その頃のゲドス

 ◆


 ──さて、フィルス殿が新人講習から帰るのは暫く後ですな


 となれば、とゲドスは休む間もなく外へと繰り出す事にした。


 彼はルーサットを初めて訪れるというわけではない為、土地勘ならあるのだ。


 ──トーマス殿の店にでも行ってみますか


 トーマス・エリソンはゲドスの古い知り合いだ。


 齢80を越える老人だが、色々な意味でまだまだお盛んで、ルーサットの街はずれで魔道具屋を営んでいる。


 な魔道具があるので、少し見てみようかという気になった。


 ──力の調整を補助する魔道具、なんて都合いいものがあるといいんですがな、まあダメ元ということで


 ・

 ・


「いやはや。相変わらず商売ッ気の無い……」


 ゲドスは呆れた様にいった。


 視線の先にはうらぶれた店──というよりはオンボロ小屋が建っていた。


 見るからに年季の入った木造のボロ小屋だ。


 壁の木材は高級な木材が使われているが、今では色がくすんで灰色味が増している。


 雨風に長年晒されたせいだろうか、木目が浮き上がり耐用限界も近いだろう。


 小屋には看板がかかげてあるのだが、風化のせいで文字はほとんど読めず、かろうじて店だと分かる程度。


 トーマスはその気になればいつでも補修できるのにもかかわらず、「このほうが味がある」として放置している。


 それを知っているゲドスとしては、「それはそれでいいが、万が一小屋が崩れてしまったら良い笑い者だな」などと言うのが偽らざる本音だ。


 ゲドスはノブに手を掛け扉を開こうとしたが、しかし開かない。


 鍵が閉まっているようだった。


「トーマス殿! 生きていたら開けてくだされ! 儂ですぞ、ゲドスですぞ!」


 大声で呼ばわると、すぐに扉が開く。


 しかし、当のトーマスが出てこない。


 ゲドスは訝しむが、危険はなさそうだと判断すると恐る恐る扉の向こうへ足を踏み入れた──


 ◆


 部屋の中は暗い。


 しかしゲドスが一歩足を踏み出すと灯りが点いた。


 まるで民家のような内装だが、積もった埃の具合から長い間誰も足を踏み入れていないことが分かる。


 古びた木のテーブルと椅子、天井を見上げると硝子細工が吊るされていて、そこからぼんやりとした光が漏れていた。


 ──意のない魔力を感じる。またぞろ妙なものを作り出しましたな


 周囲に揺蕩う魔力の流れからして何かの魔術が使われた事は明らかだったが、ゲドスはそこに意図を感じ取る事ができなかった。


 空気がたまたま花に吹付けて種子をひろげる手助けをするように、たまたまその場を流れていた自然な魔力が偶然にも灯りの魔術の形を為した様に思える。


 部屋の隅には木製の棚もあり、そこにはある程度の値がつきそうな宝石細工などが無造作に置かれていた。


「どうじゃ、ゲドス。驚いたかの?」


 その場にはゲドス以外の誰もいないというのに部屋のどこかから老人の声がする。


「トーマス殿、中々凝った仕掛けですな」


 ゲドスは棚に置かれた宝石細工の一つに声をかけた。


「遠話器と言う。まあ余り距離が離れていると使えないがな。ああ、地下まで降りてこい! テーブルの下じゃ、分かるじゃろ? どうせアレを見に来たんじゃろ? グヒヒ」


「ぐぶぶぶ……その通りです。では少々お待ちくだされ」


 ゲドスはにやりとしながらかがみこみ、テーブルの下の床を見た。


 よくよく見れば床板の色が若干違う。


 そして目の焦点をずらすと五芒星の文様が浮き出てきた。


 さらに五芒星のそれぞれの頂点を指で突く。


 ──この五つの頂点はイー、カイパ、デル、ハルシュ、マー。生きる事、その喜びを感じるための五つの感を表す。そして生の喜びには性の悦びが密接に関係している。あの地下部屋の事を考えると、ぴったりの仕掛けですな。ぐふふ


