第2話 かぐやは人気者になったそうです。

かぐやの人気が秋葉原中に広まるにつれ、竹取アニメ堂には日に日に多くの客が訪れるようになった。店主の秋葉は嬉しい悲鳴を上げながらも、かぐやの正体がバレることへの不安を抱えていた。


ある日の昼下がり、秋葉が在庫の整理をしていると、店のドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ」と声をかけながら顔を上げた秋葉は、思わず息を呑んだ。


スマートなダークスーツに身を包んだ男性が、ゆっくりと店内に足を踏み入れていた。端正な顔立ちと鋭い眼光が、ただ者ではない雰囲気を醸し出している。


「初めまして」深みのある声で男性が言った。「VTuberプロデューサーの神崎バーチャルと申します」


秋葉は思わず背筋を伸ばした。神崎バーチャルの名は、業界では知らない者がいないほどの大物プロデューサーだ。


「あ、ああ...ようこそいらっしゃいました」秋葉は慌てて応対する。「どのようなご用件でしょうか?」


神崎は微笑みながら答えた。「うわさの宇宙人店員さんに会いに来ました。かぐやさん、でしたね」


その瞬間、奥から元気な声が響いた。


「はーい! かぐやでーす!」


かぐやが姿を現したのは、ちょうどその時だった。今日の彼女は、ピンクと水色のフリルがたっぷりついたメイド服姿。頭には猫耳のカチューシャをつけている。


「わぁ! お客様ですか?」かぐやは神崎を見るなり、キラキラした目で駆け寄ってきた。


神崎は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに優しい笑みを浮かべた。「こんにちは、かぐやさん。お噂はかねがね伺っていました」


かぐやは目を輝かせた。「わぁ! 神崎さんって、もしかして有名な方なんですか?」


神崎は軽く頷いた。「VTuberのプロデュースをしています。VTuberってご存知ですか?」


「もちろんです!」かぐやは飛び跳ねるように答えた。「バーチャルなアイドルさんですよね! 私、月でよく見てました!」


神崎の目が驚きで見開かれた。「月で...? なるほど、本当に宇宙から来たんですね」


秋葉は冷や汗を流しながら、事態の収拾を図ろうとした。「あ、あの、かぐやは冗談が好きで...」


しかし神崎は、むしろ興味深そうにかぐやを見つめていた。「いえ、これは面白い。かぐやさん、実はあなたにお願いがあるんです」


かぐやは首を傾げた。「お願い?」


神崎はゆっくりと言葉を紡いだ。「実は、かぐやさんにVTuberとしてデビューしていただきたいと思って来ました」


部屋が静まり返った。


かぐやは目を丸くして神崎を見つめ、そして突然、「わぁー!」と歓声を上げた。


「私がVTuberに!? すごい! 地球のみんなに月の魅力を伝えられるんですね!」


神崎は満足げに頷いた。「その通りです。あなたの魅力と個性を生かせば、きっと素晴らしいVTuberになれると確信しています」


秋葉は困惑した表情で二人を見つめていた。「いきなりそんな話をされても...かぐや、お前はどう思うんだ?」


かぐやは目を輝かせながら答えた。「私、やってみたいです! 秋葉さん、いいですか?」


秋葉はため息をつきながら、「まあ、詳しい話を聞いてからにしよう」と言った。


神崎が去った後、店には一瞬の静寂が訪れた。しかし、その静寂もつかの間のものだった。


翌日、今度は派手な髪色とド派手な衣装の若者が現れた。虹色に染め分けられた髪、きらびやかなアイドル衣装、そして全身にキラキラしたアクセサリーをまとった姿は、まさに歩く虹のようだった。


「やぁ、こんちはー!」高らかな声が店内に響き渡る。「人気コスプレイヤーの虹色ミライトだよ!」


かぐやは目を丸くした。「すごい! 本物の虹色ミライトさん!」


ミライトは得意げに胸を張った。「そう、本物だよ! 君のことは、SNSで見てたんだ。そのコスプレセンス、天性のものだね!」


かぐやは嬉しそうに微笑んだ。「ありがとうございます! 私、毎日違うキャラクターになりきるのが楽しくて。今日はメイドさんです!」


ミライトは、かぐやの言葉に興奮した様子で続けた。「いやー、ビックリしたよ。君のコスプレ姿を見て、これは絶対に一緒にコンビを組まなきゃって思ったんだ」


「コンビ!?」かぐやは困惑しつつも興奮した様子だった。


ミライトはノリノリで説明を始めた。「そう! 僕と君で最強のコスプレデュオを結成しよう! 秋葉原を、いや、日本中を、世界中を驚かせちゃおうぜ!」


かぐやの目がキラキラと輝いた。「わぁ! それって、アニメの中の変身ヒーローチームみたいですね!」


「そうそう!」ミライトは大きく頷いた。「君のそのノリの良さ、最高だよ!」


二人の会話を聞いていた秋葉は、また頭が痛くなってきた。「おいおい、またか...」


そして最後に、物思わしげな表情の眼鏡の男性が訪れたのは、それから数日後のことだった。


「すみません...」控えめな声で、男性が店に入ってきた。「こちらが、例の...」


秋葉は疲れた表情で応対した。「はい、ここが竹取アニメ堂です。ご用件は?」


男性は少し緊張した様子で自己紹介した。「あ、はい。同人作家の二次元介と申します」


かぐやは首を傾げた。「同人作家...? それって、趣味でマンガを描く人のことですか?」


二次元介は少し赤面しながら答えた。「はい、そうです。趣味で...というか、プロ作家を目指して活動しています」


かぐやの目が輝いた。「すごい! 私、マンガ大好きなんです!」


二次元介の緊張が少しほぐれた。「そ、そうですか。実は...」彼は言葉を選びながら続けた。「かぐやさんをモデルにした作品を描きたいんです」


「えっ!」かぐやは驚きの声を上げた。「私がマンガのモデルに!?」


二次元介は熱心に説明を始めた。「はい! かぐやさんの魅力的な特徴や、宇宙人としての背景...それに秋葉原での不思議な体験。これらを織り交ぜた物語を描きたいんです」


かぐやは少し困惑しつつも、嬉しそうだった。「でも...私の本当の姿を描いちゃって大丈夫なんでしょうか?」


二次元介は慌てて答えた。「あ、いえ、もちろんフィクションとして描きます。リアルな要素を取り入れつつ、想像力で膨らませた作品にしたいんです」


秋葉はため息をつきながら、心の中でつぶやいた。「まったく...次から次へと厄介なのが来やがる」

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