第4話 え?メスガキって現実にいないんですか?

秋葉原の喧騒が落ち着き始めた頃、竹取アニメ堂では、いつものように閉店作業が進んでいた。かぐやは今日も笑顔で、魔法少女の衣装に身を包み、床の掃除に励んでいる。


秋葉は棚の整理をしながら、ふと思い立ったように声をかけた。「おい、かぐや。ちょっと話があるんだが」


「はい、秋葉さん!」かぐやは明るく返事をし、箒を置いて秋葉の方に向き直った。「何かお手伝いすることありますか?」


秋葉は肩をすくめ、少し気恥ずかしそうに言った。「いや、そうじゃなくてさ。お前に言っておかなきゃいけないことがあるんだ」


二人はカウンターに腰掛けた。秋葉は、どこか照れくさそうに話し始めた。


「なあ、かぐや。お前、あの3人に出した難題のことだけど...」


かぐやは目を輝かせた。「はい! きっと素敵な人たちに会えると思うんです!」


秋葉は思わず吹き出しそうになるのを抑え、咳払いをした。「そうだな...でもさ、実はああいう人たち、そう簡単には見つからないんだよ」


「え?」かぐやは首を傾げた。「でも、アニメには...」


「そう、アニメにはいるんだ」秋葉は優しく笑いながら言った。「でも、現実の世界はちょっと違うんだよ。そんなにテンプレ通りの人ばかりじゃないっていうか...」


かぐやの表情が少しずつ曇り始めた。「じゃあ、私が大好きなアニメの世界は...」


秋葉は慌てて手を振った。「いや、アニメは素晴らしいんだ!ただ、現実とは少し違うってことさ。例えば...」


秋葉は言葉を選びながら続けた。「オタクに優しいギャルさんもいるかもしれないけど、そんなに簡単には見つからないし、親の再婚で兄妹になったクラスメイトなんて、もっとレアだろうな。メスガキに至っては...」秋葉は首を傾げ、「そもそも定義が難しいというか...」


かぐやの目に涙が浮かび始めた。「じゃあ、私が求めていた世界は...全部嘘だったんですか?」


秋葉は驚いて、かぐやの反応の大きさに戸惑った。「いや、嘘じゃない。フィクションは嘘じゃないんだ。それは...」言葉に詰まる。「人々の想像力や憧れが作り出した、大切な物語なんだよ」


しかし、かぐやの耳には秋葉の言葉が届いていないようだった。彼女の目は虚ろで、涙が頬を伝っていく。


「私の夢は...嘘だったんですか?」かぐやはつぶやくように言った。


秋葉は言葉を失った。まさかこんなに深刻に受け止められるとは思っていなかった。「おいおい、そんなに落ち込むことないって。ただのフィクションと現実の違いを...」


突然、かぐやが顔を上げた。その目に、何かを思い出したような光が宿っていた。


「そうだ...」彼女は小さく呟いた。


「かぐや?」秋葉は不安そうに彼女を見つめた。


かぐやは急いで立ち上がると、自分の部屋へ駆け込んでいった。秋葉は困惑しながらも、彼女の後を追った。


部屋に入ると、かぐやが小さな球体を手に取るところだった。それは不思議な光を放っている。


「これは...」秋葉は息を呑んだ。


「現実干渉マシンです」かぐやは、涙を拭いながらも決意に満ちた表情で言った。「月の超科学技術なんです」


秋葉は困惑した。「現実干渉...?それは一体...」


かぐやは球体を大切そうに抱きしめながら説明を始めた。「これは、現実世界を変える力を持っているんです。私、忘れていました。でも、今思い出しました」


「変える...だと?」秋葉の声が震えた。まさか冗談のつもりで話した内容が、こんな展開になるとは。


かぐやの目に再び輝きが戻ってきた。「そうです。これを使えば、アニメの世界を現実に作り出せるんです」


秋葉は息を呑んだ。「ちょ、ちょっと待て。それはどういう...」


しかし、かぐやの決意は固かった。「秋葉さん、私、決めました。この力を使って、アニメの世界を現実に作り出します。そうすれば、みんなが幸せになれる。私の夢も、叶うんです」


秋葉は言葉を失った。かぐやの目には、以前のような無邪気さはなく、何か強い意志が宿っていた。


「かぐや、いや、ちょっと落ち着いて。そんなに大げさに...」


だが、かぐやは秋葉の言葉を遮った。「大丈夫です、秋葉さん。私、きっとみんなを幸せにしてみせます。アニメの世界のように、素敵な世界を作り出すんです」


秋葉は、かぐやの決意に満ちた表情を前に、ただ立ち尽くすしかなかった。部屋の中に、思いがけない緊張感が漂い始める。


かぐやは球体を胸に抱き、窓の外を見つめた。そこには、夜の秋葉原の街並みが広がっている。


「さあ、始めましょう」かぐやの静かな声が、部屋に響いた。


秋葉は、自分の軽はずみな発言が思わぬ事態を引き起こしてしまったことに戸惑いながら、かぐやの横顔を見つめていた。秋葉原の街に、そして世界に、一体何が起ころうとしているのか―。


その瞬間、かぐやの手の中で、球体が不思議な光を放ち始めた。

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