 突き終わると床がバカリと開き、地下へと続く隠し階段が現れた。


 地下特有の冷たく湿った重い空気──そこにわずかな生臭い匂いをかぎ取ったゲドスは、が増えたかなと思い、野卑に「ぐふっ!」と嗤った。


 ・

 ・


 地下道は思ったよりも長く、そして狭い。


 しかし一歩また一歩と進むうちにだんだんと地下道が広がっていき狭さを感じなくなってきた。


 上の部屋にあったようなぼんやり光るガラス細工の小道具が天井に等間隔に配置されており、光源も問題ない。


 歩き続けていると、地下道に流れるひゅうという風の音以外にくぐもった悲鳴のようなものが混じるようになる。


 これはトーマスの仕業だ。


 トーマス・エリソンはこの地下でおぞましい実験をしており、ゲドスもまたそれを知っていた。


 やがて地下道の向こうに古びた木製の扉が見えてくるなり、悲鳴染みた声も大きくなってくる。


「さて、トーマス殿! 開けますぞ」


 ゲドスは言うなり、扉を開き──これまで以上にニタリと下品な笑みを浮かべた。


 ◆


「やあゲドス、久しぶりじゃな。血の匂いが染み付いておるぞ? 何匹の薄汚い魔族の首を落としてきた? いずれにせよ壮健でなにより。天輪の聖名にかけて、お主の無事を祝おう」


「トーマス殿もお元気そうで何よりです。御影の慈愛が共にあらん事を」


 二人は親しげに久闊を叙する。


 ところで、とゲドスは視線をズラし、とあるを見た。


「アレは新しい玩具ですかな?」


 ゲドスの問いに、トーマスは笑顔で頷く。


「最近手に入れたものよ、まあ連中も我らホラズムの民がどうにも目障りなようでな。各地に刺客を放っておるようで、も最近儂を殺そうと襲ってきたのよ」


 そこには青白い肌をしたダルマが転がっていた。


 四肢を切断され、青い肌を汗でぬらりと濡らしたダルマ──魔族ダルマだ。


 森人と同じかそれ以上の端正な顔立ちが印象的だが、それ以上に印象的なのはその体の作りである。


 女の様な顔を持つにも関わらず胸はなく、股間に小さいながらも雄のモノもぶら下がっているというのに──竿に隠れるようにして女陰も備わっている。


 いわゆる両性具有というやつだった。


 男の力強さと女の神秘魔力を併せ持ち、番を持たなくとも数を増やす事が出来る完全生命体──それが魔族だ。


「儂の発明を見に来たのじゃろ? 色々作ったぞい、ギヒヒ……」


 顎をしゃくるようにして部屋の隅の棚を示す。


 そこには男根をかたどった様々な魔道具が鎮座しており、中には鋼の棘をはやした凶器としか思えないようなものもあった。


「遊んでいくかね?」


 トーマスは相貌に邪悪を滲ませながらゲドスに問う。


 そうですなあ、とゲドスは魔族ダルマを見下ろした。


 怒鳴りつけたいのか、悲鳴をあげたいのか、魔族ダルマはくぐもった声をあげて胴だけでもがいている。


 表情は殺意と羞恥に染まっており、その口にチンポでも突っ込んだ日には噛みちぎられてしまいそうだ。


 そうですなあ、とゲドスは再度呟き、べろりと唇を舐めた。


「暴れ出す心配はないぞ。ほれ、首をみてみい」


 トーマスは魔族ダルマの首に嵌っている首輪を示す。


 「ほう、これは……いや、なるほど。これで神秘を封じているのですな」


「左様。魔力がなければその身体能力も十全には発揮できぬ。折角生体を手に入れたのだからの、連中の体の仕組み、その神秘を解き明かそうとおもっての。まあ最終的には処分をするが」


 好々爺然としている姿とは裏腹に、この男の本性は苛烈かつ残虐だ。


 彼──旧ホラズム王国魔導技術長官トーマス・エリソンに捕まって実験動物にされるなら、死んだほうがまだマシ……かもしれない。


 「楽しそうですがな、しかし今日は別の用事で来たのですよ」


 「ほう?」


ゲドスはトーマスに事情を話した。


「拘束用としてはもっと良いものがあるし、単純に力を抑制するような魔道具など存在価値はない!ゆえに、そんな都合の良い魔道具はない、が。作る事は出来る。しかし当然材料が必要じゃ。具体的にいえば、それ単体で肉体や精神にある程度干渉するような物がよいな。例えば制止の魔眼の持ち主の眼球などじゃ。しかしそんなものは手に入れようとして手に入るものじゃないじゃろ?だから諦めるんじゃな」


確かに普通に手に入れようと思えば魔眼などは手に入らない。


だが


「いや、トーマス殿……例えばですが、支配の魔眼などはどうですかな?」

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