた。


 ──いつの、まに


 胸の奥からこみ上げる血で息苦しそうに喘ぐ。


 しかし、ゲドスが裸足であることに気付くと納得した。


 ──なる、ほ、ど……く、そが……


 ゲドスの歩法に気付いたのだ。


 すり足を極限まで極めると、全く体幹をブレさせずに移動ができる。


 真正面でこれをやられると、力量差にもよるが相手がまるで瞬間移動をして目の前に現れたように見える。


「ご安心召されよ、放っておけば死にますが、ただちに影響があるわけではありませぬ。しかし呼吸を巡らせる事は難しいでしょうな。その様に傷つけましたから。四肢にも力が入りますまい」


 ゲドスはぐふぐふと嗤って、頑張って首筋に吸い付いているシェルミの尻をつるんと撫でた。


「ゲドス、首が見えません。肉が厚すぎるのです……。これは頬なのですか?それともただの肉なのですか?」


 シェルミはそんな調子で、まるでローレンツを見ようともしない。


 これがまたローレンツにはのだ。


 蔑ろにされるという事に、この男は異常なまでの反応を見せる。


 そしてそんなローレンツの気質を、ゲドスは見逃したりはしなかった。


 ◆◆◆


 あの男とどちらが魅力的かだなんて、ゲドスは奇妙な事を言う。


 そんな事は聞く間でもないのに。


 それにしてもゲドスは少し太りすぎじゃないだろうか?


 首が太いのか、肉が厚いのか私にはよくわからない。


 そうこうして、ともかく接吻を捧げようとしている私にゲドスが向き直り、唇を近づけてきた。


「お前とそれをするのは好きです」


 私はそういって、自身のそれを触れさせた。


 ゲドスの手が背に回り、お尻を掴み。


 触れられた箇所がたちまち熱を帯びる。


「あっ」


 私は思わず声を出してしまった。


 ゲドスの手つきはひどくいやらしい。


 ただ撫でたり掴んだりするだけではなく、私の今一番熱くなっている部分を探ろうとするような手つきだ。


「ゲドス、まさか、ここで……?」


 ゲドスは答える代わりに膝を私の両脚の間に入れてきた。


 そこは……。


「熱く、なってますな」


 あっさりばれてしまう。


 私の体がどうしようもなく潤み、ゆるみ、雌のそれとなってゲドスを求めている事が。


「う、うごかさないで……」


 ゲドスが膝を動かすと、私のあそこが擦れて……


 不意に背筋に痺れが走った。


 見れば、ゲドスが私の胸に触れている。


 乳首の部分に指をあて、衣服越しに擦り付ける様にして動かしていた。


 ────「お、おいッ……貴様ら、な、なにを」


「ほう、乳首を刺激されただけで達してしまいましたかな?やはりシェルミ殿の体は特別だ」


 ゲドスは私を特別と言ってくれた。


 ただそれだけで、私は。


「儂は今、大変たかぶっております。シェルミ殿、どうか儂を慰めてくれませんかな?」


 そういうとゲドスはおもむろにローブを脱ぎ、全裸となった。


 男らしいそれも露わとなり、天を衝いている。


「……どうすれば、良いのですか?」


 ゲドスを喜ばせたいが、何をどうすればいいのか。


 手で触れればいいのか、それとも私の内へ迎え入れるのか、あるいは口か。


 どれを選んでもゲドスは喜んでくれるかもしれないけれど、どうせなら一番喜んでくれる選択肢を選びたい。


 ────『貴様ら!聞いているのか!?ぐ、くそ、体が……い、今ここでそんな事を!?狂っているのか愚か者どもが!』


「そうですな……では、まずは──」


 ────『わ、私を、俺を見ろ貴様ら!!!!殺してやるぞ!!ここは俺の部屋だ!殺す!殺す!殺す!殺す!ガアアアアアアッ!!!』


 それから私はあられもない言葉を口にして、あられもない行為に耽り、最後には幸せな気分のまま気を失ってしまった。


 ◆


「ぐふふふ、シェルミ殿もいけませんなあ、儂が達する前に気を失ってしまった。が、儂はね、敢えて我慢してたのです。シェルミ殿のおまんこ!!!!──は、とても良い。貴殿もご存じでしょうがね。……ところで、なぜそんな芋虫の様な姿に?」


 ゲドスは足元のローレンツを見下ろして言った。


 冷波がローレンツの肉体を蝕み、末端から壊死させていったのだ。


 元々シェルミの氷術を受けていたというのも大きい。


 今のローレンツは四肢が壊死し、へし折れ、地を這う芋虫のような姿でゲドスを睨みつけていた。


「誤解をしないでほしいのですがな。貴殿がそんなナリであるのは、悪いからではなく弱いからなのです。貴殿より儂のほうが強かった、だから貴殿はみじめにもそのような姿で儂を見上げる仕儀となっている」


「き、様を殺す……っ。かなら、ず……必ず殺……す!」


 じわじわと浸食する氷の毒は、少しずつローレンツの命を削っていっている。


「貴殿が強くなるために、一つ手を貸してしんぜよう。暫し待たれよ、ぐぶぶぶ……」


 そう言ったゲドスはあろうことかペニスを手に取り、その場で扱きはじめた。


 これには憎しみに表情を歪ませていたローレンツも暫時唖然とする。


「な、なにを……しているのだ……!?」


「儂は性魔術も扱いましてな。儂の精を受け止めた者を強める事が出来るのです。貴殿の神秘が破られたのはまさにそれゆえ。だから、弱い貴殿に少々憐れみをくれてやろうと思いましてな」


 そこでローレンツはゲドスが何をしようとしているのか気付いた。


「やめ!!やめ、ろッ……俺に、こんなことを、して……」


「ぬ……うおう!」


 ゲドスは短く雄たけびをあげると、ローレンツの顔面に精子をどばりとぶっかけた。


「ぐ、!!!が!!!!ああああああ!!!!!!ギぃざまァァア!!!」


 激怒という言葉も激昂という言葉も足りないほどにローレンツは怒り狂い、手足がない体を激しくのたうたせて暴れる。


 そして──


「怒声一つにも工夫がない。もう飽きましたな」


 バキリ、という音──ゲドスが足でローレンツの首を潰し折った音が響く。


 ・

 ・


「やれやれ、これだから勇者は」


 そう言いながらゲドスは宿のシーツでペニスを拭き取り、ローブを纏った。


「シェルミ殿を連れ出すのは勿論として、勇者の死体から目玉をくりぬき……あとはあの亡骸を弔わないといけませんなぁ。二人分の弔いは骨ですが、仕方ありますまい。死は平等……死ねば誰でも安らぎ、眠る権利がある」


 部屋の隅に打ち捨てられた遺骸に近寄り、一つ祈りを捧げる。


 ──今夜は忙しくなりそうですな……


 もう儂も若くはないのに、とゲドスは大きく溜息をついた。

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