第39話 そこで四つん這いになりなさい

「グギャアアア! 腕が! 腕がアアア!」


「亮太? どうしてアタシを放置して、そいつらと仲良く話してるんだ?」


 ほとんど腹いせに鬼の腕を捩じり取ってしまった武闘派ジュリエット。いや、もうただの九鬼璃菜だ。しかも絵本の世界のパワーアップバージョンだ。


 悲鳴を上げてのたうち回る鬼の顔面に裏拳をかまし、ゆっくりと璃菜が歩みよってくる。ここで対応を間違えたら、俺は本当に死ぬかもしれない。


「決まってるだろ、どうやったらハニーともっと仲良くなれるか相談してたんだ。だけどハニーの嫉妬する顔も可愛いね。それが見たくて、わざと他の女の子にも話しかけたくなるよ」


 アメリカドラマの主人公みたいにキザな台詞を吐きつつも、俺の背中は冷や汗でべっとりだ。


「ダ、ダーリンはしょうがないな。その二人に悪いだろ」


「……上手いわ。私たちの友達ポジションを有効活用しつつ、さりげなく他の女子とも会話できる理由を作ったわ。もしかしたら瀬能君って、とんでもないチャラ男になるのでは……」


「ウチ、ギャルだけどチャラ男って嫌なんだよね。色んな女に声かけては、遊ぶだけ遊んで捨てるイメージあるし。実際にそんなことされたら……されたら……」

「楓さん、うっとりした顔になってるわよ」


「なってないし!」


「ワシを無視するなあああ!」


 璃菜に抱きつかれながら、白河さんと水島の会話を聞いていた俺に、巨鬼がこの世の憎悪すべてを宿したような目で睨んできた。


「妻を誘惑し、娘を奪い、挙句にはワシの命まで取ろうというのか! 貴様は鬼だ!」


「だから鬼はお前だろうが!」


 怒鳴り合う俺と巨鬼の間に、スッと璃菜が割り込む。


「そろそろ終わりにしよう。アタシだって早く亮太と二人きりになりたいんだ」


 こちらを見て、意味ありげに微笑む赤面中の璃菜。そんな姿を見せられて、ヤる気を起こさないでいられる男が存在するだろうか! 断じているはずがない!


「奴に見せつけてやろうぜ、璃菜! 俺たちのラブラブパワーを!」


「もちろんだ、亮太! 二人でいれば怖いものなんて何もない!」


 背後から二人の世界に入っちゃったなどと呆れる声が聞こえるが、そんなものは無視だ。


 二人で一緒に持った刀は極限まで巨大化し、あっさりと鬼をも上回った。


「いくぞ! ハニー!」


「いつでもきて! ダーリン!」


「「これが初めての共同作業だ!」」


 頑丈な城の天井すら紙のように切り裂く。


「グオオオ――ッ!!」


 振り下ろされた刀の圧倒的な威力の前に、なすすべく巨鬼が断末魔の声を上げた。


「うっわ、エグっ。マジで一撃だし」


 真っ二つにされた巨鬼に水島がドン引きする。絵本の世界だからなのか、遺体はすぐに消失するので、現実感のなさからあまり後味が悪くならないのだけは救いだった。


「璃菜さんと瀬能君は大丈夫?」


「当たり前だろ! さあ、ダーリン。早く家に帰ってイチャイチャしようぜ!」


 腕まくりしそうな勢いで璃菜が抱きついてくるも、俺はろくな反応を返さずにゆっくりと刀を鞘に戻す。


「そんなことより空を見上げてごらん。とても綺麗だよ」


「お、おい! そんなことって言ったか!? どこ見てんだよ、亮太!」


「うっわ、前より深く賢者モードに入ってるし。やっぱ連続ってキツいんじゃん」


「おかしいわね。私が見た本では、若ければ一日五回は持つと書いてあったわよ」


「官能小説の知識を鵜呑みにすんなっつーの」


 珍しく白河さんが水島にツッコまれてるのを聞きながら、俺は空の青さに心癒されていた。


「しっかしろよ! アタシと二人きりになりたかったんだろ!?」


「ええ。それはもう、ずっと望んでいました。入学式で見てからずうっとです」


 底冷えしそうな声が聞こえたと同時に、璃菜が悲鳴を上げた。


「な、何だ!? うわあああ!」


 ロープのような漆黒の線が璃菜の肢体に絡みつき、自由を奪う。


「これは……亀甲縛り!? こんな短時間で極めるなんて、マジ神業じゃん!」


 変なとこに感心してる水島はさておき、俺は恋人を見るからにエロい恰好に縛ってくれた女教師に怒声をぶつける。


「璃菜を離せ、新堂!」


「意外です。どうしてこの場に、とは聞かないのですか」


「天使が助っ人に俺らを呼んだのを知れば、自我が芽生えた本だって同じようにするだろ。少し考えればわかることだ」


「これまた意外でした。何も考えていないように見えて、しっかりと脳細胞を働かせていたのですね」


「アタシの亮太を甘くみるなよ!」


 俺以上にドヤ顔をする璃菜だが、絵本世界で増幅された力を持ってしても新堂のロープを……じゃないな、あれってまさか……。


「ずいぶんと刺激的な恰好をしていますね、新堂先生。それに鞭で生徒を縛るなんて悪趣味にも程があると思いませんか」


 不愉快そうに白河さんが睨む先にいる新堂は、言葉通りに刺激的な黒のボンテージ姿だった。胸元は露わで、股間部もいけないくらいに切れ上がっている。


「生徒の願望に応えるのも教師の務めです。例えば性に執着を示す女生徒に、快楽を教えてあげる……というのはどうですか?」


 妖艶に微笑んだ新堂が背中から抜いたのは漆黒の短剣――ではなく先端が丸っこい言葉にするのが憚られる異物だった。


「白河さんなら興味がありますよね。たっぷりと楽しませてあげます」


 一瞬にして距離を詰めた新堂が、白河さんに足払いをする。


 地面に激突しそうになる後頭部を平手で保護し、床でひっくり返した白河さんを極限まで開脚させる。ただでさえビキニアーマーという面積の小さい装備をしてるだけに、色々とヤバいことになっている。


「ほうら、ここを責めてあげるとゾクゾクしますよね」


 女性だけに女体の扱いには慣れている。そう言わんばかりの新堂の手技に魅せられ、俺の口内に生唾が溜まる。


「黙って見てるなんてマジ引くわ!」


 友人の窮地に駆け出そうとする水島の足元に、触手のように新堂の背中から出現した黒鞭がぴしゃりと叩きつけられた。


 怯む水島に、すべてを見透かしたように女教師が告げる。


「そこで四つん這いになりなさい、牝犬。女王様がお仕置きをしてあげます」


 本から情報を得ていたのか、それとも最初から見抜いていたのか。白河さんと水島の弱点というか性癖を突いた見事すぎる責めだった。

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