第40話 アンタも十分変だし
これはマズすぎると大いに焦るが、額に冷や汗を滲ませていたのは俺一人だけだった。
「マジでバカすぎ」
面白くもなさそうに水島が吐き捨てる。
「虐めてくれんなら、誰でもいいってわけじゃないんだけど? アンタが相手なんて超ごめんなんですけど!」
「強がりですか。無駄な努力で終わりますよ」
目をギラリと光らせた新堂が、水島の背後に回り込ませた触手鞭で強かにヒップを叩いた。
だが水島は身じろぎもせず、冷めきった目を新堂に向け続ける。
「満足した? マゾだからって、痛めつければ屈服するなんてマジありえないから」
言ってることは正論で恰好良くもある。しかし……しかし……!
「俺の記憶が確かなら、お前、鬼相手にも虐められたがってたよな」
「そんなわけないし! 気のせいだし!」
真っ赤な顔をプイと背ける。これ以上は指摘しないでやるのが人情というものだろう。
「楓さんに同意ね。見知らぬ相手や、女教師にというシチュエーションは燃えるけど、それはあくまで妄想での話よ。現実でも大好物なんて考えるのは浅はかにもほどがあるわ」
「いつまでそんな口をきけるか見ものです」
ムキになった女教師がバ――もとい、漆黒の異物で責め嬲るも、先ほどの水島同様に白河さんも平然とした様子を崩さない。
「女は肉体に心が伴って、初めて幸福を得られるの。同じ女である先生が知らないはずはないのだけど……経験が不足しているのかしら」
経験の有無で女教師を煽る処女の白河さん。とってもシュールな光景だ。
「それなら心ごと奪ってさしあげます!」
激昂した女教師が、触手と張形を乱舞する。
「はああんっ! 何度でも言ってやるし! 叩かれるだけの責めで、簡単にメロメロになるマゾなんていないし! んああっ!」
「例え急所を狙われても……くふううん! 相手を問わずに身も心も預けるなんて愚行は絶対にしません。そんなのはビッチではなくただの節操なひいいい!」
……二人揃ってヘロヘロのメロメロになってるのは、俺の気のせいだろうか。
「……くっ! 私の負けです」
ガックリと肩を落とす新堂先生。そして勝ち誇る紅潮を隠せない二人組。
あれ? 俺がなんか間違ってんのかな? 先生の責め、めっちゃ効いてたよね?
「ですが、まだ璃菜さんがいます。貴女は私のもとへ戻ってきてくれますよね?」
「黙れBBA」
禁断の一言が炸裂し、縋るように璃菜の頬を撫でていた女教師がぴしっと硬直する。
「下品な恰好でアタシの亮太に色目使いやがって……覚悟はできてんだろうな! ついでに変な声を出しまくりやがった、そっちの変態犬と発情猿もだ!」
「ウチらは関係ないじゃん! ああん、ちょっと! ぶつならもっと強くしろっつーの!」
「その通りよ! 責任はすべて先生にあるわ! だからもっと激しくううう!」
駄目だ、こいつら。
本当に駄目だ! こいつら!!
「拘束を破るつもりですか!? そうはさせません! 璃菜さんは私のものになるのです。ずっと一緒にいるのです!」
仕事へ行こうとする母親を引き留める幼子のような必死さで、新堂は懸命に璃菜を落ち着かせようとする。
「……先生にはちょっと前に優しく慰めてもらって、姉さんがいたらこんな感じかなって思ったよ。けど、違うんだ。仮にアタシが亮太とすれ違ったままで先生と恋仲になってたとしても、きっと満足しなかった。心から笑えなかった。ああすればよかった、こうすればよかったって後悔を引き摺ったろうから。アタシらが一緒にいても傷の舐め合いにしかならないんだよ!」
「それのどこが悪いのです!」
強く拳を握り、両目からボトボトと涙を零しながら新堂先生は叫んだ。
「単なる傷の舐め合いだったとしても! 過酷な現実から逃れたいだけだったとしても! 傍らに寄り添っていたいという気持ちは本物なのです!」
「先生はそうでも、アタシの気持ちはどうなる! 罠に嵌めて恋人同士を誤解させて別れさせて、それで身体だけ手に入れて、何が楽しいんだよ!」
「璃菜さんは恵まれているからそう言えるのです! 女性が好きだというだけで迫害される辛さがわかりますか!? 勇気を出して打ち明けても、友人だと思っていた女性まで顔をしかめて離れていく時の悲しみが! 切なさが!」
あまりの激昂ぶりに、さしもの璃菜も呑まれて何も言えなくなる。
「先生もまた、誰にも打ち明けられない秘密を抱えていたのね……」
「思い悩んであの神社に願い事したっつーことか。道理で新堂もウチらと一緒に、ロミオとジュリエットの世界にいたわけだわ」
憐れむように白河さんが言い、切なげに水島が頷いた。
女性陣には同情するような空気が広がっているが、俺の感想は違った。
「逃げてるだけじゃないか」
ポツリとその一言を零した瞬間、新堂が大きな目をぎょろりと向けてきた。怖い。
「どういう意味ですか?」
「そのままだよ。先生は拒否されるのを恐れて、想いを告げることから逃げてるんだ。気持ちは……わからないけど、本気で告れば女の恋人ができる確率は俺より高かったはずだ。先生は生徒に人気があるんだからさ」
「口でならなんとでも言えます。仮に貴方が人気のある教師だったとして、不潔な目で見られるのを覚悟で男子生徒に告白できますか?」
「本当に好きならすると思う。踏み込まなければ、嫌われることすらできないんだ。願ってるだけじゃ駄目なんだよ。最初に神頼みした俺が言えることじゃないかもしれないけど」
俺は苦笑いを一つ浮かべ、
「でもさ、俺は知った。ある意味じゃ、先生のおかげだよ。傷つきたくなくて、踏み込まないようにして、愛する人を傷つけて、すれ違いそうになった。璃菜は最初から俺の懐に飛び込んできてくれたのにな」
「亮太……」
瞳を潤ませた璃菜に笑いかけてから、俺は新堂先生に向き直る。
「恋愛だけじゃない。どんなことも踏み込んだ先に道がある。嫌われるかもしれないし、辛い思いをするかもしれない。だけど、それ以上に大切なものが手に入るかもしれない。俺は恋人ができたし、気の置けない友人もできた。ちょっと変だけどな」
「アンタも十分変だし!」
文句を言いながらも、水島が照れ臭そうに笑う。
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